消費者動向に基づいたモビリティサービスの検討

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2019.9.26

MaaS事業戦略チーム中島 聡

神田朱莉

岩崎亜希

高田真吾

経営戦略とイノベーション
MaaS市場におけるマネタイズへの挑戦」では、MaaSプラットフォーマーの視点から、収益性を高めるためのポイントとして、プラットフォームに蓄積されるデータの利活用や、ダイナミックプライシングを紹介した。
本稿では、これらの観点を踏まえつつ、MaaSが利用者にもたらす行動変容と、利用者のMaaSに対するニーズに関する分析結果を紹介する。具体的には、関東圏の一都三県(東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県)居住者に対して実施した、モビリティサービスの利用意向に関するアンケート調査※1の結果を紹介しながら議論を展開する。

移動行動の変容を促すサービス設計とは?

初めに、モビリティサービスは、利用者の移動行動をどのように変えるのか。本稿では、「移動手段(移動経路)」と「移動時間帯」の2つの変化に着目する。
事業者にとっては、利用者の移動手段を変えることができれば、個々の利用者をまだ一度も行ったことのない商業エリアへ誘導し、新たなタッチポイントを増やす機会を創出できる。一方、移動時間帯の変更に成功すれば、都心部や観光地で社会課題となっている交通混雑の緩和につながるだけでなく、閑散帯への集客シフトを行うことで効率的な収益向上が可能となる。
アンケート調査では、混雑度に応じて交通手段の利用価格が変動するサービスを想定し、利用者の移動行動に変化がみられるかどうか調査した。その結果、価格の安い経路を求めて「移動手段を変更する」と回答した割合は利用者全体の約半数(49%)に達した。一方、価格の安い経路を求めて「移動する時間帯を変更する」と回答した割合は全体の34%であり、移動手段の変更意思に比べて15ポイント下回った。これより、金銭的な利益を動機として移動手段を変えることに比べて、移動する時間帯を操作することは難しいと考えられる。
この背景には、「移動は手段であり、目的ではない」という利用者の認識が根底にあることが伺える。利用者は外出にあたり、「知人との待ち合わせに向かう」など何らかの明確な目的を持っているため、移動手段は変更しても、移動時間帯の変更までは考えないのだろう。
図1 交通手段の価格変動による行動変容の有無
図1 交通手段の価格変動による行動変容の有無
出所:三菱総合研究所
なお、価格を変動させる代わりに、価格以外のインセンティブとしてクーポンやポイント還元による誘導も考えられる。本調査では、ポイント還元を誘因とした場合の混雑率の低い移動手段への変更意向は67%となっており、価格変動の代替策として一定の効果があることが示された。
実際に、このような取り組みは京浜急行電鉄が2019年7月に導入を始めた。具体的には、朝ラッシュ時間帯の特急列車の混雑緩和を狙い、比較的すいている普通列車を利用した乗客にアプリ「KQスタんぽ」を通じて、加盟店で利用できるポイントを付与している。この施策では、乗客は普通列車へ手段を変更することで、移動時間が若干増える可能性はあるものの、大幅な移動時間帯の変更を強いられるものではない。先のアンケート結果でみたような利用者の心理を捉えており、行動変容を促すうえで上手な設計と言えるだろう。

定額制MaaSは利用者の外出を促進

昨今、既存モビリティサービスを統合し月額制で使い放題としたサービス(以下、定額制MaaS)に関しても、高速バス大手のWILLERが2020年秋に試験的な導入を目指すなど、提供へ向けた動きが活発化している。
今回の調査では、そのようなサービス※2の利用意向も聴取した。その結果、「利用したい」および「利用を検討する」と回答した利用者は、全体の44%であった。また、支払い意思額に関しても、「現在の月々の交通費」と同額かそれ以上を示した回答者の割合が、利用意向を示した層で6割を超えた。これより、定額制MaaSに対しては、現在の交通費よりも高い金額を支払う可能性があることを示唆しており、需要が存在するといえる。
図2 定額制MaaSの利用意向
図2 定額制MaaSの利用意向
出所:三菱総合研究所
また、今回の調査では、定額制MaaSの登場により、買い物や趣味・余暇を目的とした外出頻度が高くなるという結果も明らかになっている。全国的に1日当たりの移動回数や外出率が低下している中で、定額制MaaSの導入により、外出促進効果が期待できると言えるだろう。

