コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

データが導くこれからの新規事業 第3回:「事業立地」を定める

データをてこに提供価値を最大化する

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2022.12.13

経営イノベーション本部舟橋龍之介

森直樹

経営戦略とイノベーション

「事業立地を定める」ということ

連載第2回(「事業目的」を定める)では、「事業の究極的な目的」からバックキャストで事業展開を検討することの重要性を紹介した。本コラムでは、この事業目的に沿って、誰にどのような価値を提供するかというコンセプトを「事業立地」と表現し、データを活用した新規事業で事業立地を定める際のポイントを紹介する。

事業立地として定義すべき要素は、主に「対象市場・顧客」「提供価値」「製品・サービス」「マネタイズ方法」「活用するアセット」であり、これらは従来の事業検討のあり方と何ら変わらない。データを活用した新規事業では、とりわけ「取得データがもたらす差別化価値」が重要となる。自社が顧客から取得したデータを基に顧客理解を深め、提供する製品・サービスを顧客の特性や体験に合わせて設計することで提供価値が向上し、競合他社との差別化を図れる。深い顧客理解のためにはデータ活用が必須であり、今やデータ活用を前提としなければ他社との競争には勝ち残れない時代になっている。
図1 新規事業の検討ステップ
新規事業の検討ステップ
出所:三菱総合研究所
ここで強調しておきたいのは、新規事業の成功ポイントは企業や一般消費者などの顧客※1の潜在ニーズに応えることにあり、データはあくまで顧客自身が気付いていない理想体験を理解するための手段である点だ。

顧客データ自体は、製品・サービスの開発・改良のために古くから活用されてきた。しかし、それらはデータにより自社製品・サービスに適合する顧客セグメントを特定したり、需要の所在やサイクルを把握したりするなど、決まった製品・サービスをいかに効果的・効率的に展開するかという観点で活用されてきた。

今や、あらゆるマスマーケット、ニッチマーケットが各業界で開拓され、製品・サービスの性能・品質が頭打ちとなり、各社の提供水準が画一化している。顧客の顕在ニーズに対して機能や価格を競い合う従来のアプローチでは、自社の優位性や差別化された価値を生み出すことはますます難しくなっている。

顧客のニーズが多様化し、顧客自身も何が理想なのかを分かっていない中で、顧客の理想体験を発見するのは一筋縄ではいかない。これからの新規事業では、自社が何をやりたいかではなく、データを活用して顧客の理想体験を発見することで顧客の潜在ニーズに応えることが重要である。

そのためにはまず「顧客の理想体験を発見するデータの特定」を行った上で、「大量データの取得による精度の向上」および「複数データの組み合わせによる異なる視点の付与」という2つの方向性により、顧客への提供価値を高める仕組みを構築することが必要である。

この改善サイクルの仕組みを事業モデルに組み込んで初めて、顧客の理想体験に対する事業者の認識がアップデートされ、サイクルを回すほど提供価値が高まるようになり、製品・サービスの差別化が進むのである。
図2 事業立地の検討プロセス
事業立地の検討プロセス
出所:三菱総合研究所

顧客の理想体験を発見するためのデータの特定

顧客の理想体験を発見する際のポイントは、顧客と対話し、困り事を正しく認識した上で、どのようなデータがあれば顧客の課題を解決できるかを、顧客の行動や業務を起点として柔軟にピボットしながら発想することにある。

ただし実際のケースでは、顧客ニーズに応じて柔軟に製品・サービスを変える必要があるため、データを効率的に取り扱う体制を整えることが提供価値を高める第一歩になることが多い。ここでは、不動産業界が抱える課題に挑戦しているトーラスの事例を紹介したい※2
不動産業界では、登記情報の取得・読み込み・システム入力を手作業で行っていることが人件費増加の大きな要因となっていた。トーラスは顧客との対話を通じてこの課題を把握し、構造化された豊富な不動産登記データ、それによる業務効率化が顧客への提供価値になると考えた※3。登記情報データベースを構築した結果、登記情報をシステム入力する業務が不要となり、結果としてデータの取り扱いに要する人件費を10分の1まで軽減することに成功した。

トーラスの事業で特筆すべきは、単なる業務効率化にとどまらず、顧客の理想体験を織り交ぜながら不動産データの活用を考えた点にある。トーラスはさらに顧客との対話を重ねることで、顧客の理想体験を実現するために拡充すべきデータ項目やデータベースの新たな活用方法を模索し、データを蓄積しながらサービスを拡大した。

不動産会社では優良な物件の仕入れが最大の課題となっており、社員の理想体験を実現するには物件の移転情報を把握する必要があった。トーラスのデータベースには時系列データが格納されているため、不動産会社の社員が物件の移転情報をミクロ・マクロの両面から把握できるようになり、効率的な仕入れを可能にした。

