コラム

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言科学・安全

ウィズコロナ時代の教育:経験を進化に変える五つの視点

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2020.7.28

科学・安全事業本部横山宗明

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言
緊急事態宣言解除から数週間が経過して都内の小中学校でも分散登校が始まり、新しい日常が始動しつつある※1。登校する子供たちの姿は、地域の希望であると改めて思う。全国の86%の学校(幼稚園、小学校、中学校、高等学校および特別支援学校など。以下同)を臨時休業(2020年5月11日時点)に追い込んだ※2新型コロナウイルス感染症の拡大は、学校や学習の場に大きな衝撃を与え、課題を浮き彫りにした。今後もこのような感染症被害の発生を前提に社会システムが再編されていくことを出発点とした上で、図らずも壮大な社会実験に遭遇した私たちは、ここからどのような教訓を得て生かしていくべきであろうか。本稿では、初等教育から高等教育、社会人教育までを対象に、今回の経験を進化に変えるために大切な視点を五つ提起することとしたい。

(1) 技術の導入を止めない <初等~高等教育>

臨時休業中に、公立学校では、約3割の設置者(自治体)において、「デジタル教科書やデジタル教材を活用した家庭学習」が行われ※3、授業を実施している大学の9割で遠隔授業のみによって授業が行われた※4。さらに、国はオンラインでの学習機会や好事例※5を紹介し、学習塾はオンラインで授業を配信し、EdTech企業と称される民間事業者は無償サービスを提供した。前後で直接比較できるデータは見当たらないが、これまでにない規模でのデジタル技術を活用した教育が実施されたのは間違いない。

大学の関係者からは、ゼミなどの少人数指導ではオンラインでもリアルに対して遜色ない(あるいはむしろ適している)といった声や、今回の経験をきっかけに、社会人を対象としたリカレント教育につなげていくといった意向も聞かれ、この流れは改善を伴い定着していくことが期待される。メディアを利用した授業を単位化することについては、認定の条件や単位数の上限が設定されているが※6、今回の経験を踏まえた好事例の共有や要件の見直しが進むことが期待される。
また、近年、VRなどの先端技術を活用した教育も登場しており、従来の授業に多少の機能を付加したオンライン化の取り組みにとどまらず、教育への技術活用の萌芽(ほうが)も見られる。

今後、「新しい生活様式」「新しい日常」に移行する中で、今回の経験・努力を踏まえ、安易に「これまでの授業」に立ち戻るのではなく、デジタル技術を中心とした教育への技術導入を進めていくことが必要であり、このことにより教育システムのレジリエンスが高まると考える。

(2) 地域や学校の多様性に対処する <初中等教育>

今回の危機においては、全国一斉の臨時休業が実施されたが、次の危機に備えるという観点では、地域の状況や学校の多様性に応じた対処方法を検討できるようにすることが必要である。
例えば、東京と岩手で状況が異なることはもちろん、同じ東京、あるいは同じ特別区内でも、学校の規模、保護者の経済状況や教育価値観、一人親世帯・共働き世帯の構成などはさまざまである。多様な関係者にとって納得のいく合理的な意思決定を行うためには、エビデンスベースの科学的な検討が欠かせない。

したがって、臨時休業中の取り組みおよび授業の再開に関して、どのような取り組みがなされ、何が有効で何が課題かを、地域・学校・家庭単位で記録に残すことから始めるべきである。この記録があって初めて、当該地域のさまざまな状況に応じた対策に関する検討を危機管理のプロを交えて行えるようになり、決定された対策パッケージを地域内で説明・浸透させていくことが可能となる。

(3) キャリア自律を促進する <社会人教育>

感染拡大に伴い、世界の就業者の68%が職場閉鎖の義務付け、または推奨されている状況にある。世界の労働時間の合計を見ると、2020年第2四半期は危機開始前の2019年第4四半期に比べ10.5%減少と予想された※7。日本でも雇用・就業面への大きな影響が懸念され、民間企業の雇用者の4割以上が「新型コロナウイルス感染症に関連して自身の雇用や収入にかかわる影響があった」とし、特に不安を感じたこととして「収入の減少」(40.7%)、「勤め先の経営状況の悪化あるいは企業倒産・事業所閉鎖」(24.0%)とされた※8。リーマンショックや東日本大震災時を下回る厳しい街角景気ともされ※9、これまで見舞われたことのない雇用の危機感が生じていると考えられる。置かれている状況は異なるものの、正規社員においても、非正規社員においても、今回の危機を通じ、自らのキャリアは自分事として生涯にわたり自らコミットするという、いわゆるキャリア自律の必要性が高まっていくものと考えられる。

キャリア自律は、自らが働くことの目標を設定し、その実現のために能力を高め、職を得、実践する、あるいは働きながら次の目標を設定し、能力を高めながらその職場で実践し、成長していくサイクルで形づくられていく。キャリア自律の必要性に気づくこととは、そこで必要となる目標設定と学習の重要性に気づくことにほかならない。

キャリア形成は、その時代の労働市場の状況や個人を取り巻く環境などの影響を受ける。キャリア自律に必要な目標設定と学習、および一連のサイクルを回していくために果たすべき行政や企業の役割は大きい。目標設定では、さまざまな業界、職業、職種、職場で求められる人材の資質や能力に関する情報基盤や、キャリアカウンセリング機能の整備が重要であろう。学習では、企業の人材育成投資の拡充や労働需要と学習需要に即した教育プログラム提供、受講の有用性を判断できるプログラム情報提供、さらには学校段階におけるキャリア教育の推進などが期待される。

