マンスリーレビュー

2018年4月号特集経営コンサルティング食品・農業

「飽和しない産業」フードビジネス

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2018.4.1
経営コンサルティング

POINT

  • フードビジネス市場は「豊かな食」への拡大などにより大きく成長。
  • 市場の変化を生み出すドライバーは、技術革新とビジネスモデル開発。
  • 多様な産業分野からの参入による新ビジネス開発に期待。

1.成長するフードビジネス市場

21世紀後半には世界的に人口が減少に転じるという予測もあるが、足元では依然として増加傾向にある。国連の予測では、現在76億人の世界人口は、2030年までに10億人増えて86億人となる。現時点でも8億人近い人々が十分な食料を得られておらず※1、10年余り後には18億人分の食料の確保が課題となる。いわゆる生きていくために必要となる「基礎的な食」への需要が増加する。

一方、世界的な経済の発展による1人あたり所得は伸長する。経済産業省※2によると、2010年から2030年にかけて、アジア地域における世帯ごとの年間可処分所得が35,000ドル以上の富裕層は7.3倍に、15,000~35,000ドルの上位中間層は3.6倍に増えると予測されている。所得の増加に伴い、外食をはじめとした食に関する各種サービスへの消費性向が高まるだろう。さらに健康指向が進むと、体の不具合を整えるための機能性に注目した食品や健康に良い食事が求められるようになる。「食の質」や「豊かな食」への支出が増加する見込みは高い。

食への支出増大が予想される先に、成長し続ける食の市場が見えてくる。フードビジネスの市場規模は、三菱総合研究所の推計では、国内で2009年から2030年の間に1.2倍へ、海外で2011年から2030年の間に1.7倍へと拡大し、国内と海外を合わせた世界市場は2030年に約1,400兆円へと成長する(図)。

地球の資源が有限であることを背景に、先進国では自動車をはじめとする工業製品が各家庭に行き渡り新規需要が頭打ちになる、いわゆる「人工物の飽和」という現象が起きている。しかし、人間は食べなければ生き続けることができず、人口が将来減少に向かっても豊かな食への変化などにより、フードビジネスは「飽和しない産業」として成長を続けるだろう。
[図]フードビジネス市場規模

2.フードビジネスに変革をもたらす要因

今後、市場を大きく成長させる生産・供給側のドライバーとしては、科学や技術の進化とビジネスモデルや社会システムの変化に注目する。

1) 科学・技術の進化

食と健康に関して、近年科学的にさまざまなことが明らかになってきた。例えば、食には四つの機能があるといわれている。生きるために必要な栄養摂取という「基本的機能」、次に味や香り、見た目、食感などの「嗜好を満たす機能」、さらに、おなかの調子を整える、脂肪の吸収をおだやかにするなど「健康を促進する機能」を有する機能性食品の増加も注目される。最後は、食を通じて人のネットワークや文化が広がるというコミュニケーション機能であり、食べ物に関する話題が会話の活性度を向上させ、認知機能の維持・向上に寄与するという研究結果もある。

多様な技術の進化も食に関係してくる。AIやIoTを活用したビッグデータの高度な分析が進めば、食品生産のあらゆる面で効率化と最適化が実現できる。経営や生産が高度なレベルで管理できるようになり、農業や水産業では遠隔操作なども進展する。ロボティクスによる人手不足の解消、工場の省力化や低コスト化なども進む。さらに、ブロックチェーンや分散型台帳によって付加価値の高い農産物などを対象とした情報伝達が容易になり、取引コストの低減と市場活性化が期待される。食の安全や輸出入の管理でも効率化・高度化が進むだろう。

2) ビジネスモデル・社会システムの変化

ビジネスモデル面では、6次産業化の進展が農業の高付加価値化を推進させる。また、クラウドファンディングによる資金調達、オープンイノベーションによる農業の新ビジネス創出などにも注目すべきだろう。具体的な手法としては、農業を製造業に近づける変化が挙げられる。素材調達、企画、開発、製造、物流、 販売、在庫管理、店舗展開など一連の工程を一つの流れとして捉える製造小売業(SPA:specialty store retailer of private label apparel)が農業経営に採り入れられようとしている。

社会システム面では、法規制や制度による変化が目を引く。例えば、国内では、特定保健用食品(トクホ)や栄養機能食品に加えて、2015年には一定条件がクリアされれば、事業者自らの責任で食品の機能性表示が認められるようになった。グローバルな動きでは、持続可能な世界を実現するためのSDGs(持続可能な開発目標)を国連が採択し、世界で2030年までに達成することが目標になっている。この中で、目標2「食料の安定確保と栄養状態の改善、持続可能な農業の推進」、目標3「すべての人の健康的な生活を確保」、目標12「持続可能な消費と生産パターンを確保」、目標14「海洋・海洋資源の持続可能な開発・利用」などはまさに今後のフードビジネスへの取り組み姿勢に係る重要な示唆といえる。また、一般市民や企業の意識だけでなく、食の市場にも大きな変化をもたらすだろう。

