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2019年6月号特集経済・社会・技術スマートシティ・モビリティ

進化するプラチナ社会構築モデル─技術革新、価値変化に合わせた新たなアプローチ手法

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2019.6.1
経済・社会・技術

POINT

  • 21世紀の社会モデル「プラチナ社会」の理念は今も有効だが、環境が変化。
  • 意識・知識・働き方が変わる中、構想実現の手法にも見直しが必要に。
  • 先端技術活用、将来ビジョン起点などの新たな視点の追加で実装加速へ。

1.プラチナ社会構想

21世紀に入り、少子高齢化、エネルギー・環境問題、都市と地方の格差など社会課題が顕在化する中、大量生産で物質的な豊かさを目指す工業化社会モデルは有効でなくなり、従来とは視点を変えた新しいモデルが求められる時代となった。プラチナ社会は、健康寿命が延び価値観も多様化した21世紀に目指すべき、モノに加えてココロも豊かにする持続可能な新しい社会モデルであり、人生100年時代への対応や1億総活躍社会などの国の動きにも符合したものである※1

当社は2010年に プラチナ社会研究会(http://platinum.mri.co.jp/)を設立、500以上の産官学の会員との議論、共創を通じて、プラチナ社会構想の実現に向けた取り組みを続けてきた。研究会は、自治体・官庁172、民間企業197、大学など135という構成からなるプラットフォーム組織で、都道府県・政令市の7割、全自治体の1割をカバーしている。産官学のバランスのとれた組織で、まちづくり・産業・ライフスタイルなど、さまざまな分野で分科会・プロジェクト活動に取り組んできた(図1)。
[図1]プラチナ社会構想と研究会の構成

2.これまでの取り組みと成果

プラチナ社会研究会では、自治体・地域の課題・ニーズと民間企業のもつシーズ、商品・サービスをうまく結びつけるため、技術革新、社会環境や価値観の変化を捉えた「提言・提案」を起点に、具体的な動きへの「潮流」を引き起こし、「社会実装」を通じた課題解決モデルの形成・浸透という一連のプロセスに取り組んできた。これまでの分科会活動などから、二つのアプローチを類型として抽出できる。

(1) 特定プロジェクト・マッチング型:【事例】松本市健康寿命延伸都市

特定の地域やプロジェクトを対象に、政策を横断するかたちで推進して、官民のマッチングを行うアプローチである。松本市では、医師でもある菅谷昭市長のリーダーシップと研究会での議論などを通じ、日常生活動作が自立している期間の平均年齢を延ばすことを目標にした「健康寿命延伸都市」構想をとりまとめ、健康福祉分野と経済産業・商工分野などを横断する施策を推進することができた※2

具体的には、これまで公による福祉給付として捉えられてきた健康増進を新たな産業・雇用の創出機会と捉え直し、市民参加による松本ヘルス・ラボや世界健康首都会議などの特定プロジェクトの場を活用したという2点が大きく従来の政策構想とは異なっている。結果、松本地域健康産業推進協議会を通じた官民マッチングや複数の社会実証、民間企業進出が進み、松本市では2015年の健康寿命が男性で2005年比プラス1.7歳、女性でプラス1.3歳と伸長した。

(2) 政策パッケージ先行型:【事例】日本版CCRC推進パッケージ

プラチナ社会の実現に向けて、自治体のみならず国を巻き込んで、政策のパッケージ化を行うアプローチである。日本版CCRC※3は、健康で輝き続けるコミュニティーの実現を目標に、研究会の議論を経て地方創生政策としてとりまとめられた。特徴は、社会的弱者救済、ケア対象としての高齢者の住まいという位置付けから視座を転回し、元気で活発な高齢者の生活拠点として、人生を楽しむ米国版CCRCに生きがいや承認欲求、安心の追求など日本人の感覚に合わせたアクティビティーの要素を加えたパッケージにした点にある。この政策パッケージは、内閣官房のまち・ひと・しごと創生総合戦略に盛り込まれるに至り、多数の自治体で構想され計画策定ブームとなった。

