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2050年の水素エネルギー・インフラ

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2021.7.28

サステナビリティ本部圓井道也

環境・エネルギートピックス
国際社会において気候変動対策は急務であり、日本でも2030年温室効果ガス排出量46%削減や、2050年カーボンニュートラル達成など、脱炭素化に向けた目標が発表されている。2050年カーボンニュートラルの達成に向けては、特に非電力分野の脱炭素化が重要であり、脱炭素燃料である水素エネルギーの活用が鍵を握る。

水素は、現状は産業ガスとしての利用に限定されており、エネルギーとして大規模に流通させるためのインフラ整備は多額の投資が必要となる。水素エネルギーの社会実装にあたっては、供給源の確保、輸送方法の確立、需要の開拓と課題は多岐にわたり、サプライチェーン全体で最適解を導き出す必要がある。一方で、水素は電力や燃料から作られる二次エネルギーであると同時に、水素から電力や燃料を製造することも可能である。すなわち、異なるエネルギー源をつなぐ機能を有している。

したがって、水素の「つなぐ」機能を最大限生かし、水素単体で考えるのではなく、電力やガス・石油といったエネルギー同士で役割分担・相互補完しあうことで、日本全体としてのエネルギーコスト・インフラ整備費用を最小化できる。

本コラムでは、日本における水素の利活用に向けたインフラに着目し、今後の在り方を議論する。

水素需給の地域間ギャップ

水素は、化石燃料、再生可能エネルギー由来の電気等、さまざまなエネルギー源から製造可能であるが、エネルギー資源の乏しい日本では、国内の余剰電力を有効利用して製造する水素の活用を追求することが、自給率向上の観点で重要となる。そこで日本の水素の需給バランス・地域分布について考察する。

まず、国内の再生可能エネルギーの導入ポテンシャルは大きく偏在しており、ここから期待される水素発生量も偏在する。2050年の再エネ大量導入時の電源構成分析例から得られる太陽光・風力の出力抑制量は、東日本エリアでの出力抑制が大きく、北海道で太陽光と風力を合わせて700~1,100億kWh、東北で700~1,200億kWh、東京で900~1,100億kWhと推定されている。一方で西日本エリアは極めて少量であり、中部で400億kWh程度、九州で200億kWh程度と推定されている※1

これらの出力抑制に伴う余剰電力を、仮に全て水電解による水素製造に活用できたとすると、図1の「供給量」で示す通り、北海道では140~220億Nm3、東北で140~240億Nm3、東京で180~220億Nm3と試算される(中部では80億Nm3、九州では40億Nm3)※2。実際には、水電解装置の稼働率を考えると全ての余剰電力を使い切ることは現実的ではないため、製造可能な水素量は試算値よりも少なくなる。

一方、水素需要の分布については、第25回水素・燃料電池戦略協議会で示された水素潜在需要(FCトラック、水素還元製鉄、化学原料、熱利用、内航船)をベースとして、都道府県別自動車保有台数、現状の産業設備(高炉・エチレンプラント)の分布、都道府県別化石燃料需要、港湾別の内航船入港総トン数をもとに地域別に按分し、10電力エリア別の水素需要を試算した(図1、潜在需要のうち50%が顕在化するものと想定)。
図1 地域別水素需要および需給ギャップの分析例
図1 地域別水素需要および需給ギャップの分析例
出所:各種資料*より三菱総合研究所作成

*:資源エネルギー庁「今後の水素政策の課題と対応の方向性 中間整理(案)」第25回水素・燃料電池戦略協議会(2021年3月22日)、「総合エネルギー統計」、「都道府県別エネルギー消費統計」、国土交通省「国際海運のゼロエミッションに向けたロードマップ」、自動車検査登録情報協会「都道府県別・車種別保有台数表」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来人口推計(平成30(2018)年推計)」(2018年3月)、鉄鋼新聞社 製鉄所別粗鋼生産量、石油化学工業協会 主要石油化学製品のメーカー別生産能力を基に三菱総合研究所分析。
水素供給量は環境省「令和2年度長期戦略等を受けた中長期的な温室効果ガス排出削減達成に向けた再生可能エネルギー導入拡大方策検討調査委託業務」報告書より三菱総合研究所概算。北陸、関西、中国、四国、沖縄は余剰電力量が微小であったことから試算対象外とした。
https://www.env.go.jp/earth/report/R2_Report.pdf(閲覧日:2021年6月29日)
この分析から、産業用途の方がモビリティ用途よりも桁違いに需要量が大きいこと、特に高炉とエチレンプラントが東京、中部、関西、中国、九州管内に偏在していることから、水素需要も大きく偏在する可能性があることがわかる。また、需給バランスとしては北海道・東北エリアでは供給過多、その他のエリアではおおむね需要過多となることが示唆される。

