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外交・安全保障 第8回:中国の「経済安全保障」

新体制下の政策を読み解く

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2023.5.8

フロンティア・テクノロジー本部宇佐美暁

外交・安全保障
さまざまな角度から「経済安全保障」の議論がなされている現在、日本にとって最大の貿易相手国である中国においても、種々の関連法規・施策が導入されつつある。1992年の鄧小平の南巡講話※1以降、活発に行われてきた日本の対中ビジネスは、新型コロナの影響も相まって、今、岐路に立っている。

対外経済法体系に組み込まれる安全保障要素

中国の貿易管理の基本は、1994年に施行された対外貿易法※2に規定されている。同法は、外国との貿易および関係する知財権の保護(第2条)に適用される。中国に対してとられる差別的な禁止・制限措置には対抗手段をとること(第7条)や特定貨物の輸出入については国が貿易管理を行うこと(第11条)などが定められている。

近年は特に「輸出管理」が厳格化されてきており、2020年には出口管制法(輸出管理法)が公布・施行された。同法は、デュアルユース品や軍事関連品目および関係する技術・役務・データの域外転用を管理する内容(第2条)となっており※3、別途定められる関係品目リストによる管理が行われる(第4条)※4。輸出管理の機能は、国務院と中央軍事委員会の担当部門※5に付与され(第5条)、軍による管理が及ぶと明文化されている点については注意が必要である。

対外貿易法や輸出管理法は物・人両面に適用され、重要な輸出品目については、国による管理が行われること。海外からの不当な(と中国が捉える)干渉についての対抗措置によって防衛策を講じることを規定している。

直近の関係法規適用事例として2023年2月、米国のロッキードマーチン社(Lockheed Martin)とレイセオン社(Raytheon Missiles & Defense)のケースがある。両社に対し、中国との貿易や投資、幹部社員の入国を禁止すると共に在留・滞在資格を停止。「両社が台湾と締結する武器売却契約の2倍の額を罰金として科す」と告知したことがあげられる※6。これは両社が台湾への武器売却契約を締結することを受けての措置。2020年9月に米国による貿易制限※7に対抗する形で中国商務部が公布した、信頼できないと規定した相手への「不可靠実体清単」に基づくものである。

台湾問題は中国では「内政」として扱われている。直接的な軍用品に限らず、取り扱う貿易品目が、中国当局の関心の対象となっていることを念頭に置いておく必要がある。

外資企業参入を推進する政策は当面継続

2021年3月に開催された全国人民代表大会で、「国民経済と社会の発展第14次五カ年計画と2035年までの長期目標」が承認された。対外貿易・投資関係は、ハイテク設備・技術およびエネルギー資源の輸入拡大という点で従来方針を踏襲。輸入関税の引き下げや外資参入規制リストの削減※8といった呼び水が用意されるとともに、経済安全保障に関する記述もみられる※9

これを受けて同年7月、商務部は「十四五商務発展計画」を、続いて同年11月には「対外貿易高質量発展計画」を相次いで通知※10。これまで抑制的であった分野・業種でも外資による過半出資や単独出資(独資)への道を拡大するなど、対外貿易・外資誘致に強い意欲を示した。

2023年3月、全国人民代表大会の会期中に行われた李克強総理による政府活動報告でも、特に対外経済に関連し「対外開放の拡大、国際経済貿易協力の深化と外部環境の変化に対応していく」ことを基本に、「輸出税還付」「外資の効果的活用のため、海外からの投資による市場アクセスの緩和」に言及し、外資誘致を積極化する姿勢を明らかにしている※11

日本企業の意識変化 — 中国依存からの脱却

一方、日本企業の動きに目を転じると、90年代以降過熱してきた中国との経済関係を見直そうとする傾向もみられる。

国際協力銀行(JBIC)が行った調査※12によると、中期的に有望な事業の展開先として第1位であった中国がインドと入れ替わり、2位に転落した(9.9ポイント下落)。中国の厳格かつ迷走する対コロナ政策による景気悪化や、米中対立の激化によって顕在化したカントリーリスクに係る従来の評価を見直そうとする動きが出ている(図1)。