以上二つのアプローチ類型にみられるように、プラチナ社会研究会の取り組みは一定の成果を上げてきたが、一方で環境変化も大きなものがある。

3.研究会活動を取り巻く環境変化

研究会を取り巻く環境は、創設当時から大きく変化した。特に、

・意識: 世界的なSDGs推進が日本でも浸透・拡大、社会課題がビジネスに
・知識: ビッグデータの蓄積を活用できるAI・IoT技術が急進展し無限の活用余地
・働き方: 働き方改革で人と組織の関係が大きく変わり、一人二役三役の活躍

の変化が重要であり、プラチナ社会構想の実現に向けた取り組み手法も変化を迫られている。むしろ、より強力に推進できるようになったというべきであろう。

意識・知識・働き方の変化をもとに、これからは社会構想・変革アクションが具体化する「イノベーションを通じた社会実装の時代」が到来するといえるだろう。

わずか10年弱だが、デジタル化や先端科学技術の進化は、社会・地域課題解決の取り組みにかかるコストを劇的に低下させた。民間による小回りの利く実装策や他地域への普及が容易になってきたのが近年の顕著な特徴といえる。また、適用技術を開発するベンチャー企業が次々と現れ、大学研究の社会還元を目指す組織も急増した。地域でもリビングラボなどを通じてデータ提供に協力的な住民の巻き込みが可能になり、関連する個人のビッグデータ蓄積も充実してきた。 

4.新しいプラチナ社会構築モデルへ

こうした環境変化に対応して、プラチナ社会研究会の社会・地域課題解決へのアプローチ手法も、新たな観点を付加して取り組みを進化、深化させる必要がある。意識・知識・働き方の変化は、社会実装の面では、実証・実装コスト低下や個人のスキマ時間の多面活用などを通じて、民主導、新技術同士の結合、複合課題への対応、多様な人の参加といった新たな視点を浮かび上がらせる。大規模な予算を用意し、大掛かりな仕組みをつくって大々的に取り組むのではなく、将来のあるべき社会像を見据えつつも、身近な問題に対して民主導で小回りの利くかたちで始め、デジタル技術も活用しつつ多様な人を巻き込みながら拡大していく方向が主流となる。こうした社会実装を基本に、以下の二つの観点を付加することによって、課題解決実装策のスコープとスピードが格段にアップするはずだ(図2)。

(1) 先端技術活用

一つは、地域の先端技術利用シーンを増やし活用の実績・分野を拡充、蓄積することで、両立が困難と考えられてきた課題への対応が可能となるものである。実際に、研究会では、窓口業務の人手不足やデータ連携、住民からの質問対応など自治体会員の課題解決ニーズと、AIチャットボットという技術シーズを結びつけるかたちで、試行サービス開発、複数の自治体での実証実験、その成果を踏まえた機能・範囲の拡充などにつながりつつある※4。特徴は、人口減少に伴い自治体職員の数や対住民サービスの対応時間も減少し、頻度や待ち時間などの面でサービスの質の低下につながりがちなところを、AIなどの先端技術を活用、業務効率化による財政負担軽減と住民サービスの品質向上・手順簡素化の両立を目指している点にある。

今後、こうした取り組みは住民とのインターフェースを円滑にするだけではない。AI活用を通じて蓄積される住民の生の声を深く分析し、ブロックチェーンなど、ほかの技術も組み合わせることで、自治体と地域・住民との真のコミュニケーション、行動の変容につながっていく(Region-Tech構想※5)。

(2) 将来ビジョン起点

もうひとつは、目の前の課題解決に向き合うだけでなく、将来のあるべき姿を設定し、これを起点にバックキャスト的手法で実現に向けたロードマップや必要な要素技術を明らかにしていくというアプローチである。

