マンスリーレビュー

2020年10月号特集デジタルトランスフォーメーション

コミュニケーションの技術革新がもたらす未来の社会

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2020.10.1
デジタルトランスフォーメーション

POINT

  • 技術革新がオンラインコミュニケーションの利用拡大と浸透をサポート。
  • 医療・教育・観光分野で既成概念がくつがえされ大きく変貌する可能性。
  • 多くの人が参加・貢献できる未来社会と現在よりも高いQOLを実現。

1.生活に広く浸透するオンラインサービス

新型コロナウイルス感染症対策で接触・移動の制限が続く中、日常生活を支えるさまざまなサービス分野でオンライン通信・会話を活用するケースが急速に広がっている。会議、診療、授業、観光など対面・接触を主軸としてきた領域にも、非対面・遠隔のオンラインコミュニケーションが広く浸透しつつある。デジタルにはなじみの薄かった高齢世代も、パソコンやスマホを使って自宅からでも用を済ませる機会が増えることを実感し、オンラインやバーチャル体験への抵抗は薄れてきた。

もちろん、オンラインサービスが対面・接触型のきめ細かな良さの全てを代替できるわけではない。例えばオンライン診療では問診以外の聴診・触診・検査はできないため、対面診療に比べて得られる情報に限りがある。半面、距離や時間の克服などオンラインだからこそ実現される機能・利点も少なくない。

将来、通信やAI技術の進展とともに、デジタルネイティブ※1と呼ばれる世代が社会の大多数を占める時代になれば、オンラインは、対面・リアルを補完する役割を超えて、コミュニケーションの主役に近づくだろう。その時、対面・リアルに残るものは、「リアルだからこそ価値があるもの」が主となる。技術革新と相まって、オンラインとリアルの利点を融合したコミュニケーション革命が、ハイスピードとローコストを両立させるとともに、未来の暮らしに新たな夢と豊かさをもたらす。

2.オンラインコミュニケーションを進化させる技術

オンラインコミュニケーションの制約は、ICTの技術の進展に伴い解消されていくことが見込まれる。相手方の感情や反応が分かりにくい、画面越しで現実感が乏しいといった弱点も、5G通信※2により画像・音声の品質や精度が高まれば、かなり解消されるだろう。さらに、AIや拡張現実(AR)/仮想現実(VR)技術、五感や身体感覚を伝送する技術が実現することにより、サービスの可能性は飛躍的に広がる。地球規模での遠隔会議や、自分では行けない場所へのバーチャルツアーも可能になる(図)。

●画像・音声データの解析=コミュニケーションの質の進化

オンラインコミュニケーションでは、画像・音声がデジタルデータに変換され、それをAI技術で解析することが可能になる。例えば、相手の感情や理解度も精度高く推測できるようになり、自分の発言で相手が不快だと感じた際に発言を修正する、あるいは講演会で聴衆が話に飽きてきたら話題を変えることなどもできる。音声や表情から感情を解析する技術は、Empath社(日本)、Affectiva社(米国)など各国のスタートアップ企業により開発され、実用化段階に入ろうとしている。

●超高速通信とAIの組み合わせ=コミュニケーション参加者の拡大

5Gをはじめとする通信技術・性能の進化は、高品質なデータを遅延なく伝送するオンラインコミュニケーションの成長エンジンとなる。加えて、AI技術がリアルタイムな機械翻訳を実現することにより、言語の壁も緩和される。オフラインの機械翻訳ではGoogleやMicrosoft、DeepLなどが精度・品質を高めており、オンラインでの同時機械翻訳の実現も遠くない。AIの対話理解レベルも日進月歩しており、各種の日常業務・対話はAI・ロボットを介して行うことが可能になる。

●五感に作用する技術=臨場感あるコミュニケーション

距離・空間のハンディキャップを乗り越えるには、実写映像やVR動画など視覚や直感に訴えることが必要である。ヘッドマウントディスプレイ※3によるVR映像体験は一般的になりつつあるが、将来は裸眼で立体映像を見たり感じたりする装置も実現するだろう。現実の映像にCG※4で作成した映像や実写映像を合成して実在しない物を可視化したり過去に起こった出来事を追体験したりすることも可能になる。

視覚・聴覚以外の触覚・味覚・嗅覚や心身の状態をモニタリングする技術、さらに、五感の相互作用により生まれる錯覚※5を利用したコミュニケーション技術の研究も進んでおり、将来的に現実場面と同等の身体・知覚体験が可能になる。
[図] オンラインコミュニケーションの技術進化

3.進化するコミュニケーションのシーン

オンラインとリアルの利点を融合したコミュニケーション革命は、われわれの暮らしのさまざまな場面に、これまでの常識や既成概念をくつがえす新たな方式やスタイルをもたらす。以下、未来の医療、教育、観光の姿に想像を巡らせてみる。

(1) 医療:痒いところに手の届く「癒やし」を求めて

医療分野のオンライン化は、「予兆の検知」「診察・診断」「治療・手術」の各場面で進む可能性が高い。医師・看護師らとの対面(リアル)の機能とAIを含むオンラインサービスを合理的に組み合わせることで、高齢化社会にも対応できる医療、すなわち痒いところに手の届く「癒やし」が広く行き渡る。

