コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

「ビジネス×対話鑑賞」の効能 第2回:対話鑑賞のビジネス応用の実例紹介(1)

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2022.7.14

経営イノベーション本部北本里紗

橋本由紀

「ビジネス×対話鑑賞」の効能
対話鑑賞をビジネスに応用していくためのプロセスや効能をシリーズで紹介するコラム。第2回は、「新規プロジェクト開始に伴うマインドセット醸成」をもたらす対話鑑賞を題材に、実際の対話鑑賞の様子を紹介しながら、その効能を独立行政法人国立美術館 本部学芸担当課長 一條彰子氏とともに探ります。
対談者
  • 独立行政法人国立美術館 本部学芸担当課長 一條彰子氏(写真中央)
    東京藝術大学大学院修了(修士)。1998年、東京国立近代美術館の初の教育担当学芸員として着任。以来、対話鑑賞を軸に、幅広い層への鑑賞教育の普及に取り組んでいる。
  • 三菱総合研究所 プロデューサー/コンサルタント 橋本由紀(写真左)
    金融機関を中心に、オープンイノベーション支援、新規事業開発支援、研修開発などに従事。従来の経営コンサルティングに、感性への働きかけを取り入れたサービスを開発中。
  • 三菱総合研究所 コンサルタント 北本里紗(写真右)
    2016年、三菱総合研究所に入社。金融機関を中心に、事業戦略策定支援、業務改革支援、マーケティング分析などを担当。2020年より、「感性コンサル」の開発メンバーに加わる。
橋本:連載第2回は、一條彰子さんと一緒に、対話鑑賞の効能について考えていきます。

一條:よろしくお願いします。

北本:本日は東京国立近代美術館4階にある「眺めのよい部屋」からお届けしていますが、その名のとおり、とても眺めがいいですね。
東京国立近代美術館4階「眺めのよい部屋」からの景色。
東京国立近代美術館4階「眺めのよい部屋」からの景色。鮮やかな光景が眼下に広がる。
一條:桜が咲く時期にもぜひお越しください。とても美しいですよ。
さて、今回は対話鑑賞をどのように活用されましたか?

北本:当社社員を対象に、これから始まるプロジェクトでのチームビルディングや、そのプロジェクトに対するメンバー各自の考えや思いを引き出したいと考え、対話鑑賞を活用してみました。進め方の詳細は次のとおりです。
参加者:
プロジェクトリーダー 1名
プロジェクトメンバー(シニア、中堅、若手) 5名
ファシリテーター 1名
※いずれも三菱総合研究所(以下 MRI)社員

形式:オンライン

主なステップ(約40分):
  • 6枚の作品の中から、今回のプロジェクトを最もよく表していると思える作品を1枚選びだす
  • 「作品を見て思ったことは」「作品の中で自身はどこにいるか」「自身を投影した部分を通じて、プロジェクトとどのように関わっていきたいと思うか」などについて忌憚なく意見交換する
図1 今回の対話鑑賞に用いた作品
図1 今回の対話鑑賞に用いた作品
出所:古賀春江《海》 1929年 油彩・キャンバス 東京国立近代美術館
一條:古賀春江の海を選びましたか。面白い! どのような意見が出ましたか?

橋本:その時の様子を録画したので、一緒に振り返りたいと思います。

①アート×対話の効能:「大前提」があるからこそ、立場・役職を問わずに率直に意見を言い合える

対話の様子(撮影動画から抜粋)

ファシリテーター(以下 F):プロジェクトを思い浮かべながら、この絵を見てみてください。どんなことを表していると思いますか。

プロジェクトリーダー(以下 PL):絵のいたるところにいる魚は、いろいろな職種・役割の顧客側の社員を表しているのかなと。あと、絵の右側でつま先立ちしている女性は、「これまで地に足を着けてきたのが、これからは背伸び……つまり挑戦をしていかなければならない」ということを暗示しているのかな、と思いました。

メンバーC(中堅):私はどちらかというと絵の右側はMRI、下側は顧客を表していて、この絵の中ではその境界線がはっきりしている……。このプロジェクトを通じて、境界線が徐々に交わってくるといいのかなと思いました。あと、絵の左上に飛行船が浮かんでいますが、傾き方が異常ですね(一同、笑)。この傾いている飛行船が表しているのは……顧客の親会社とか事業環境ですかね。あるいはMRIが検知できていない何かを表しているとか……。