他業界の事例として、例えば銀行では、接点の少ない口座保有者の課題把握が大きなテーマであり、従来は飛び込み営業で情報を得ていた。しかし上記のようなデータベースを活用すれば、銀行員は口座保有者が持つ不動産や名義変更などの情報を登記簿情報から抽出することが可能となり、金融商品や相続関連サービスなどを含めたトータルソリューションの提供およびこれらの営業効率化につながっている。

顧客の理想体験は一度発見して終わりではない。理想体験を継続的にブラッシュアップすることで、自社の製品・サービスの提供価値を高められ、差別化を図れるようになるのである。

大量データの取得による精度の向上

顧客への提供価値を高める第1の方向性が「大量データの取得による精度の向上」である。具体的には、データの蓄積・活用量で他社を上回ることで、要因分析や製品・サービス設計の精度を向上させることを指す。データ取得のアプローチとしては、ビッグデータを活用すること、データが大量に集まる仕組みを構築することの2つが挙げられる。

ジェーシービーは東大発のベンチャー企業ナウキャストと連携し、消費統計「JCB消費NOW」を共同開発した※4。政府統計ではアンケート調査でデータを収集しており、速報性の向上には限界があった。ジェーシービーはクレジットカード決済データを活用することで月に2回の配信を可能にし、政府統計よりも速報性を高めている。さらに、従来の統計では把握が困難であった業種別や販売形態別での消費活動データも配信している※5

EC事業を手掛けるベガコーポレーションは、JCB消費NOWの活用により売り上げ増減の要因分析精度を向上させた。JCB消費NOWが提供する自社の事業領域に近いデータやマクロ消費動向データと、自社の受注データを半月ごとに比較することで、自社の売り上げ増減が自社要因かマクロ要因かを判断している※6。各事業部は検索データ、ショッピングモール内での販売動向、および自社ECサイトのアクセスデータやコンバージョンデータに自分たちの経験を加味して売り上げ増減要因を解釈しているが、そうした仮説を検証する際にもJCB消費NOWのデータを活用している。

カスタムサラダレストランCRISP SALAD WORKSを運営するCRISPは、顧客データ量を増やす仕組みの構築により顧客の具体的な要望を理解することを可能にし、競争優位性を生み出している。同社のサービスは店頭であっても、電話番号など個人情報の入力やユーザー登録をしないと購入できないシステムを採用し、2020年からはほぼ全店をキャッシュレス店舗としたことで、顧客の8割の購買データを取得することに成功している※7

CRISPはそうした顧客データを活用し、自社のサービス設計を2つの観点で改善した。まずは商品価格である。大部分の顧客行動をカバーする店舗決済データにより、1種類のサラダを食べ続ける人よりさまざまなサラダを試す人の方が高いリピート率を示すことが分かった。定期配送型サブスクリプションサービス「CRISP REPLENISH」では、サラダの価格を同一にすることで、消費者が単価を気にせずに好きなサラダを選べるようにした。結果としてこの取り組みはLTV(顧客生涯価値)の向上にもつながっている。

もう1つは配送網である。累計登録者数が約7万人に上るモバイルオーダーアプリと店舗キャッシュレス端末による深い顧客把握により、配送コストを抑えながら顧客の利便性を高めるサービスを打ち出している。例えば、集団での需要が見込めるオフィスや高級マンションを特定し、グループ配送サービスを消費者に無料で提供する「CRISP BASE」が挙げられる※8。このように、質の高いデータを継続的に取得する細やかな工夫が、事業の優位性を生み出すのである。
図3 大量データの取得・活用を行った事例
大量データの取得・活用を行った事例
出所:※4-8を基に三菱総合研究所作成

複数データの組み合わせによる異なる視点の付与

顧客への提供価値を高める第2の方向性が「複数データの組み合わせによる異なる視点の付与」だ。種類の異なるデータを組み合わせることで、対象事業やその周辺領域において、これまでなかった価値の高い情報を生み出せる。アプローチとしては、自社に着目して自社事業の隣接分野を取り込むこと、また顧客に着目して自社顧客が抱える課題を起点とすることの2つが挙げられる。

トヨタ自動車とウェザーニューズは、両社がそれぞれ保有する車両データと気象データを組み合わせて、これまでにない高精度なリアルタイム安全情報を生成する実証実験を行っている※9。コネクティッドカーのブレーキ稼働状況や走行データから検出されるスリップ実績、さらにその場所の気温・降雪・降雨などの気象データを合成することで、これまで巡回やライブカメラでしか特定できなかった路面凍結を広範囲かつ瞬時に把握できるようになった。

さらに、路面の現状把握にとどまらず、未来の視点を付与し、車輪のスリップにつながる道路の凍結箇所の推定も可能にした。都内を含む関東で雨や雪が降った2020年1月19日には、車両データにより合計5,026件のスリップが検出された。凍結箇所が推定できれば、除雪や凍結防止剤の散布によって運転者のスリップ事故を抑制できる。

