コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

「ビジネス×対話鑑賞」の効能 第3回:対話鑑賞のビジネス応用の実例紹介(2)

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2022.9.20

経営イノベーション本部北本里紗

橋本由紀

「ビジネス×対話鑑賞」の効能
対話鑑賞をビジネスに応用していくためのプロセスや効能をシリーズで紹介するコラム。第3回も、「新規プロジェクト開始に伴うマインドセット醸成」をもたらす対話鑑賞を題材に、実際の対話鑑賞の様子を紹介しながら、その効能を国立美術館本部 学芸担当課長 一條彰子氏とともに探ります。
対談者
  • 独立行政法人国立美術館本部 学芸担当課長 一條彰子氏(写真中央)
    東京藝術大学大学院修了(修士)。1998年、東京国立近代美術館の初の教育担当学芸員として着任。以来、対話鑑賞を軸に、幅広い層への鑑賞教育の普及に取り組んでいる。
  • 三菱総合研究所 プロデューサー/コンサルタント 橋本由紀(写真右)
    金融機関を中心に、オープンイノベーション支援、新規事業開発支援、研修開発などに従事。従来の経営コンサルティングに、感性への働きかけを取り入れたサービスを開発中。
  • 三菱総合研究所 コンサルタント 北本里紗(写真左)
    2016年、三菱総合研究所に入社。金融機関を中心に、事業戦略策定支援、業務改革支援、マーケティング分析などを担当。2020年より、「感性コンサル」の開発メンバーに加わる。
橋本:引き続き、よろしくお願いします。

北本:前回は、実際の対話鑑賞の様子を見ていただきながら、対話鑑賞の効能について意見交換をさせていただきました。今回は、その対話鑑賞が終わった後の感想パートを見ていただき、引き続き対話鑑賞の効能について考えていきたいと思います。

一條:よろしくお願いします。どのような感想が出ましたか。

③アートの効能:アートを観ることで、記憶・思考が刺激・活性化され、自身の考えや感情が整理されるとともに、これまで顕在化していなかった考えや感情を発見することができる

北本:最後の感想パートでも、さまざまな意見が出てきました。
対話の様子(撮影動画から抜粋)

F:では最後に、本日の感想を教えてください。

プロジェクトリーダー(PL):絵を題材にすることで、改めて自分の考えを整理できました。また、各メンバーの発言から、それぞれが着目している点や現在どのような気持ちでいるのかということを感じ取ることもできました。まとめると、自分自身の思いの再発見、相互理解ができたと思います。

メンバーA(シニア):奥が深くて良い取り組みだと思います。

メンバーC(中堅):楽しかったです。一見違うことを言っているようでも、共通する感情を違う言葉で表現していることもあれば、そうではないこともありそうなので、その違いを見極めることが重要だと思いました。また、対話鑑賞での頭の使い方は、他部署の人と自由に義務感なく発想や連想をする時の頭の使い方に似ていると感じました。

メンバーD(若手):絵にすぐに入り込めない人、絵の作者の制作意図を推測しすぎてしまう人、絵画に関する知識を元々持っていて技法などに着目しすぎてしまう人もいると思うので、導入部分をかなり丁寧に説明した方がいいと思います。また、その内容は参加者によって柔軟に変える必要があります。

メンバーE(若手):導入部分を丁寧にすることに賛成です。あわせて、対話鑑賞においてすべきこととすべきではないこと(思考を中断してのメール返信をしない、対話鑑賞と関係のない他の作業をしないなど)を伝えるといいと思いました。
一條:皆さんいろいろな感想をお持ちですね。数カ月後、今回の参加者に同じ絵を見せて、「あなたはこのプロジェクトにどう関わりたいと言ったか、覚えていますか?」などと聞いてみてもいいですね。つまり、今回の対話鑑賞の効能を検証してみるということです。文字情報だけだとほぼ内容を覚えていないと思いますが、この作品を見ながら話したので何かしらは内容を覚えていると思います。もし何か覚えていれば、プロジェクトメンバーが同じビジョン、思いなどを共有できていることになり、プロジェクトを遂行するうえでとても有効です。仮に前回の発言内容から変化していても、それはそれで新しい解釈に進展したということで面白いです。