目的や嗜好性に合わせたサービス設計が重要

既存モビリティの統合サービスに一定の需要があることは分かった。しかし、前述したように「移動はあくまで手段であり、目的ではない」と考えられるため、実際には、移動サービス単体で利用者にサービス提供対価に当たるさらなる支払いを期待することは難しいかもしれない。
この点に関する打開策としては、「モビリティから他産業へ波及するMaaS革命」で解説したように、他産業と連携し、人々の移動の目的や嗜好(しこう)性に合わせたサービス設計をすることが有効だ。三菱総合研究所ではこのようなモビリティサービスを、目的型MaaSと呼んでいる。
目的型MaaSの代表例としては、「観光×MaaS」が挙げられる。これは、観光地での宿泊予約と同時に宿泊地までのアクセスや、周辺施設への移動手段が予約から決済まで一括で実施できるサービスとして実証実験が行われている。
「観光×MaaS」以外にも、健康になりたいという目的を持った人をターゲットとする「健康×MaaS」が考えられる。アンケート調査では、「徒歩などの健康に寄与する移動手段を選択して移動した場合に、その移動量に応じて特典の進呈を行うサービス」の利用意向を聴取した。このサービスを「利用したい」と回答した層は、全体で30%となっており、前段での「定額制MaaS」の「利用したい」と回答した層(8%)を大きく上回る。さらに、健康維持への意識が強いと考えられる「日常的な徒歩習慣がある層」※3での同回答は38%となっており、徒歩習慣がない層と16ポイント以上の差をつけている。
図3 目的型MaaSの利用意向(健康×MaaS)
図3 目的型MaaSの利用意向(健康×MaaS)
出所:三菱総合研究所
この結果を受け、「健康×MaaS」の具体例として「自転車シェア」事業への工夫が考えられる。国内外の同事業は単一サービスとしては赤字のものが多く、アンケート調査でも外出目的によらず利用率は1%に満たない程度だ。ここに、「自転車での運動量(走行距離や勾配)に応じたポイントによる、健康商品や健康サービスの獲得」など「移動を通じて健康になる」という目的をサービスの前面に押し出すことで、利用者の増加に寄与するのではないか。通常敬遠されがちな勾配が大きい経路での利用や長距離利用の促進にもつながる可能性がある。
上記のサービスは、地下鉄やバス事業者が提供することにより、「健康×MaaS」の枠を超え、全体最適化を目指す大きな構想へと向かう。例えば、混み合うラッシュ時間帯の自転車シェア利用料を低価格とすることで、本稿冒頭で述べたように混雑緩和などの社会課題解決につながる。また、東京都でも現状は都心にしか配置されていない自転車シェアを交通事業者が拡大・促進することで、利用者のよりシームレスな移動が可能となるだろう。
このようなサービスをMaaSアプリとして提供することで、プラスの副産物も存在する。アプリより、事業者は利用者の属性以外にも、検索履歴、移動履歴、移動の目的などマーケティングに関わる多くの情報を把握できるのは前回のコラムで紹介した通りである。そのため、事業者はこの集団をマーケティングのプラットフォームとして、「健康意識が高い人」に対する新規ビジネスの検討や提供という2次利用にもつなげることができる。
もちろん、「観光×MaaS」や「健康×MaaS」に限らず、他産業と連携した目的型MaaS実現の可能性は無限大だ。利用者ニーズに合ったMaaSの設計により、高付加価値かつ「刺さる」サービスを提供することが重要である。

※1三菱総合研究所が保有する生活者市場予測システム(mif)のアンケートパネルを利用し、関東圏の一都三県(東京都、千葉県、神奈川県、埼玉県)の居住者1,500名を対象に調査を実施(調査時期:2019年6月上旬)

※2公共交通手段(在来線・私鉄・公営バス・私営バス・バイクシェア)使い放題に加え、タクシーチケット(2km分×5枚)が付与される月額サービスを想定

※3「1日30分以上歩くようにしている」に「あてはまる」と回答した層