ブリヂストンは鉱山機械向けのソリューション事業において、タイヤデータと車両運行データの組み合わせにより、モノ売りやアフターサービスの実施という「タイヤ提供」の視点に「タイヤの使い方」の視点を付与し、顧客事業の生産性向上・コスト最適化ソリューションを提案している。同社は従来、タイヤ内側に貼り付けた薄型センサーから取得した内圧・熱データと現地整備スタッフが取得した摩耗データを組み合わせることで、本体の耐久性予測、そしてローテーションやリトレッドのタイミングを最適化させ、タイヤの使用コストを低減してきた※10※11※12

さらに同社は、タイヤの提供という狭い視点では提供価値の深掘りに限界が来ると考え、車両の運行データを管理できるデジタルフリートソリューション事業などを買収し、車両を対象としたソリューション提供会社に変貌を遂げた。鉱山車両の運行状況に合ったタイヤの使い方(積載量、スピード・内圧など)を指示するのに加え、顧客のオペレーション計画に沿ったタイヤ必要量の予測、およびその予測結果を踏まえた効率的なタイヤ在庫計画と運用方法までも提案できるようになったのである。
図4 複数データを組み合わせた事例
複数データを組み合わせた事例
出所:※9-12を基に三菱総合研究所作成

事業リリースに向けて

新規事業を成功させるポイントは顧客の潜在ニーズに応えることに他ならない。これまでの顧客理解は、顧客が欲しいタイミングで提供する、顧客セグメントに応じてラインアップを整備するなど、顧客の要望にきめ細かく応えるためのものであった。しかしこれからは、顧客のニーズが多様化し、顧客自身も何が理想なのかが分かっていない中で、顧客のぼんやりとした困り事や自身でも気が付いていない課題を解決することが提供価値となる。

無理難題に聞こえるかもしれないが、この難題を解く手がかりとなるのがデータである。自社が顧客から取得したデータを基に、顧客の理想体験への理解を深め、顧客の特性や体験に合わせて提供する製品・サービス内容を継続的に改善することで提供価値が向上し、競合他社との差別化を図れるのである。

ただし事業のリリースに向けては、顧客の理想体験を知り、提供価値を先鋭化するという事業立地の観点に加えて、実際に製品・サービスを提供する際のオペレーションについても検討しなければならない。特にデータを活用した新規事業の場合は、データオーナーにどのようなインセンティブを与え、どのようにデータを取得するかを設計せねばならない。

次回のコラムでは、データを活用した事業におけるサービス提供方法のポイントについて紹介したい。

※1本コラムでの顧客とは、BtoBビジネスであれば企業、BtoCビジネスであれば一般消費者を指す。

※2本事例の考察は公開情報を基に当社が作成したものであり、当社の解釈が含まれることに留意されたい。なお、トーラスの事例は公開情報に加え、同社へのインタビュー内容を含んでいる。

※3:TORUS の事業内容説明サイト「業界毎へのメッセージ」
https://www.torus.co.jp/pages/industry.html(閲覧日:2022年11月4日)

※4:ジェーシービー「JCB×テクノロジー」
https://www.saiyo.jcb.co.jp/special/technology.html#main(閲覧日:2022年11月4日)

※5:ジェーシービー「FAQ よくあるご質問」
https://www.jcbconsumptionnow.com/faq(閲覧日:2022年11月4日)

※6:ジェーシービー 「利用者の声」
https://www.jcbconsumptionnow.com/voice?user=7(閲覧日:2022年11月4日)

※7:Food Clip by cookpad (2022年1月4日)「外食はもっと面白くなる。鍵は外食の価値再定義と顧客理解」
https://foodclip.cookpad.com/12640/(閲覧日:2022年11月4日)

※8:日本経済新聞(2021年8月16日)「クリスプのデータ戦略 サラダのサブスク利用額10倍も」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC283R30Y1A720C2000000/(閲覧日:2022年11月4日)

※9:ウェザーニューズ(2021年2月22日)「コネクティッドカー情報を用いて道路凍結を推定する実証実験を開始」
https://jp.weathernews.com/news/34580/(閲覧日:2022年11月4日)

※10:日経ビジネス(2020年3月20日)「CASEに備えるブリヂストン データで『第3の創業』」
https://business.nikkei.com/atcl/NBD/19/00114/00062/(閲覧日:2022年11月4日)

※11:ITmedia ビジネスONLiNE(2018年4月4日)「ブリヂストンの変革 『タイヤを売らずに稼ぐ』ビジネスとは?」
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1804/04/news022.html(閲覧日:2022年11月4日)

※12:ブリヂストン(2022年2月15日)「中期事業計画(2021-2023)進捗」
https://www.bridgestone.co.jp/ir/library/strategy/pdf/JPN_mbp20220215_1.pdf(閲覧日:2022年11月4日)

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