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人材需給ギャップ解消の鍵となる「実務家トレーナー」の重要性

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2022.9.28

キャリア・イノベーション本部山野内雄哉

MRIトレンドレビュー

POINT

  • VUCAの時代は、急速に変化する社会に対応した適切な人材育成が困難。
  • 社外で活躍する実務家をOJTトレーナーとして自社に受け入れ、社員を育成するモデルが有効。
  • 実務家本人を含む多様なプレーヤーによる取り組みの推進が肝要。

専門職人材の育成が急務

デジタル革命や少子高齢化、新型コロナ危機等により「職のミスマッチ」が深刻化している。当社のエコノミックレビュー「DX・GX 時代に対応するキャリアシフトを提言」の試算では、リスキリング等によるキャリアシフトを進めた場合でも、2030年時点で労働力人口の7%に相当する450万人のミスマッチが依然として残るとしている。これは、キャリアシフトを進めてもなお、事務職等を中心とした人材余剰と専門技術職等を中心とした人材不足が残置されるためである。

専門技術職の人材不足感は、既に各企業で顕在化している。例えば、国内の事業会社を対象とした2020年度のIT人材に関する調査※1では、IT人材の「量」(人員数)が「大幅に不足している」と回答した企業は40.8%であり、この値は年々増加傾向にある。

専門技術職の人材不足に対して各企業が取り得る選択肢は、採用や育成、外部委託等が考えられる。しかし、専門技術職人材の全体量が不足している以上、外部からの採用という選択肢で全ての企業が課題を解決することは不可能である。また、専門技術を要する全ての業務を外部委託することも、自社にノウハウが残りにくいため、持続的成長の観点から現実的ではない。このような理由から、人材獲得の選択肢のうち「社内人材の育成」の重要性は一層高まっている。

ただし、育成には課題も存在する。昨今のように変化が激しく、複雑で、見通しの難しい社会の状況(VUCA※2)下では、各業界で必要とされる資質・能力も激しく変化するため、育成方法を確立することが難しい。従来の職業教育・人材育成の在り方を抜本的に見直し、求められるスキルをより迅速・柔軟に獲得できる仕組みづくりが必要となっている。

注目の集まる「実務家教員」

そのような中で注目を集めているのが「実務家教員」である。実務家教員とは、企業等での実務経験を活かした教育を大学等の教育機関で行い※3、業界のニーズを踏まえた人材育成を行う役割を担う。従来は専門学校や専門職大学院等が主な活躍の舞台だったが、大学での登用促進※4も盛んである。2019年以降は、実務家教員の登用を重視する高等教育機関「専門職大学・専門職短期大学」の創設※5により、一層注目を集めている。

さらに、企業等での実務と並行して教員としても活動する実務家教員も登場している。2022年からは、転職サイト「ビズリーチ」が、独立行政法人国立高等専門学校機構と連携し、IT人材として企業で活躍しながら、国立高専の実務家教員として実践的な授業を担当する「副業先生」※6の募集を始めた。このような副業としての実務家教員は、知識やスキル等を業界動向に応じて常にアップデートしやすいという理由から、変化の激しい環境下での人材育成に非常に有効と考えられる。副業が可能な企業が増加傾向にある※7といった変化も追い風となり、副業型の実務家教員登用の流れは今後一層加速すると予想される。

業界で必要とされる最新の知識・スキルを身に着けさせることは、自社ビジネスの発展にとって有効な選択肢の一つになる。その意味で、企業にとって、実務家教員が登用されている大学等で自社社員を育成することのメリットは大きいと言えるだろう。

実践を重視した「実務家トレーナー」の活躍促進を

実務家教員は教育機関において、実務経験を活かしながら、演習、実験、実習又は実技を伴う授業科目※8を担当する。自社社員の実践的能力の育成のために、実務家教員が行うこれらの授業を教育機関で受講させることは有効ではあるが、企業等の実際の現場において、知識・スキルの活用経験を通した実践力の育成機会を確保することも重要である。従来、日本企業では、実践力育成の手段としてOJT(On the Job Training)の手法が用いられてきた※9。通常OJTは、育成したいスキルや関連する業務経験が豊富な上司や同僚がトレーナーとなる。しかしこれは裏を返せば、自社内に当該スキル・業務経験が豊富な人材がいなければOJTが成り立たないことを示す。VUCAの時代では、急激な社会変化に対応した新しい知識やスキルを持っている社員が必ずしも自社内にいるとは限らず、従来型のOJTは不向きな場合もあると考えられる。

このような状況を踏まえると、今後はOJTのような実践的能力育成の場にこそ、社外の実務家の登用が必要と言えるのではないか。これからの理想的なOJTに求められるのは、企業の業務を通じて培った実務経験という暗黙知を社会全体で共有することであろうと考えられる。