メンバーD(若手):確かに、飛行船から不穏な空気を感じます。ただ、私は、この飛行船の中には何かすてきなものが入っているかもしれないとも思いました。

メンバーE(若手):絵の右側に立っている女性はポジティブな印象です。でも、魚や潜水艦はこの女性から逃げていて、女性の味方はカモメのみ、のように見えます。例えば、女性は顧客の経営陣かMRI、小魚は顧客側の社員、潜水艦や飛行船は顧客の組織構造・システム・外部環境のチャンスなどを表しているのではないか……と感じました。

メンバーA(シニア):私は正直、入場料を払ってまでこの絵を見に行こうとは思いません。これは名だたる絵描きの作品なのでしょうか。
図2 「この絵はどんなことを表している?」
図2 「この絵はどんなことを表している?」
出所:三菱総合研究所
橋本:同じ絵なのに、観る人によって感じるものや解釈がこれほど違うのか、と驚きますね。飛行船だけ取り上げてみても、「傾き方が異常」という人もいたり、「何かすてきなものが入っている」という人もいたり。

一條:しかも幅広い年代や異なる役職・役割の方が、率直に言い合っているのが対話鑑賞ならではであり、面白い点ですね。

橋本:そうですね。別の事例になりますが、対話鑑賞を用いてキャリアや仕事に対して感じていることを対話する取り組みを行った際にも、絵を観た時の感情や描かれているもの(モチーフ)に対する解釈が人それぞれで、それを所属も年代も違う人たちと自由に共有しあっている様子が印象的でした。

北本:私もその取り組みに参加していましたが、参加後、頭と心が少しすっきりした気がしました。というのも、わたしは入社時から、当社における女性ならではのキャリア形成の在り方に関して思うところがあったのですが、そのような内容を普段接点の少ない同僚や男性の上司に話すことには抵抗があったため、キャリアに対する自分の気持ちを自ら積極的に話したことはありませんでした。しかし、対話鑑賞の場では、自由にそれを伝えることができました。参加者の中では私が一番下の年次でしたが、上の年次の人たちを気にすることなく、いろいろと言えた気がします。絵を介することで、キャリアに対して抱いている思いを率直に話せました。
写真2
一條:なるほど。それは、「人の言うことを否定しない」という対話鑑賞のルールが効いていると思いますよ。ICOM(International Council of Museums:国際博物館会議)という、世界中の美術館・博物館が緩やかに連携した組織が開催した2019年総会で、ミュージアムの意義・ミッションが話し合われました。その時に、「ミュージアムは安全に議論できる場であるべき」という考えが提唱されました。民族・宗教・人種に関わらず、一つの作品に対する自分の考えを安全に発言し、他の人と安全に議論できるのがミュージアムの価値でもあり、対話鑑賞する大事な意味の一つでもある、と。「アートの解釈に答えはない」という大きな前提があるからこそ、自由な発言が受容され、対話鑑賞は成り立ちます。そういった保証された自由こそが、北本さんが本音を言えたことの正体だと思いますよ。

橋本:ICOMでそのような議論がなされたのはとても興味深いですね。

一條:そうですね。ちなみに、この話は『こどもと大人のためのミュージアム思考』の中でも紹介されています。私のインタビューも掲載されていますので、興味があればぜひご覧ください。
図3 2019年 ICOMによる「博物館の定義 案」 訳:稲庭彩和子
図3 2019年 ICOMによる「博物館の定義 案」 訳:稲庭彩和子
出所:稲庭様の日本語訳をもとに、三菱総合研究所作成
図4 ミュージアムの新たな価値に気づくことができる一冊
図4 ミュージアムの新たな価値に気づくことができる一冊
出所:編著:稲庭彩和子、著:伊藤達矢、河野佑美、鈴木智香子、渡邊祐子『こどもと大人のためのミュージアム思考』(左右社、2022年)

②対話の効能:対話を繰り返すことで、チーム/グループ/組織が活性化するとともに、多様性を受け入れる土壌が作られる

一條:他にはどんな意見が出ましたか?

橋本:動画の続きを見てみましょう。
対話の様子(撮影動画から抜粋)

F:この絵の中で、あなた自身がいるとしたら、どこですか?