水素需給はさまざまな要因で変化するものではあるが、地域間での需給ギャップが生じること、また、地域間で水素を輸送するインフラの必要性を認識することは重要であろう。

水素の本格利用に必要な供給規模

次に需要家の視点から必要な供給規模を考察する。実際に水素を産業利用する場合、どのような規模でサプライチェーンを構築する必要があるだろうか。

産業用蒸気製造に用いられる2トンボイラーを例に考えると、時間あたり450Nm3の水素供給が必要となる。仮に、工場敷地内に設置する水電解装置で賄おうとすると、所要電力は約2,500kWとなり、需要家にとっては相応の受電設備増強も必要となる。

また、ボイラーの年間稼働率はさまざまではあるが、熱需要の大きい需要家においては連続運転を行うことも珍しくない。年間8,000時間の連続運転を行う事業所の場合、必要な水素量は2トンボイラー1基あたり年間400万Nm3にも達し、液体水素トレーラーで輸送する場合は2日に1回の配送、圧縮水素トレーラーで輸送する場合は1日5~6回の配送が必要となる※3。こうした多頻度の燃料配送は現実的ではなく、パイプラインなどの大規模輸送インフラによる供給が現実的といえる。ちなみに、大規模事業所の例として、製油所における水素製造装置の生産規模は、およそ2万Nm3/h~7万Nm3/hである。

このように、今後産業利用を本格検討していく場合は、既存の産業ガス供給とは桁違いの供給規模が求められ、大規模な水素供給源の確保、水素パイプラインといった大規模供給インフラの整備が必要不可欠となる。こうした課題への解決に向けては、以下の3点の取り組みが必要となる。

(1) 海外調達の推進

日本の水素需要を100%国内再エネで賄うには、さらに飛躍的に再エネ導入量を増加させる必要がある。また日本の再エネ電源由来の水素製造は他国と比較してコスト面で不利な状況※4にあり、安価な海外水素の輸入は有力なオプションの一つである。現在、日本では水素発電を見据えた大規模サプライチェーン構築を推進※5しているが、発電用途はもちろん、産業用途(特に素材産業)向けにとっても有用なインフラとして機能するであろう。

(2) オンサイトでの大規模供給源確保

海外水素は、大規模水素利用のために重要な手段ではあるものの、日本のエネルギー自給率向上に寄与しないという短所がある。そこで、事業所内で大規模にCO2フリーの水素製造設備を設置することも必要となる。

一つは、再生可能エネルギー由来の水電解設備の大型化を追求する必要がある。現在、世界最大規模の水電解設備は福島水素エネルギー研究フィールド(設備規模10MW)であるが、その場合も水素供給量は最大で2,000Nm3/h※6とされており、1事業所であっても熱需要を十分に賄えないおそれがある。

欧州の実証プロジェクトでは100MW級※7の計画も発表され始めているが、日本においても需要家ニーズの観点から大型化を指向することは必須ではなかろうか。また、水電解設備は電力系統における需給調整への貢献も期待されているが、その場合も大型化することで系統運用側に対してまとまった制御量を提供することが期待される。

再生可能エネルギー由来の水電解水素は水素社会の中心的存在である一方、変動性の再生可能エネルギーを用いることから生産が不安定になる可能性がある。脱炭素水素を大量かつ安定的に供給するためには、高温ガス炉等次世代原子炉を用いた水素製造も有力な手段の一つである。日本原子力研究機構において開発中の高温ガス炉水素製造システムは、水素生産能力3万Nm3/hの規模※8を視野に研究を進めており、産業用大規模需要家に適した水素供給規模と言える。また、800~900℃程度の高温熱を用いる特性上、高温熱を大量に供給可能という観点でも産業需要に適している。日本の原子力への信頼回復および社会受容性向上が大前提ではあるが、日本のように再エネを含むエネルギー資源がエネルギー需要とくらべ潤沢とは言い難い国では、重要な選択肢だろう。

(3) 都市ガスインフラを活用した広域輸送

水素パイプラインが国内でほぼ整備されていない状況にかんがみれば、既に整備済みの都市ガスパイプライン活用が有効と考えられる。その活用方法については、水素とCO2を合成しメタン化(以下、メタネーション)して需要家へ供給する方法、水素ガスを直接導管注入して混合ガスとして需要家へ供給する方法の2通りが考えられる。ただし、後者は化石燃料由来のメタンを利用する前提であり、脱炭素化に向けた過渡的な措置にすぎない。カーボンニュートラル実現時には、純水素パイプラインへの転換か、全てメタネーションすることが必要となる。パイプラインの改修や需要機器の転換に費用と期間を要することを考えればメタネーションが現実的である。