なお以降では、OJTのような実践的領域で指導する実務家を、大学等の教育機関で登用されている「実務家教員」と区別するため「実務家トレーナー」と呼称する。実務家トレーナーは、教育機関ではなく、民間企業等で行われるOJTの場で指導する点で、実務家教員とは異なる(図表1)。
図表1 実務家教員と実務家トレーナーの比較
図表1 実務家教員と実務家トレーナーの比較
出所:三菱総合研究所
「実務家トレーナー」は、所属企業において(あるいはフリーランスで)自身の専門領域で実務を執り行いながら、他の企業等で副業としてOJTトレーナーの役割を担う人物のことを想定している。普段の実務を執り行いながら、あるいはフリーランスで指導するという要素は実務家教員(「副業先生」のような形態の実務家教員)と共通しているが、活躍の場が教育機関ではなく企業である点が実務家教員とは異なる。自社内の人材のみで行う従来型OJTのトレーナーが、社外の実務経験者に置き換わる状態を想像いただければ分かりやすいかもしれない。指導形態としては、トレーナーが個別のプロジェクトに参画して助言するパターン、あるいはプロジェクトには参画せず、成長を促すメンタリングを週1回程度行うといったパターン等が考えられるだろう。

もちろん、実務家教員を行いながら実務家トレーナーとして活動することも可能だろう。この場合、実務家トレーナーとしての経験を通じて、トレーニー(育成対象)のつまずきやすいポイントを肌で感じ、実務家教員としての指導に反映できる。

一方、実務家トレーナーの活躍に向けては課題も存在する。最も大きな課題の一つとして「実務家トレーナーの確保」が挙げられる。座学であれば、オンデマンド形式のオンライン教育の活用等により教員不足に対応しやすかったが、OJTのような実践的な学びの場合はそうした手段が使えず、相応のトレーナー確保が必要となる。とりわけ、専門職人材の不足感がさらに高まる業界においては、実務家トレーナー確保の重要性が高い。当該業界内の社会人全員が実務家トレーナーとして活躍する選択肢を持てるような一連の取り組みが必要である。

企業は実務家トレーナーを積極的に受け入れる検討を

実務家トレーナーの活躍に向けては、①実務家、②受入企業、③実務家の在籍企業それぞれに、「環境の整備」から「活躍」に至る各段階で、図表2のような取り組みが求められる。例えば実務家(①)は、自身の「在籍企業の理解」を得てから「保有スキルの棚卸」を行ったうえで、実務家トレーナーとして活躍するために「受入企業の探索」を行う必要がある。

これらの取り組みは、①~③の各プレーヤーが独力で実施できるものも存在するが、④行政や民間企業が、これらの取り組みを促進できる施策・サービスを展開することも重要である。本コラムの読者は、企業等に所属されている方々が多いと思われるため、以降では特に②の「受入企業」側の視点で、実務家トレーナー受入までのプロセスを整理する。
図表2 実務家トレーナー活躍に向けた各プレーヤーで生じる障壁
図表2 実務家トレーナー活躍に向けた各プレーヤーで生じる障壁
出所:三菱総合研究所
まず「環境の整備」段階では、受入企業は、実務家トレーナーを受け入れる意義を理解する必要がある。その上で、自社で必要な人的資本の性質に照らし、中途採用が適切なのか、従来のような自社あるいは研修事業者による育成が適切なのか、実務家トレーナーによる育成が適切なのか——を検討するべきである。その後、実務家トレーナーによる育成が適切と考えられる場合は、実務家トレーナーの受け入れに向けて「育成方針・制度の改訂」行う必要がある。

次に「行動への移行」段階では、実務家トレーナーに自社の人材育成を依頼するにあたり、どのような人材をどの程度育成したいのか、自社の人材戦略に照らして検討する必要がある。

最後に「活躍」段階では、実務家トレーナーの探索を行わなくてはならない。現時点で、探索にあたり有用と考えられるサービスに「スポットコンサル※10」がある。ただし今後は、実務家トレーナーと受入企業の一層精緻かつ円滑なマッチングのため、双方を接続するようなプラットフォームが必要だろう。

実務家トレーナーの活躍を実現するために

ここまで、実務家トレーナーの活躍は、社会全体の人材需給ミスマッチの解消に資すること(社会全体にもたらすメリット)、そして企業の実質的な人材育成に効果的であること(企業にもたらすメリット)を述べてきたが、実務家トレーナー本人やそのトレーナーが在籍する企業にもメリットがあることを本章で述べておきたい。