橋本:いいですね。絵を見ることで、対話の内容に加えて、その時の雰囲気やその場で感じていたこと、つまり思考に加えて体感的な記憶も思い起こせると思います。「あの時はプロジェクトのこともお客さまのこともまだよく分からなくて委縮していたけれど、それと比べれば少し自信がついてきた」などの成長実感が持てたり、その実感をきっかけとして、自分の成長ドライバーを理解するきっかけにつながるかもしれません。
ところで、PLからは「自分自身の思いの再発見」「相互理解」というキーワードが出ました。後者の「相互理解」については、前回話した多様性の受容に通じる感想ですね。

北本:前者の「自分自身の思いの再発見」について、絵を見ることで、自分の考えが整理されるという面は確かにありますよね。
例えば「傾いている飛行船が表しているのは……顧客の親会社や事業環境ですかね。あるいは三菱総合研究所(以下MRI)が検知できていない何かを表しているとか……」という発言(第2回 ①を参照)がありましたが、普段感じている不安ややりにくさ、それは顕在化していないケースもあると思いますが、そういうものが、絵を通して再認識・言語化できたシーンだと感じました。

橋本:アートを観ることで、記憶が刺激され、思考が活性化されます。それは、北本さんが指摘してくれたように自身の考えや思いの整理にもつながりますし、あるいはこれまで顕在化していなかった考えや思いの発見にもつながるとも思います。これは対話鑑賞をしていて、私自身が強く感じることです。
写真1
一條:確かに、そういう面はあると思います。
ちなみに、絵を見て体感できるかどうかは、その人のそれまでの体験によるところが大きいです。自然が描かれた絵を見て、匂い、皮膚感、足の裏の感触などを想像できるかどうかは人によって違う、ということです。
以前、「南風」(和田三造、1907年、東京国立近代美術館蔵)という漂流する男たちを描いた油彩画を伊豆大島の中学生に見せたことがあるのですが、「やばいやばい! 南から風が吹くと海が荒れるから危ないよ!」と言っていました。リアルな体験があればあるほど、自分の記憶と絵がつながって、感覚が呼び起こされるわけです。感覚を広げるために、絵を見る前に自然に触れる時間を作ってみたり、ビジネスパーソンの方であればワーケーションを経験してみるのもいいかもしれないですね。

北本:感想の中には、導入部分に関する指摘もいくつかありましたね。

一條:早い段階で、自分の本音を言える気楽さや楽しさを味わってもらい、「ここでは何を言っても受け入れてもらえる」ということを体感してもらうのが重要です。私たちは美術館の職員なので、ビジネスに関しては素人です。MRIの皆さんには、ぜひ、アートをビジネスにつなげる部分でご協力いただきたいと思っています。

橋本・北本:こちらこそ、引き続きよろしくお願いします。
写真2

対話鑑賞の応用可能性

今回のコラムでは、「新規プロジェクト開始に伴うマインドセット醸成」をもたらす対話鑑賞を題材に、対話鑑賞をビジネスに応用していくためのプロセスや、以下3つの効能についてご紹介しました。
①アートの効能(第3回③を参照
アートを観ることで、記憶・思考が刺激・活性化され、自身の考えや感情が整理されるとともに、これまで顕在化していなかった考えや感情を発見することができる

②対話の効能(第2回②を参照
対話を繰り返すことで、チーム/グループ/組織が活性化するとともに、多様性を受け入れる土壌が作られる

③アート×対話の効能(第2回①を参照
「大前提」(=「アートには多様な解釈がある」という共通認識)があるからこそ、立場・役職を問わずに率直に意見を言い合える
一方、対話鑑賞には、今回ご紹介した場面以外にもさまざまな応用可能性があると考えられます。下表はMRIで行った対話鑑賞の一例ですが、対話鑑賞がさまざまなテーマや対象者に対して有効であることが分かります。
図1 実証実験中のビジネス向け対話鑑賞の一例
図1 実証実験中のビジネス向け対話鑑賞の一例
出所:三菱総合研究所