(4) 顕在化する格差にあらかじめ備える

災害時に格差は顕在化する。教育分野では、学校の臨時休業時に、子供の世話のために仕事の継続が難しくなった経済的困難な家庭の家計破綻、特別な支援を必要とする児童生徒を自宅で長期ケアすることの困難さ、日本語に不慣れな留学生が情報を入手する難しさ、企業の能力開発支援を受けられない非正規社員の姿などが報道された。顕在化したこれらの課題に対しては、教育分野以外の関係機関などとも連携し、現場の課題を具体的に拾い上げ、次に備え一つひとつ改善していくことが望まれる。

このほかに、学校の臨時休業に伴い家庭での学習時間が増加したことによって生じた格差があると考える。民間教育サービスも積極的に活用し、構造化された学習・生活時間が用意された家庭の子供と、そうでない子供との間に生じる教育機会の格差である。これには、保護者の教育価値観・教育期待、経済力、そして民間サービスを選別し利用法を指導できる情報リテラシーといった資質の影響もあると推測される※10。この場合、格差が見えても、その要因(保護者の資質)の多くは外から見えず、対策が難しい点に注意が必要である。

日本の学校教育は、全国統一の学習指導要領に基づき検定された教科書の採用、教員養成・免許制度などによって醸成されてきた質の高さで国際的な評価を得てきた。今回の危機では、長期間にわたり学校以外の場で学習機会を確保する必要が生じ、この質を支える基盤が揺るがされたといえる。今後への備えとしては、まず学習機会の格差の発生状況を確認した上で、危機時に家庭での学習時間に責任を担える公教育の改善(デジタル技術の活用など)、危機時に学校教育を補完・代替できる民間教育産業についてそのすそ野の拡大と官民役割の再考、保護者の教育リテラシーの育成、といった対策の検討が必要と考えられる。

(5) 科学技術リテラシーを育成する

今回、感染状況の監視や患者の検知などにおいて、科学技術が力を発揮した。感染症対策にあたり有効な手段となり、今後も安全・安心確保、あるいはイノベーション創出の観点からも活用が期待される。一方、諸外国で実施されている、先端技術を利用した感染者監視・追跡の取り組みに対しては、監視社会化や人権侵害への懸念の声もある。科学技術の適切な利用に向け、その目的を十分に吟味することの重要性が今回改めて認識されたといえる。科学技術は一人ひとりの生活に影響を与え、その影響力はますます大きくなっている。一人ひとりが科学技術を利用する目的や、その結果がもたらす効果と弊害とを冷静に考えていくといった態度が重要性を増していると考えられる。

また、感染症はその定義のとおり、病原体の増殖による疾患である。その診断・治療は医学の話であり、その流行メカニズムは疫学の話であり、これらはいずれも原因と結果の因果関係を、再現性を備えて明らかにする自然科学の話である。自然科学が示した事実を理解しようとすること、氾濫する情報や政治判断に科学的根拠があるか客観的に捉えること、といった姿勢が求められると考える。
科学技術に対するこれらの態度や姿勢は、今後、より重要性が高まる「リテラシー」になると考えられる。学校教育や生涯学習におけるSTS教育※11の拡充を期待したい。

※ 1:2020年6月15日執筆時点

※ 2:文部科学省「新型コロナウイルス感染症対策のための学校における 臨時休業の実施状況について」
https://www.mext.go.jp/content/20200513-mxt_kouhou02-000006590_2.pdf(閲覧日:2020年6月15日)

※ 3:文部科学省「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」
https://www.mext.go.jp/content/20200421-mxt_kouhou01-000006590_1.pdf(閲覧日:2020年6月15日)

※ 4:文部科学省「新型コロナウイルス感染症の状況を踏まえた大学等の授業の実施状況(調査時点令和2年5月20日時点)」
https://www.mext.go.jp/content/20200527-mxt_kouhou01-000004520_3.pdf(閲覧日:2020年6月15日)。
なお、6月1日時点の調査では、遠隔授業のみが約6割、面接授業と遠隔授業の併用が約3割となっている。

※ 5:例えば、各学校種の取り組み事例等(https://www.mext.go.jp/a_menu/coronavirus/mext_00007.html)や、専修学校(https://www.youtube.com/watch?v=BBMVG1CXdeQ&feature=youtu.be)のオンラインセミナーなど(閲覧日:2020年6月15日)

※ 6:平成13年文部科学省告示第51号

※ 7:ILO(国際労働機関)「ILO Monitor: COVID-19 and the world of work. Third edition」
https://www.ilo.org/wcmsp5/groups/public/@dgreports/@dcomm/documents/briefingnote/wcms_743146.pdf (閲覧日:2020年6月15日)

※ 8:独立行政法人労働政策研究・研修機構「『新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査』(一次集計)結果(5月調査・連続パネル個人調査)」
https://www.jil.go.jp/press/documents/20200610.pdf (閲覧日:2020年6月15日)

※ 9:独立行政法人労働政策研究・研修機構「新型コロナウイルス感染症の影響を受けた日本と各国の雇用動向と 雇用・労働対策」
https://www.jil.go.jp/tokusyu/covid-19/pt/docs/200508pt-report.pdf(閲覧日:2020年6月15日)

※10:例えば、国立大学法人お茶の水女子大学「平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究」では、家庭の所得、両親の学歴から合成した「家庭の社会経済的背景(SES)」が高い保護者の子供ほど学力テストの正答率が高いことや、保護者の教育価値観や学習時間が学力に統計的に有意に影響していることを示している。
https://www.nier.go.jp/13chousakekkahoukoku/kannren_chousa/pdf/hogosha_factorial_experiment.pdf (閲覧日:2020年7月3日)

※11:STSは、Science, Technology and Societyの略。STS教育は、科学、技術、社会の相互の関係性について学び、社会における科学や技術の創出や活用のあり方などについて理解を深めることを目的とする。

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