「実務家教員」(≠実務家トレーナー)登用に向けた課題として、実務で培った暗黙知を、他者に伝達できる形式知とすることが難しいといった点が挙げられる。一方、実務家トレーナーの場合は、トレーニーが直面している課題に対しての助言が主となるため、実務家トレーナー就任時点で自身の経験が完全には形式知化されていなくてもよい。むしろ、そのような経験を経て、自身の持っている暗黙知を形式知化することにつながる。自身の有している知識・スキルの深化は、実務家トレーナー本人のメリットと言える。

これは、実務家トレーナーが在籍している企業にとっても大きなメリットと言える。暗黙知として個人に蓄積されているノウハウが形式知化されることで社内でのナレッジ活用が可能になるためである。さらに、実務家トレーナーの在籍企業は、自社の社員が副業を行うこと自体によるメリットを得ることも可能である。パーソル総合研究所が副業者に対して実施した調査(図表3)では、副業によってスキル・知識面、マインドセット面で、本業への還元があったことが明らかになっている。またこの調査では、本業のスキルを活かせる副業に従事することは、当該経験の本業への還元を高める要因になることも明らかになっている。
図表3 副業による本業への還元
図表3 副業による本業への還元
出所:パーソル総合研究所「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査」(2021年8月、p.54)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/assets/sidejob02.pdf(閲覧日:2022年8月25日)
一方で、リスクも存在することを忘れてはならない。受入企業側で特に懸念されるリスクは、実務家トレーナーへの機密情報の流出だろう。このようなリスクに対しては、秘密保持契約の締結は最低限必要として、指導歴を含む実務家トレーナーの経歴の公開等も必要であろう。

実務家の所属企業側のリスクとしては、労務管理が煩雑※11、本業がおろそかになるといった副業・兼業を行う上での一般的な課題(図表4)が考えられる。しかし、実務家トレーナーの需要が大きいと考えられるIT業界では、約76%が副業を容認しているといった調査※12も存在する。送り出し企業側は、既に実務家トレーナー活躍に向けた準備が整ってきつつあると言える。
図表4 兼業・副業を認めたことで生じた課題感
図表4 兼業・副業を認めたことで生じた課題感
出所:エン・ジャパン エン 人事のミカタ「アンケート集計結果レポート:第149回『副業・兼業について』」
https://partners.en-japan.com/enquetereport/149/(閲覧日:2022年8月25日)
実務家トレーナーの活躍実現に向けては多様なハードルは存在するが、来たるべき「人材の大ミスマッチ時代」に向け、人材育成のさまざまな選択肢が各企業で検討・議論される、本コラムがその契機となれば幸いである。

※1:独立行政法人情報処理推進機構「DX白書2021」
https://www.ipa.go.jp/files/000093701.pdf(閲覧日:2022年8月25日)

※2:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったもの。

※3:大学設置基準では「専攻分野における実務の経験及び高度の実務の能力を有する教員」として「大学に専攻分野におけるおおむね五年以上の実務の経験を有し、かつ、高度の実務の能力を有する教員」と定義されている(第十条の二)。

※4:参考:文部科学省 制度・教育改革ワーキンググループ(第17回) 配付資料「実務家教員の登用促進について」
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/043/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/08/03/1407795_3.pdf(閲覧日:2022年8月25日)

※5:高知リハビリテーション専門職大学、国際ファッション専門職大学、ヤマザキ動物看護専門職短期大学等。

※6:ビズリーチ「高専機構×ビズリーチ首都圏の民間IT人材の力で地方教育を深化」(2021年7月21日)
https://www.bizreach.co.jp/pressroom/pressrelease/2021/0720.html(閲覧日:2022年8月25日)

※7:パーソル総合研究所「第二回 副業の実態・意識に関する定量調査 調査結果」(2021年8月)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/assets/sidejob02.pdf(閲覧日:2022年8月25日)

※8:東北大学 高度教養教育・学生支援機構 大学教育支援センター「『大学等における実務家教員の採用に関する調査』結果」(文部科学省「持続的な産学共同人材育成システム構築事業」)(2022年3月28日)
https://jitsumuka.jp/wp-content/uploads/2022/03/jitsumuka-cyosakekka2021.pdf(閲覧日:2022年8月25日)

※9:もちろん、業務や育成レベルによっては座学的な学習(Off-JT:Off the Job Training)で足るものも存在する。

※10:業務遂行の過程で自社にないスキルやノウハウが必要になった際にアドバイザリーを依頼できる短期的なコンサルティングサービス。フリーランスや副業を行う社会人がサービスプラットフォーム経由で役務を提供する形態が多い。

※11:2022年7月に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(厚生労働省)が改訂され、簡便な労働時間管理の方法(管理モデル)の考え方が示された。本モデルの導入により、労務管理の煩雑性は軽減される可能性がある。

※12:日経クロステック「主要IT企業の76%が副業解禁、挑んで分かった『意外な効果』とは」(2019年11月21日)記事内で行われている調査
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01094/111900001/(閲覧日:2022年8月25日)

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