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外交・安全保障 第13回:集団安全保障体制・国連の役割と期待

ウクライナ侵攻以降の国連改革論——拒否権の制限

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2023.9.15

フロンティア・テクノロジー本部加藤あかり

外交・安全保障
ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、国連常任理事国の拒否権の在り方への議論に注目が集まっている。紛争当事者が国連、ひいては国際社会で強い発言力をもつことが、改めて問題提起された格好だ。

外交安全保障問題の現状と先行きを解説するシリーズ13回目は、国連の拒否権という切り口で集団安全保障と国連改革の必要性について考察する。

集団安全保障体制と安全保障理事会

集団安全保障とは、多数の国家が条約によって戦争その他の武力行使を相互に禁止し違反国に対しては、残りの国が一致協力して集団措置をとることによって成り立つ※1。第一次世界大戦後の国際連盟が、大国の紛争においては機能しなかった反省を踏まえ、第二次世界大戦後に集団安全保障機構として国際連合(以下「国連」)が設立された。国連での決議は多数決制を基本とするが、かねてより、安全保障理事会常任理事国に付与された拒否権が、国連に期待される機能※2の阻害要因となっているとの指摘がなされている※3。こうした中、常任理事国であるロシアによるウクライナ侵攻以降、これらの議論にあらためて注目が集まっている。安全保障理事会は国連憲章に基づき、「国際の平和と安全」に主要な責任を持つこと※4、「平和に対する破壊または侵略行為の存在」を認定すること※5、必要な措置※6を決定することの権限を有しており、安保理の決定は各国を拘束する※7。国際の平和の維持には、強大な権限を有する安保理の迅速・適切な意思決定や行動が不可欠と言える。

しかし、拒否権はしばしば安保理の意思決定や実行を妨げていると評価される。他方、拒否権は国連の設立過程で大国の参画を促したり、大国の脱退や暴走を防いだりする安全弁的な機能を有し、あらゆる陣営の大国が参画する場を構築するのには不可欠なものであったとの評価もある。

拒否権の抱える課題

東西陣営対立の構図から拒否権が濫用されていた冷戦期と比べ、1991年以降、拒否権行使の頻度は減少している。また安全保障理事会が国家間紛争だけでなく、内戦やテロなど対処する問題の拡大を反映し、安保理決議の採択数は急増している(図1)。
図1 常任理事国の拒否権の発動回数と安保理決議の採択数
常任理事国の拒否権の発動回数と安保理決議の採択数
出所:三菱総合研究所
特定の事態において拒否権が発動されることで迅速な措置をとることができない、あるいはそもそも事態を脅威として認定することができないなど、制約的な状況が生じることもある。拒否権が発動されることで必要な措置がとられなくなることは安保理の実行力をそぐこととなる。また実際に行使されない場合でも、拒否権の行使が示唆・予見されることで本来議論すべき重要な議題が提案されづらくなる萎縮的効果もあると言われている※8

拒否権は、特に紛争当事国が常任理事国の政治的な利害関係国である場合に発動されやすい(図2)。加えて、決議案の内容だけでなく、大国同士の政治情勢などを反映して発動されることで不当に事態の対処が困難となる恐れもある。実際に拒否権の行使が問題視されている事案としてシリア内戦やパレスチナ問題が挙げられる。シリア内戦では1,000万人以上の国内外避難民※9と30万人以上の民間人死者※10が発生しているが、安保理は化学兵器使用の監視や人道的支援などの限られた措置しか行えていない。シリア政権を支持するロシアが人道的支援に関する決議も含めて度々拒否権を発動していることが原因の一つと考えられており※11、国際社会から強い非難を受けている。パレスチナ問題では、イスラエルを支持するアメリカが多数拒否権を発動している。1997年に第10回特別緊急総会 ※12「パレスチナ問題」が開かれたが、現在でも閉会されておらず、問題解決の困難さを示している※13
図2 冷戦以降の拒否権の発動回数と主な内容
冷戦以降の拒否権の発動回数と主な内容
出所:UN Security Council Meetings & Outcomes Tablesより三菱総合研究所作成

これまでの拒否権改革案

国際社会の変容に伴い国連のシステムにも変化が求められ、安保理改革も俎上(そじょう)に上っている。拒否権に関しては特定の事態への対処ができなかった事例や事態の深刻化への懸念から、実効性を担保させることを目的として拒否権の発動を制限する方向で議論がなされてきた。