対話鑑賞+コンサルティングのすすめ

これまで見てきたとおり対話鑑賞は、参加者の本音や価値観を引き出すこと、対話を活性化すること、自分事化すること、納得感を醸成すること、などに長(た)けています。しかし、対話鑑賞単体では次のアクションにつながらないケースもあります。例えば、「組織のありたい姿」をテーマに対話鑑賞を行ってさまざまな思いをメンバー間で共有し、その結果目標=組織のありたい姿の実現に向けた意識醸成ができたとしても、それが施策に落とし込まれて能動的に実行されなければ、ありたい姿は実現されません。
図2 「組織のありたい姿」を題材とした対話鑑賞を行った時の参加者の心の動きと組織に与える影響(仮説)
図2 「組織のありたい姿」を題材とした対話鑑賞を行った時の参加者の心の動きと組織に与える影響(仮説)
出所:三菱総合研究所
その突破口となるのが、「対話鑑賞+コンサルティング」の取り組みです。近年では、対話鑑賞を提供するスタートアップ企業がコンサルティングにまで手を広げようとするケースも出てきています。一方、コンサルティングを提供する企業が対話鑑賞にまで手を広げようとしたケースは、少なくともこれまではありませんでした。しかし、MRIではまさに、対話鑑賞をコンサルティングと組み合わせることで、次のアクションにつなげるノウハウを構築しています。例えば組織風土改革をご支援するケースであれば、以下のような組み合わせ方が考えられます。

①準備段階フェーズ(論理パート)
「組織のありたい姿」について、普段の思考(論理的思考・理性脳)を使って徹底的に意見出しを行う。対象は経営者、現場社員。普段から考えていることや言いたいことをこのフェーズで吐き出し、一定の満足感を得ることで、次の「②対話鑑賞フェーズ(感性パート)」に対する不安や抵抗感を低減させる。

②対話鑑賞フェーズ(感性パート)
「①準備段階フェーズ(論理パート)」での検討と同じ内容(もしくはその上位概念)を、対話鑑賞を通じた感性的思考によって対話を行い、思いや実体験、自分でも忘れていたような記憶を共有しあう。対象は経営者、現場社員。

③コンサルティングフェーズ
「①準備段階フェーズ(論理パート)」と「②対話鑑賞フェーズ(感性パート)」で出てきた考えや思いを整理し、合意された「組織のありたい姿」を設定したうえで、それを実現するために解決しなければならないこと、解決の方法などを経営者とともに検討する。
図3 三菱総合研究所でご提供可能な「対話鑑賞+コンサルティング」のイメージ
図3 三菱総合研究所でご提供可能な「対話鑑賞+コンサルティング」のイメージ
出所:三菱総合研究所
では、「対話鑑賞+コンサルティング」にはどのようなメリットがあるのでしょうか。

「①準備段階フェーズ(論理パート)」は各自の認識や理解度が見える化できる一方で、その発言が「論理的か」「もっともらしいか」「実現できそうか」などに気を取られるあまり、取り繕った優等生的な内容になったり、どこかで聞いたようなキーワードが並んだありきたりの内容になったりしてしまいがちです。また、中にはロジカルシンキングそれ自体や議論すること、発言することなどに苦手意識を持っていて、なかなか発言ができないビジネスパーソンもいるでしょう。

これらのデメリットを補うのが「②対話鑑賞フェーズ(感性パート)」です。ここでは心理的安全性が確保されるため、誰しもが気持ちよくアイデアを出せて、お互いが引け目なく対話することができます。また、この「②対話鑑賞フェーズ(感性パート)」では正直な発言が出てきやすく、しかもその発言はその人の人柄や価値観が反映されている「生きたコメント」となります。これらの「①準備段階フェーズ(論理パート)」・「②対話鑑賞フェーズ(感性パート)」を統合した結果を「③コンサルティングフェーズ」で活かすことで、「③コンサルティングフェーズ」のアウトプット(個別施策など)はその組織にジャストフィットしたものとなります。また、アウトプットは現場社員の本音が反映された納得感のある内容であることから、現場社員は目標に積極的にコミットすることになるでしょう。これは当然経営層にとってのメリットでもあります。

以上の理由から、「対話鑑賞+コンサルティング」はまさに、自社の課題を本気で解決したいと思う企業にとって必要な取り組みと言うことができるでしょう。


さて、今回の連載コラムはいかがだったでしょうか。ここまでお付き合いいただいた皆さまに、少しでも「ビジネス×対話鑑賞」の価値や効能・魅力が伝わっていれば幸甚です。
(連載コラム終了)

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