食・農やヘルスケア・ウェルネスなどの範囲の広い分野については、特定の課題だけの解決策ではなく、解決策同士の関係、技術の応用範囲なども考慮することが効率的であり、一つの改革で複合課題に対処できることにつながる。研究会では、将来ビジョンを見据えて関心ある企業・自治体・省庁などが多数集まるかたちで分科会が立ち上がりつつある。食・農は、飽和しない産業としての食の新次元という将来像に基づき、フードプリンターの活用による豊かな食のカスタマイズ化などを検討している。ヘルスケア・ウェルネスは、人生100年時代に対応し、患者主体の医療を実現する道筋の一つとして、ヘルスデータ流通の加速による民主導のイノベーション拡大を目指している。課題解決のために必要な政策、規制のあり方や企業のビジネスモデル設計など今後議論すべきことも数多いが、将来ビジョンに基づき現実の障壁と実際にお金が回るビジネスを考えていきたいという参加者の関心、熱意は非常に大きい。

また、官主導では限界があった日本版CCRCも、分科会などで議論を深掘りして、民主導・官民共創のCCRC2.0将来ビジョン※6に進化しつつある。現在、大手不動産会社の実証やスポーツ連携型推進などの動きも出てきた。さらに、兼業・副業解禁などの働き方改革の推進や地方関係人口の創出などを目的に期間限定で地方でのリモートワークを行う逆参勤交代構想※7と組み合わせたビジョンに拡大させることで、同じ方向性をもちながらこれまで接点がなかった団体同士を結びつけることも可能となっている。

こうした要素を追加して活動を広げるためには、産官学に加え地域住民、金融・投資家をも巻き込んだフォーメーションが必要である。今後「ネットワーク・オブ・ネットワークス=Network of Networks」、すなわち多様なネットワーク同士が連携しなければならない※8。社会・地域課題の解決を目指すネットワーク組織は数多くあり、それぞれの特色、強みに応じた役割分担・相互補完することで、多様なアプローチが可能となる※9。プラチナ社会研究会では、意識・知識・働き方の変化を追い風に、デジタル技術進展によるコスト低下や多数の自治体会員を通じた実証フィールド提供などを強みとして、多面的な社会実装活動をさらに拡充していきたい。
[図2]環境変化に合わせたプラチナ社会構築モデルのポイント

※1:プラチナ社会構想および研究会の詳細については、「プラチナ社会研究会」サイト参照。
http://platinum.mri.co.jp/

※2:「健康寿命延伸都市・松本」の創造をめざして;松本市

※3:「生涯活躍のまち(日本版CCRC)」;内閣官房まち・ひと・しごと創生本部

※4:「AIによる住民問い合わせ対応サービスを提供開始」;ニュースリリース2018.09.04

※5:特集「持続可能な地域づくりを支える『Region-Tech』」;MRIマンスリーレビュー2018年10月号

※6:特集「民主導のCCRC2.0へ」;MRIマンスリーレビュー2018年12月号

※7:トピックス「構想から実装へ動き出した逆参勤交代」;MRIマンスリーレビュー2019年2月号

※8:ネットワーク・オブ・ネットワークスは、インターネットや5G時代の構造変化の文脈で使われることが多いが、小宮山宏・山田興一『新ビジョン2050』(2016年10月、日経BP社)では「同じ方向を向いたグループとの連携」として説明されている。船橋洋一『シンクタンクとは何か:政策起業力の時代』(2019年3月、中公新書)でも、プラットフォーム型組織のシンクタンク機能の急拡大が着目されている。

※9:スタートアップ企業を中心としたINCF=未来共創イノベーションネットワークや、自治体首長・民間企業トップなどから成る プラチナ構想ネットワーク に加え、科学技術振興機構や新エネルギー・産業技術総合開発機構など国の機関も参加する未来社会デザイン・オープンプラットフォーム(CHANCE)やG20のエンゲージメント・グループの一つであるT20(Think20、シンクタンク連携会議)などとの補完が考えられる。

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