(一同、しばし沈黙)

メンバーB(中堅):私は地に足を着けてこのプロジェクトに関わっていたいので、右端の小さい船が自分かなと思います。

メンバーE(若手):絵の右上とか中央のあたりで飛んでいる2羽の鳥のどちらかが自分を表していて、絵の左端にある建物、これは顧客が保有する建物だと思いますが、そこに向かおうとしている最中です。右側で立っている女性はMRIのPLか顧客の経営層または事務局で、魚は顧客側の社員を表していると思います。ちょっと気になるのが、魚は女性の方ではなく建物の方を見ています。そこから言えるのは、魚はまだ女性の存在に気づいていないようです。そんな中、これからやってくる鳥が、魚にとって良いものなのか災いなのかは未知数です。

メンバーC(中堅):絵の中には描かれていませんが、右側の女性の左奥にある白い灯台のドアから、女性をこっそり見ている存在が私です(一同、笑)。プロジェクトがまだ始まっていないので、この女性、これはPLだと思いますが、PLを補佐している段階で、トロイの木馬のようにパワーをため込んでいる最中です。

PL:右側の女性の背中側にある、白い石の台が私だと思います。女性は顧客の経営陣または事務局で、彼らを後支えしているようなイメージです。魚が顧客側の社員で、絵の左端にある建物、いわば顧客が保有する建物を見ています。その様子から、社員は現場を大切にしていますが、将来のことには目が行っていません。そのような魚の意識を、女性の方に向けられるように支えるのが白い石の台、つまり私という構図だと思いました。
図5 「この絵の中に自分はどこにいる?」
図5 「この絵の中に自分はどこにいる?」
出所:三菱総合研究所
一條:一人ひとりが自分の考え、思い、経験などと照らし合わせながらモチーフを解釈し、その解釈を他の人に説明することで、全員の手によって、モチーフに意味が生成されていっているシーンと捉えることができますね。

橋本:鳥と答えた人の「鳥が顧客側の社員にとって良いものか災いなのか未知数」という発言は衝撃です。良いものになるよう頑張ります! で終えずに、災いになってしまうかもしれないという懸念をポロっと吐露している。プロジェクト開始時や新チーム発足時などで意気込みを各自から話してもらう場はよくあると思いますが、そういう場で語られるのは「これを頑張ります」「こういう風に貢献したいと思います」のような“努めて前向きな発言”が多いですよね。中には「未経験で不安なこともたくさんあります」など正直に言ってくれる人もいますが、多くの場合どこか弱みを隠してしまおうとする。それでプロジェクトが始まってしばらくたつと、うまく行かないことが出てきて、「実はこの業務苦手だった」「プロジェクトのここが不安だった」というのが明るみに出る。こういう場に面すると、「早く言ってよ~」と嘆かずにはいられなくなります。なので、早い段階で、今目の前にある業務やプロジェクトに対して率直にどう思っているかを話してもらえる工夫が要る。こうした状況でも、対話鑑賞のような手法は有効だと思います。
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一條:そうですね。あと、一人ひとりが率直に気持ちを話すことに加えて、それぞれがプロジェクトを自分事化しながら対話を繰り返すことで、チームメンバーがこのプロジェクトをどのように捉えているのか、このプロジェクトをどのようなものにしていきたいのか、という大きなストーリーが、この絵を媒介として“全員の手”によって作られていくことになりますよね。

北本:プロジェクトに対する意識が醸成され、チームが活性化する。まさに「新規プロジェクト開始に伴うマインドセット醸成」に資する取り組みですね。

一條:そうですね、面白い取り組みだと思いますよ。また、絵の左上に浮かんでいる飛行船に対して多様な意見が出たように、複数人で対話をすることで、自分だけでは気が付かなかったことを知ることができ、多様な見方をすることができます。そうすることで、思い込みによるリスクを避け、1人では超えられない限界をグループの力で超えることができます。このような取り組みを繰り返すことによって、誰かが思い込んでいることに対して、他の人が「それは違うんじゃないの」と言えるような土壌が作れるのではないでしょうか。
橋本:対話を繰り返すことで、多様性を受け入れる土壌ができるわけですね。

一條:そう、そのとおり。経験の多いシニアならではの意見、変化に敏感な若者ならではの意見など、バックグラウンドが違うからこそ出てくる意見というものがあります。対話をしていると、そういった考えの違いに気づくことができます。そして、先ほども述べたように、そういう対話の機会を何度か設けることで、多様性を受け入れる姿勢が文化として根付くことにもつながると思いますよ。

(次回に続く)
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