コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

データが導くこれからの新規事業 第2回:「事業目的」を定める

将来構想から事業をバックキャストで検討する

タグから探す

2022.10.24

経営イノベーション本部小河絵里香

有田匡伸

経営戦略とイノベーション
連載第1回では、データを活用した新規事業検討の概観について紹介した。第2回となる本コラムでは、新規事業の検討の最初のステップである、①事業目的や将来構想の設計について解説する(図1)。
図1 新規事業の検討ステップ
図1 新規事業の検討ステップ
出所:三菱総合研究所

バックキャストによる事業検討

新規事業を開発する際の重要なポイントは、マーケットや提供価値などの「事業立地の検討」から入るのではなく、第1に「事業の究極的な目的を定める」ことである。自社や市場の現況に基づいて新規事業検討を始める企業は多いが、近視眼的に自社の得意分野に固執するあまり、事業の将来の発展可能性を見落とす恐れがある。

そのため、長期的な、広い目線で「事業の究極的な目的」を定めておくことが重要である。「事業の究極的な目的」を意識することで、ゴールに至る過程の各ステップが可視化しやすくなり、事業の全体像が描きやすくなるという効果も見込まれる。このようにゴールからプロセスを逆算する「バックキャストによる検討」は、新規事業開発に代表される不確実性の高い企業活動にとって欠くべからざる思考法といえるだろう。

バックキャストによる事業検討のアプローチは、具体的なアクションを展開していくフェーズにおいても優れている。事業目的を定めておくことで、何かしらの問題が生じた場合にも、よりどころになる考え・方針に基づいてスムーズな軌道修正が可能となる。

こうしたバックキャストによるアプローチは、「データを用いた事業」の開発において特に重要となる。一般的にデータの価値は、保有しているデータの種類や量(データの粒度や取得期間)に強く依存して増加する。そのため、データを「何のために」、「どのように」活用するかは、長期的なビジョンに沿って起案当初から計画しておくべきである。早期の立案により、効率的にデータを収集でき、データが持つポテンシャルを最大限に活かすことにもつながる。

バックキャストによる事業検討のステップ

新規事業の検討で必要となる4ステップの一例を以下に示す。どのステップでも、大局観を持って検討することがポイントとなる。

Step1|長期的なビジョンの確認

会社の方針や成し遂げたいことを確認・整理する。「実現したい社会像」や「解決したい課題」を最初に検討することにより、既存の業界構造にとらわれずに新規事業を検討できる。

Step2|既存事業の位置づけ・関係性の整理

既存事業は、長期ビジョンに対しどのような価値を提供しているかを整理する。「ビジョン達成に向けて不足しているものは何か」「どのように既存事業とシナジーを生むことができるか」「既存事業の蓄積から自社ならではの強みは何か」——を検討することで既存事業の位置づけ、関係性が可視化される。

Step3|短期~中期の目標・ゴールの設定

長期ビジョンに沿い、既存事業との関係性も考慮した上で、この事業で成し遂げたい目標やゴールを設定する。

Step4|短期・中期・長期の展開ステップ作成

Step1~3に沿った具体的な展開ステップを検討する。
次節では、実際にこうしたステップを踏みつつバックキャスト事業検討を行っている具体事例を紹介する。

バックキャストによる事業検討事例

石油元売り事業を主軸とする出光興産株式会社の事例を紹介する※1
注:本事例の考察は、公開情報を基に当社が作成したものであり、当社の解釈が含まれることに留意されたい。

Step1

同社は2030年ビジョンとしてカーボンニュートラル、高齢化社会を見据えた次世代モビリティ&コミュニティの実現などを掲げている※2。主軸事業の延長ではなく、社会課題解決に向けて、石油産業としての生き残りをかけ策定されたビジョンとなっている。

Step2

同社は策定したビジョンに基づき、EV事業に参入し、新会社の出光タジマEVを設立した。 車両開発では、既存事業で培った素材開発技術を生かし、新規事業において不足する車両設計技術はタジマコーポレーションとの連携により補完した。

Step3

その後の具体アクションとしては、「社会に求められるEVとはどのようなものか」「EVを使って社会課題につなげられないか」——を地方でのカーシェアサービス実証を通じて探究した。実証では、出光興産の既存のサービスステーションネットワークを活用した。そのほか、自動車管理プラットフォームを開発・提供するスマートドライブの有する移動データ、位置情報解析サービスのナイトレイの有する観光客が書き込んだSNSデータを活用している。こうした「データ取り扱い企業」との連携は、車両スペックの決定という短期的なゴールの検討に役立っているほか、観光・産業振興や防災対策推進など地方創生に資する新規事業の検討という中期的なゴールにもつながっている。

どのようなデータがEV事業に必要であり、どのような企業と連携すべきかを適切に判断し、長期ビジョンに向けた将来的な事業の発展を見据え、こうしたデータ取得・活用を実証段階から開始できたのは、事前に達成すべき長期ビジョンを定めていたためであると言える。

Step4

同社は、今後も継続的にデータ解析を続けるとしており、長期ビジョン達成に向けて、さまざまなサービスの展開を予定している。今後の動きに注目したい。
図2 事業目的からのバックキャストによる事業検討ステップ(出光興産の事例)
図2 事業目的からのバックキャストによる事業検討ステップ(出光興産の事例)
出所:公開情報を基に三菱総合研究所が作成
以上、本コラムでは「事業目的」を定めることの重要性について述べた。次回は、次のステップとして、対象市場・顧客・提供価値などの「事業立地」の検討について紹介する。

※1:MUGENLABO Magagine インタビュー記事(2021年6月4日)
https://mugenlabo-magazine.kddi.com/list/idemitsu-smartdrive/(閲覧日:2022年5月27日)
週刊アスキー インタビュー記事(2022年1月14日)
https://weekly.ascii.jp/elem/000/004/078/4078348/3/(閲覧日:2022年5月27日)
出光興産株式会社 ニュースリリース(2020年10月14日)
https://www.idemitsu.com/jp/news/2020/201014.html(閲覧日:2022年5月27日)
出光興産株式会社 ニュースリリース(2021年4月20日)
https://www.idemitsu.com/jp/news/2021/210420.html(閲覧日:2022年5月27日)
くるくら インタビュー記事(2021年3月6日)
https://kurukura.jp/next-mobility/2021-0226-60.html(閲覧日:2022年5月27日)

※2:株式会社出光興産 ホームページ(2030年ビジョン・中期経営計画)
https://www.idemitsu.com/jp/company/policy/index.html(閲覧日:2022年5月27日)

関連するサービス・ソリューション

連載一覧

関連するナレッジ・コラム