(1) 技術の導入を止めない <初等~高等教育>
大学の関係者からは、ゼミなどの少人数指導ではオンラインでもリアルに対して遜色ない(あるいはむしろ適している)といった声や、今回の経験をきっかけに、社会人を対象としたリカレント教育につなげていくといった意向も聞かれ、この流れは改善を伴い定着していくことが期待される。メディアを利用した授業を単位化することについては、認定の条件や単位数の上限が設定されているが※6、今回の経験を踏まえた好事例の共有や要件の見直しが進むことが期待される。
また、近年、VRなどの先端技術を活用した教育も登場しており、従来の授業に多少の機能を付加したオンライン化の取り組みにとどまらず、教育への技術活用の萌芽(ほうが)も見られる。
今後、「新しい生活様式」「新しい日常」に移行する中で、今回の経験・努力を踏まえ、安易に「これまでの授業」に立ち戻るのではなく、デジタル技術を中心とした教育への技術導入を進めていくことが必要であり、このことにより教育システムのレジリエンスが高まると考える。
(2) 地域や学校の多様性に対処する <初中等教育>
例えば、東京と岩手で状況が異なることはもちろん、同じ東京、あるいは同じ特別区内でも、学校の規模、保護者の経済状況や教育価値観、一人親世帯・共働き世帯の構成などはさまざまである。多様な関係者にとって納得のいく合理的な意思決定を行うためには、エビデンスベースの科学的な検討が欠かせない。
したがって、臨時休業中の取り組みおよび授業の再開に関して、どのような取り組みがなされ、何が有効で何が課題かを、地域・学校・家庭単位で記録に残すことから始めるべきである。この記録があって初めて、当該地域のさまざまな状況に応じた対策に関する検討を危機管理のプロを交えて行えるようになり、決定された対策パッケージを地域内で説明・浸透させていくことが可能となる。
(3) キャリア自律を促進する <社会人教育>
キャリア自律は、自らが働くことの目標を設定し、その実現のために能力を高め、職を得、実践する、あるいは働きながら次の目標を設定し、能力を高めながらその職場で実践し、成長していくサイクルで形づくられていく。キャリア自律の必要性に気づくこととは、そこで必要となる目標設定と学習の重要性に気づくことにほかならない。
キャリア形成は、その時代の労働市場の状況や個人を取り巻く環境などの影響を受ける。キャリア自律に必要な目標設定と学習、および一連のサイクルを回していくために果たすべき行政や企業の役割は大きい。目標設定では、さまざまな業界、職業、職種、職場で求められる人材の資質や能力に関する情報基盤や、キャリアカウンセリング機能の整備が重要であろう。学習では、企業の人材育成投資の拡充や労働需要と学習需要に即した教育プログラム提供、受講の有用性を判断できるプログラム情報提供、さらには学校段階におけるキャリア教育の推進などが期待される。
(4) 顕在化する格差にあらかじめ備える
このほかに、学校の臨時休業に伴い家庭での学習時間が増加したことによって生じた格差があると考える。民間教育サービスも積極的に活用し、構造化された学習・生活時間が用意された家庭の子供と、そうでない子供との間に生じる教育機会の格差である。これには、保護者の教育価値観・教育期待、経済力、そして民間サービスを選別し利用法を指導できる情報リテラシーといった資質の影響もあると推測される※10。この場合、格差が見えても、その要因(保護者の資質)の多くは外から見えず、対策が難しい点に注意が必要である。
日本の学校教育は、全国統一の学習指導要領に基づき検定された教科書の採用、教員養成・免許制度などによって醸成されてきた質の高さで国際的な評価を得てきた。今回の危機では、長期間にわたり学校以外の場で学習機会を確保する必要が生じ、この質を支える基盤が揺るがされたといえる。今後への備えとしては、まず学習機会の格差の発生状況を確認した上で、危機時に家庭での学習時間に責任を担える公教育の改善(デジタル技術の活用など)、危機時に学校教育を補完・代替できる民間教育産業についてそのすそ野の拡大と官民役割の再考、保護者の教育リテラシーの育成、といった対策の検討が必要と考えられる。
(5) 科学技術リテラシーを育成する
また、感染症はその定義のとおり、病原体の増殖による疾患である。その診断・治療は医学の話であり、その流行メカニズムは疫学の話であり、これらはいずれも原因と結果の因果関係を、再現性を備えて明らかにする自然科学の話である。自然科学が示した事実を理解しようとすること、氾濫する情報や政治判断に科学的根拠があるか客観的に捉えること、といった姿勢が求められると考える。
科学技術に対するこれらの態度や姿勢は、今後、より重要性が高まる「リテラシー」になると考えられる。学校教育や生涯学習におけるSTS教育※11の拡充を期待したい。