3.有望ビジネスとそれを支えるインフラ整備

こうした変化がフードビジネスの新たな動きを加速していく。食生活では、先に述べたとおり、基礎的な食のみならず豊かな生活の食に関連する事業が成長する。食料供給システムでは、地域農業の保全という視点で従来の生産者だけでなく一般市民やボランティアなど多様な担い手による活動が活発化して地域活性化に貢献する。その一方で、いわゆるプロの営農による大規模な事業展開が期待される。ビジネスの世界では、地域の食資源を活かしローカル市場を対象とした事業とともに、多様な企業の経営資源を活用したグローバル市場での事業が拡大するだろう。

近年、食にまつわるさまざまな問題が顕在化している。例えば、世界的な生活水準の向上に伴うたんぱく質の不足への対応は中長期的な課題といえる。また水産物の需要増加は国際的な奪い合いや資源の枯渇を招いている。先進国内においても食生活の乱れからくる栄養の偏りやそれに起因する健康への影響などが世界的な社会問題になっている。日本に視点を移すと、農業の産業化は緒についたばかりであり、国際競争力の強化が喫緊の課題である。食品安全の面でも、欧州ではすでに義務化されているHACCP※3対応もこれからようやく導入に着手される段階である。これらの社会課題起点で括りなおすと、その課題解決の方向性から新たなフードビジネスがみえてくる(表)。それらは食の供給力向上、マーケット拡大、ビジネスインフラに分類される。以下、それぞれの分野で開花するであろう有望ビジネス※4について概観する。

食の供給力向上については、環境制御型の生産システムの構築や、狩猟型から育てる方式への転換による効率的で環境負荷の低い持続可能な生産などが挙げられる。例えば、将来的なたんぱく質不足の解決につながる事業では、スイスで一部の食用販売が合法化された昆虫食品、オランダやアメリカで開発が進む幹細胞の培養肉生産によって、都市型畜産業など新たな産業を創出できるであろう。また、健康や美容、美食に関係する高付加価値な食品の生産供給に着目すると、機能性成分を強化した種子ビジネスや、海外でも人気が高まっている国産フルーツの植物工場生産システムをパッケージ化したインフラ輸出なども有望である。

マーケット拡大については、若年層向けは日本の給食システムの普及が有効である。海外での給食システム導入により中長期的に和食文化を普及促進することも可能である。企業などで働く社員向けには、健康経営の視点から健康診断データと社食を活用したビジネス、高齢者向けでは、個人の栄養状態や咀嚼嚥下能力に適した高齢者向け食品など、ライフステージに応じた事業展開が期待される。また、和食の世界的な関心の高まりを受けて、外食産業だけでなく「家庭食」としてのグローバル展開のほか、食卓を囲んでのだんらんなど食のコミュニケーション機能に着目した新たなソーシャル・サービスも有望である。

食の供給力向上やマーケット拡大を下支えするインフラとして、フードビジネスを推進する「人財」と「情報」に対する前向きな取り組みが求められる。農業を包括的なビジネスとして捉え、産業として発展させられる人財の育成が不可欠である。加えて、効率的な食品需給を実現し、廃棄食料の削減にもつながり、食品産業全体のメリットを生み出す食品情報プラットフォーム構築への取り組みも重要となる。
[表]食を巡る社会課題と解決の方向性

4.フードビジネスの将来像

従来のフードビジネスの事業者のみならず、多様な他産業が経営資源を活かして、これらのビジネスに新規参入や事業展開することによって価値が創出され、大きな成長が促進されることは言うまでもない。

近年はさらに他産業との異分野融合や規制緩和により、市場原理を促進するための制度設計が積極的に行われている。まさに今求められるのは生産者の経営者としてのマインドチェンジと、新規参入を目指す企業などのフードビジネスに対するパラダイムシフトである。日本がこれまで培ってきた食のサプライチェーンにおけるさまざまなリソースを活かすとともに、他産業からの参入を促すことで、グローバルな競争力の向上につなげ、日本がこの成長産業のけん引国として位置づけられることになるであろう。

※1:国連食糧農業機関「世界の食料不安の現状2015年報告」。

※2:「新中間層獲得戦略~アジアを中心とした新興国とともに成長する日本~」。

※3:国際標準となっている食品安全管理の手法。原材料の入荷から出荷までの全工程において、健康被害を引き起こす可能性のある危害要因を科学的根拠に基づき管理する。

※4:詳しくは、当社編著(ダイヤモンド社刊)のフロネシス18号「食の新次元 飽和しない産業」をご参照ください。