電力・ガス・水素の垣根を超えたエネルギーインフラの統合的整備を

日本のエネルギー需要が減少していく局面の中、大規模インフラ整備はハードルが高い。現在日本では再エネ大量導入に向けた広域系統増強マスタープランの中間整理が公表され、設備投資の規模は最大で3.8~4.8兆円と試算されている(図2)。
図2 マスタープラン中間整理における設備増強規模(電源偏在シナリオ(45GW))
図2 マスタープラン中間整理における設備増強規模(電源偏在シナリオ(45GW))
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出所:電力広域的運営推進機関「マスタープラン検討に係る中間整理(概要版)」(2021年5月20日)
https://www.occto.or.jp/iinkai/masutapuran/2021/210524_masutapuran_chukanseiri.html(閲覧日:2021年6月29日)
ここで、欧州の研究事例として、Infrastructure Outlook2050※9を紹介したい。TenneT(ドイツ・オランダの送電事業者)とGasunie(ドイツ・オランダのガスネットワーク事業者)が共同でInfrastructure Outlook2050を公表、再エネ導入量および需要の電化進展度合いによって分けられた複数シナリオにおける電力系統とガス系統の必要な設備増強を分析している。当該研究では、あくまでシナリオ別の電力需要・燃料需要を所与として、必要なインフラ整備について分析をしている。したがって、需要構造の変化も含めた最適解を導出しているわけではないことに留意が必要ではあるが、電力・ガスのインフラを一体的に計画する発想は注目に値する。

日本では広域的なガスパイプラインは整備が進んでおらず、「水素需給の地域間ギャップ」で述べた地域間の需給偏在の解決には貢献しにくい。一方、「水素の本格利用に必要な供給規模」で述べたとおり、地域内の輸送・大規模需要への供給体制にも大きな課題があり、既存ガスインフラの活用はその点で大いに貢献できる可能性がある。

今後、偏在する再エネを需要家まで確実に届けることの重要性は大きくなる。電力・ガスの既存インフラを最大限活用しつつ、必要最小限の電力・水素設備増強を統合的に行い、二重投資を避けることが肝要である。

さらに言えば、地域間のエネルギー輸送インフラがコスト要因として大きい※10ことを踏まえれば、エネルギーを多く消費する需要家が再エネの豊富な地域に立地するよう誘導することも有効な手段となり得る。需要家の立地にかかる費用とインフラ増強費用を慎重に比較・評価する必要があるものの、今後の産業構造変化への対応や地方創生の観点からは、需要家の立地誘導は検討に値する政策ではなかろうか。

※1:環境省「令和2年度長期戦略等を受けた中長期的な温室効果ガス排出削減達成に向けた再生可能エネルギー導入拡大方策検討調査委託業務」報告書
https://www.env.go.jp/earth/report/R2_Report.pdf(閲覧日:2021年6月29日)

※2:Nm3: 標準状態(0℃、大気圧)における体積

※3:令和2年度水素・燃料電池ロードマップの進捗確認および国内外における水素・燃料電池利活用状況調査報告書(経済産業省委託事業)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000252.pdf(閲覧日:2021年7月20日)

※4:IEA “The Future of Hydrogen” (2019)

※5:第25回水素・燃料電池戦略協議会資料では、揚荷基地では5万m3液化水素タンク4基が整備され、年間約22.5万トン(=約25億Nm3)供給する商用化スケールが例示されている。

※6:東芝エネルギーシステムズ株式会社・東北電力株式会社・岩谷産業株式会社「福島新エネ社会構想実現会議 再生可能エネルギー由来水素プロジェクト検討WG」
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/fukushima/saisei_kanou/pdf/003_01_00.pdf(閲覧日:2021年6月29日)

※7:例えば、独Hybridge、独Element Eins

※8:(国研)日本原子力研究機構「高温ガス炉による水素製造技術の研究開発—HI分解器用の高性能水素分離膜の開発—」第14回原子力機構報告会(令和元年11月12日) 
https://www.jaea.go.jp/jaea-houkoku14/shiryo/03.pdf(閲覧日:2021年7月7日)

※9:A joint follow-up study by Gasunie and TenneT of the Infrastructure Outlook 2050(2020年2月) https://www.tennet.eu/fileadmin/user_upload/Company/Publications/Technical_Publications/200204_Phase_II_Project_report.pdf(閲覧日:2021年6月29日)

※10:前述の電力広域的運営推進機関「マスタープラン 中間整理」での増強費用は、電源偏在シナリオ(45GW)において3.8~4.8兆円と試算されているが、そのうち北海道~東京間の長距離直流送電は最大で1.5~2.2兆円と、費用の4割程度を占めている。