病気の予兆検知や診察・診断などは、オンライン活用(医師+AI)に適した分野だ。ウエアラブルデバイスによる日常健康管理データに加え、自宅用検査キットや検査専門施設などを併用すれば、オンラインでも対面診療と同レベルの診断を受けることができる。これまでAI活用は放射線検査などの画像診断が主であったが、今後、AIの対話技術が向上すれば、問診での活用も現実味を増す。患者側は不安があれば気兼ねなく相談できるだけでなく、供給側でも医療従事者の負担を軽減し、地域医療の医師不足解消にも結びつく効果も期待できる。

治療・手術では、手術支援ロボットが活用されつつあるが、操作の精密性・正確性に優れる半面、「触覚」を感じられないロボットが主流だ。触覚を搭載した手術支援ロボットが一般化し、5Gなど高速通信が普及すれば、遠隔地の専門医が現場の医師・看護師と大量のデジタル情報を即時に共有しながら遠隔手術をすることが可能になる。「見立て」の名医や手術の「神の手」の活躍場面がオンラインを通じて広がっていく(表)。

(2) 教育:一方向の「教え」から双方向・能動的な「学び」を目指す

新型コロナは、世界各地にオンライン教育の急速な浸透をもたらし、新常態として今後も定着することが確実視される。かつ、それは学校教育にとどまらない。

知識の伝達、特に大勢を相手にした授業では、オンライン教育が有効に機能する。AIの支援により、個人の理解・習熟度に応じた個別のメニューを組むことも可能になる結果、学校の概念そのものが大きく変貌する可能性もある。キャンパスの場所や面積による学生数の制約が緩和され、学生には、遠隔地でも魅力のある学校、コース、講師を弾力的に選ぶ選択権が広がる。

学校には、習得した知識をどう磨きどう使うかを実践・学習する、あるいは人との交流を通じて社会感覚を育むなど、「場」としての機能もある。が、ここでも、AIのアシストを併用した外国人とのオンラインディベートなど、AR/VRを活用した開放的なチャネルが利用される機会が増えていくのではなかろうか。

高齢化社会では、生涯教育も重要なテーマとなるが、ここにもオンラインを通じた学びを活用する余地は大きい。長い目では「働く」こと自体の意味も変わる中、単なる知識やスキルの再教育・訓練ではなく、芸術やスポーツなどの要素も取り込む余地がある。双方向・能動的な「学び」を目指すことが生涯現役で活躍する機会を拡大し、健康寿命の延伸に結びつく。

(3) 観光:移動や実体験を必要としないバーチャルな「潤い」を楽しむ

新型コロナは、国内・海外旅行に急ブレーキをかけただけでなく、今後のわが国の成長機会とされてきたインバウンド観光への影響も懸念されている。ここでも、オンラインコミュニケーションの活用が新たな可能性への鍵となりそうだ。

日本には、長い歴史と固有の文化に根差した文化財が多数現存し、これに注目する外国人観光客も増えている。問題はそれらの魅力を対外的に十分アピールできていないことである。AI機械翻訳やAR/VRを活用して、文化財の歴史的背景や物語を多言語で説明し、視覚さらには五感にも訴えることができれば、その価値は何倍にも高まる。恩恵は観光・旅行産業にとどまらず、文化財保護・保守の財源強化にも結びつく。

利用者の立場からも、海外旅行や現地への移動を必要とせず、ARやVRを通じて異国の情緒や遺産をバーチャル体感できる楽しみは大きい。アバター※6を使って深海や宇宙旅行など「空間」を超える仮想体験、失われた建造物や歴史的瞬間の再現など「時間」を超えた過去へのタイムスリップ体験も、可能になる時代は遠くない。
[表] 医療、教育、観光に関わるオンライン技術進化

4.新たな時代に向けての課題

現在および近未来を象徴するデジタル技術と生命工学の進歩は、第三の変革として「コミュニケーション」の分野にも大きな変容をもたらしつつある。そこに加わった地球規模での新型コロナウイルスの蔓延が、オンラインコミュニケーションを主軸とする流れを加速すると同時に、「新常態」として定着させる転換点となった。

それは、通信・伝達の手段だけでなく、未来社会全体の姿にも少なからぬ影響を及ぼす。道を誤れば人と人とのつながりを機械的で血の通わぬものに変えるリスクもあるが、適切に予測し対応することで、全ての人が参加して貢献できる社会を目指すべきである。QOL向上の効果も大きい。新政権が真っ先に取り組む「デジタル庁」の創設はまさに社会の要請であり、もう一つのテーマ「縦割り行政の排除」と相まって、スピード感豊かに大きな成果を収めることを期待したい。

※1:生まれた時からインターネットが身近にある世代。

※2:高速大容量通信、超低遅延、多数同時接続を実現。

※3:ゴーグルタイプの立体映像によるVRの表示装置。

※4:コンピューター・グラフィックス。

※5:クロスモーダル効果。

※6:リアル・バーチャル空間での自身の分身となるアバター。