拒否権は国連憲章上に定められた権利※14であり、廃止するには国連憲章の改正が必要となる。改正には全ての常任理事国を含む全加盟国の3分の2以上の賛成票が必要となるが、その投票においても常任理事国は拒否権を発動することができるため、国連憲章の改正においてのみは拒否権を廃止するなどしない限り実効性に乏しい。

そのため特定の場合に拒否権の発動を禁止するなど制限、抑制する案が度々提出されてきた(表1)。しかし、常任理事国からの反対により実現はされてこなかった。
表1 主な拒否権改革・制限案
主な拒否権改革・制限案
出所:三菱総合研究所

ウクライナ侵攻後の拒否権制限と今後の展望

2014年のクリミア半島併合や2022年以降のロシアによるウクライナ侵攻の際も、安保理において非難決議は提出された※15が、いずれもロシアが拒否権を行使することで非採択となった。領土主権の侵犯、武力行使などの明白な国連憲章違反がみられる事態において、紛争当事国が常任理事国であるために拒否権が発動された事例として国際社会から非難の声が相次ぎ、拒否権の制限を求める国際世論を後押しすることとなった。結果として、拒否権を発動した場合は10日以内に国連総会で説明責任を負うことを求める国連総会決議A/RES/76/262が2022年4月に無投票採択された。

目的は拒否権の濫用を防止することにあり、これまでの、拒否権を発動する機会に条件を加える形での制限論とは異なり、説明責任を付すことで抑制効果を図った。実際に、国連総会決議A/RES/76/262の採択後にロシアがシリアに対する人道的支援に関する安保理決議案(S/2022/538)に対し拒否権を発動したことから国連総会が招集されている※16

現在、さまざまな国連(安保理)改革に関する議論があり、拒否権の制限に言及したものも多い。代表的な改革案には、上記の表の通り大規模な人権侵害などにおける拒否権の禁止などに加えて、2カ国以上の発動にのみ拒否権の効力を認める案や紛争の当事国となった場合の拒否権の発動を禁止する案などがある。これらはいずれも条件を付すことで拒否権の発動を制限することを目的としている。常任理事国が紛争当事国となり拒否権を発動したことが大きく注目されたウクライナ侵攻は拒否権に説明責任を付すことの契機となった。この実行を転機として、さらに安保理が国際の平和と安全を脅かす恐れのある事態に対して迅速かつ適切な対処をとり、役割を確実に果たすことを妨げない拒否権のあり方の議論が進展することが期待される。

※1:阿部齊・内田満・高柳先男編(1988年)『現代政治学小辞典』有斐閣。

※2:国連では憲章に基づき安全保障理事会(以下「安保理」)が前文に定められた集団安全保障体制の中心として、「国際の平和と安全」に対し集権的かつ一義的な責任を負う。具体的には、他国の領土侵犯や武力行使などがあった場合は安保理が「平和に対する破壊または侵略行為の存在」と認定し、必要な措置を決定し他国はそれに従う義務がある。また冷戦以降は安保理が対処すべき国際社会における問題が国家間紛争だけでなく内戦やテロなどに拡大し、国際社会が人権保障や環境問題など人類共通の利益に関心を示し専門機関も含めて対処を行うようになった。

※3:竹内俊隆・神余隆博編著(2021年)『国連安保理改革を考える』東信堂、2021年。

※4:国連憲章第24条1項。

※5:国連憲章第39条。

※6:暫定的措置(国連憲章第40条)、非軍事的強制措置(同第41条)、軍事的強制措置(同第42条)。

※7:国連憲章第25条。

※8:Security Council Report, Research Report October 2015 “The Veto”より

※9:2023年7月13日時点、UNHCRデータポータルより。行方不明者は数万人いると言われており、国連シリア調査委員会が行方不明者・失踪者の追跡を行う独立機関の設立を決定した。

※10:OHCHRレポート“Behind the data: Recording civilian casualties in Syria”

※11:2023年7月11日に、シリアの反体制派地域にトルコを経由して食料などの支援物資を届ける活動(安保理決議S/RES/2504)の延長決議案がロシアの拒否権発動により非採択となり、当活動は10日に失効。

※12:拒否権の行使により安保理が適切な行動を取ることができない場合に総会が安保理に代わって集団的措置について加盟国に適切な勧告を行う制度。

※13:3回以上の会合が開かれた特別緊急総会は第10回のみ。

※14:国連憲章第27条3項。

※15:S/2014/189、S/2022/155

※16:2023年7月11日にロシアがシリアの人道支援延長決議案に拒否権を発動したことについても、2023年7月19日に総会が開かれる。