得票率の推移(図2)からは、中国の動向への警戒感が増している傾向が見られる。中国への関心が低下した分は、首位の座を争ってきたインドへの期待、さらにはベトナムやタイ、それにインドネシアといった東南アジア諸国への関心が高まっている点も伺える。これらは中国経済への依存傾向が中長期的に見て変わる可能性を示唆している。こうした変化は取引先・部品調達先の見直しや、生産拠点の他国移動・展開などを通し、貿易総額の順位変動となって表れる可能性がある。
図1 中期的な有望事業展開先国・地域
中期的な有望事業展開先国・地域
出所:株式会社国際協力銀行 企画部門 調査部「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告-2022年度海外直接投資アンケート結果(第34回)-」(P.17)
https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2022/pdf/1216-017128_3.pdf(閲覧日:2023年3月24日)
図2 中期的な有望事業展開先国・地域得票率推移
中期的な有望事業展開先国・地域得票率推移
出所:株式会社国際協力銀行 企画部門 調査部「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告-2022年度海外直接投資アンケート結果(第34回)-」(P.18)
https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2022/pdf/1216-017128_3.pdf(閲覧日:2023年3月24日)
巨大市場、中国の魅力に惹かれて貿易・投資を行ってきた外国企業は、さまざまな取引を通じて、中国の外貨獲得や貿易黒字拡大、それに技術の革新と向上に多大な貢献を果たしてきた。しかしながら、世界的な「経済安全保障」の潮流のもと、中国でも新たな規制や関係法規が次々と制定・施行されるようになり、外国企業が直接・間接的に影響を受ける可能性が拡大していることも否定できない。これらのルールの中には、他国の規制状況に応じてとられる施策※13もあり、完全なる予防策を講じることは極めて困難な状況に至っている。企業は自社事業のステークホルダーの動きを把握し、信頼関係を保ちつつカントリーリスクをあらかじめ管理していくことが求められる。

※1:1992年1~2月に鄧小平が中国南部を視察した際に行なった一連の講話。1989年の天安門事件による国際的孤立や1991年のソ連解体を受け、外資導入や市場経済化を通じた経済成長加速の必要性を力説したもので、「白猫黒猫論」が良く知られている。

※2:1994年5月に第八期全国人民代表大会常務委員会の第七回会議を通過した。直近の改訂は、2023年1月の第十三期全国人民代表大会常務委員会第三十八回会議において、第9条(対外貿易経営者の登記義務)を削除。

※3:中華人民共和国主席令第58号、中国商務部「出口管制法」2020年10月17日

※4:「リスト」には、全品目を対象とし数回の改訂を経ている「禁止出口限制出口技術目録」、デュアルユース品に対応した「兩用物項出口管制条例・清単」、生物デュアルユース品・設備技術に対応した「生物両用品及相関設備和技術出口管制清単」がある。

※5:「国家出口管制管理局」と総称。

※6:中国商務部「不可靠実体清単工作机制公告〔2023〕1号」2023年2月16日
第2条 外国企業による以下の行為に対する措置を適用
(1)中国の国家主権、安全、発展の利益を危険に晒す
(2)中国企業・組織・個人との取引を妨害し、または差別的措置を講じ、合法的な権利と利益を阻害する

※7:Entity List、取引制限リスト。

※8:2022年に中国国家発展改革委員会と商務部が連名で発表したネガティブリスト(「外商投資准入特別管理措施」)からは、①完成車製造に関する持ち分比率制限・合弁企業数を2社以下とする規制、②衛星テレビ放送の地上受信設備と重要部品生産に関する規制、が撤廃された。

※9:「国民経済和社会発展第十四次五年規画和2035年遠景目標」2021年3月
本「目標」には、第53章に「強化国家経済安全保障」の項目が設けられているが、内容は、従来型の経済安全保障(食料安全保障(第1節「実施糧食安全戦略」)、エネルギー安全保障(第2節「実施能源資源安全戦略」)、金融安全保障(第3節「実施金融安全戦略」))。

※10:商務部「“十四五”対外貿易高質量発展規画」的通知、2021年11月

※11:全国人民代表大会「政府活動報告」2023年3月

※12:株式会社国際協力銀行 企画部門 調査部「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告-2022年度海外直接投資アンケート結果(第34回)-」
https://www.jbic.go.jp/ja/information/press/press-2022/pdf/1216-017128_3.pdf(閲覧日:2023年3月24日)
調査対象企業は、原則として海外現地法人を3社以上(うち、生産拠点1社以上を含む)有する日本企業946社。回答率56.1%。

※13:例えば、阻断外国法律与措施不当域外活用弁法(外国の法律・措置が不当に域外で活用されることを阻止する法律)2021年施行。中国公民・法人・その他の団体が、外国の法律や措置によって、通常の経済貿易・関連する活動を禁止・制限される場合には、30日以内に国務院商務部に報告しなければならず(第5条)、商務部は、外国の法律・措置による不適切な域外適用の事実が認められた場合には、関連する外国の法律・措置を遵守することの禁止令を発する(第7条)。

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