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外交・安全保障経済・社会・技術

外交・安全保障 第11回:「インド太平洋地域」の安全保障

インド武器輸入動向と日印協力の方向性

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2023.7.19

フロンティア・テクノロジー本部石井翔大

外交・安全保障

POINT

  • インドは日米や中露等の特定の陣営に属さない外交政策を選択。
  • 従来は武器調達をロシアへ依存、最近は国内生産および調達元の多様化を推進。
  • ウクライナ紛争に伴いロシアへの依存が低下し、日印協力が加速する可能性。

複数国主義の外交政策を進めるインド

インドのGDPは、2027年に日本を上回るともいわれ、経済大国および軍事大国として、インド太平洋地域の安定について果たす役割が大きい。また、インドは産油国から日本に至るシーレーンの中央に位置し、日本のエネルギー確保にとっても重要な国である。日本政府も、インドとの協力関係の強化に注力している。両国が肩を並べて共通の課題を国力の相互補完により解決することを目指すため、自国の利益のみならず、インド太平洋地域の安定に大きく貢献する。特に安全保障分野における日印協力は、2000年代に始まった、中国の南シナ海などでの海洋進出に伴い深化している※1

2008年に署名された「安全保障協力に関する共同宣言」に始まり、近年では第2回外務・防衛閣僚会合「2+2」(2022年9月)やインド陸空軍と自衛隊による合同演習(2019年)が開催され、日米印首脳会談(2019年6月)では安全保障政策における協力関係が確認された。

防衛装備品についても両国は「防衛装備品および技術移転に関する協定(2015年12月)」を締結しており、移転に必要な手続きや法的枠組みを整備した※2

一方、インドは日米や中露などの特定の陣営に属さず、国益に沿って自主的に判断する複数国主義(プルーリラテラリズム)を外交政策として採用している。この外交政策は、ウクライナ紛争開始直後の国連安保理では「深い懸念」を示しながらも、インド国内の倉庫からウクライナに向けた、自衛隊による人道支援物質の輸送を拒否したことからも見て取れる※3。日印関係を強化していくには、この特徴的な外交政策を踏まえる必要がある。

武器輸入に見るロシア依存の行方

インドの複数国主義政策は、武器輸入の動向にも反映されている。SIPRI※4データベースによると、インドが保有する武器のうち、戦闘の最前線で利用される正面装備(戦車、戦闘艦艇、戦闘機)や弾薬はロシア製のものが多いが、西側諸国からの武器調達割合も一定数ある(図1)。2000年以降に調達された多くの装備には、ロシア製のT-90S型戦車やBMP-2型IFV※5、Su-30MKおよびMiG-29SMT戦闘機(FGA※6)が含まれる。他にもフリゲート艦や航空母艦、原子力潜水艦の調達をしている。その一方、UAV※7はイスラエルのHeronやSearcher、大型輸送機は米国のC-130J HerculesやC-17A Globemaster、スペインのC-295、戦闘機はフランスのRafaleやMirage-2000などを調達先は多岐にわたる。

数多くの装備品をロシアからの調達しているのは事実は依然として残るが、今般のウクライナ紛争の影響により、ロシア産武器輸入は事実上減少している。

インド議会が2023年3月に公開した報告書※8によると、ロシアからインド空軍への兵器調達がウクライナ侵攻に伴って大幅に滞っているという。調達が遅延している武器には装備品のスペアパーツや、「大規模プロジェクト」の装備品が含まれるとされる。インド空軍の「大規模プロジェクト」とは、契約額54億米ドルで2018年に発注した、S-400 Triumf地対空ミサイルシステムを指す可能性があるとされている※9

武器調達遅延の背景として、ウクライナ侵攻においてロシア軍自身の兵器消費量が増加した可能性がある。同時に西側諸国による経済制裁による部品の枯渇により武器製造量が減少し、輸出の余剰がなくなっている可能性も指摘されている。米財務副長官が2023年2月に行った対ロシア制裁に関する発表では、米国が実施した制裁および輸出規制により、ロシアは開戦以来9,000以上の軍備の交換能力を失った。主要な防衛施設の生産停止も余儀なくされた。理由として戦車や航空機生産用の必須部品が不足していることが報告されている※10

ロシアからの兵器輸入量の減少は、将来的にインドの軍事力の低下につながる可能性がある。その結果、インドは防衛力の構成要素を見直し、代替的な武器調達ルートを探求する必要に迫られるかもしれない。

図1を見ると、インドはウクライナ紛争以前から西側諸国からの武器調達の割合を増やしていることがわかる。また、インドは1970年代から一部の装備品を国内開発しており、運用も既に開始している。国産装備にはアージュン型戦車(1974年から開発)、テジャス型戦闘機(1983年から開発)、ルドラ型回転翼機(1984年から開発)などが含まれる。モディ首相が2014年から国内製造業振興策として推進するMake in India政策の対象産業には、防衛産業も含まれている(表1)。同政策には国外装備品の国内ライセンス生産、防衛装備品輸入契約金額の再投資義務化、国内防衛企業への補助金制度などが含まれる。

ウクライナ紛争は、インドの武器調達先の多様化や国産化の動きをさらに加速することになるかもしれない。
図1 インドの武器輸入動向(2000年~2022年)
インドの武器輸入動向(2000年~2022年)
出所:SIPRI Arms Transfersデータベースを基に三菱総合研究所作成
表1 Make in India政策の概要
Make in India政策の概要
出所:各種情報を基に三菱総合研究所作成

複数国主義を理解した日印関係

ロシアは2014年のクリミア侵攻に伴い、日米を含む西側諸国から経済制裁を受けた。2022年2月にはウクライナ侵攻が開始され、以降はさらに制裁が強化された。制裁対象にはプーチン政権に近いとされる企業や実業家の海外資産も含まれ、資産の凍結や渡航禁止、さらには通信機器や航空関連部品の対ロシア輸出禁止などの対策が矢継ぎ早に講じられた※11

インドのロシアに対する姿勢は前述の複数国主義に基づいており、西側諸国ほどの厳しさはない。例えばインドはウクライナ侵攻においてロシアを明確に批判するような言動は避けている。この背景として、ロシアからの武器輸入が滞るのを危惧しているものと考えられる。しかしその一方で、紛争の継続についてはロシア指導者に直接の懸念を示している。こうした微妙な立ち位置は、インド外相が2022年9月に国連安全保障理事会で行ったスピーチからも見て取れる※12。ウクライナ紛争での全ての敵対行為の即時停止と、対話および外交への回帰を要求しながらも、同時にロシアを名指しで批判しておらず、国際社会全体にとっての懸念事項としを表明するのにとどめている。

ウクライナ紛争の長期化やその結果によっては、インドにとってロシアは安定的な武器調達元でなくなる。それは、軍事力を維持および向上させるためにインドが装備品国産化、調達元多様化の動きはさらに加速する可能性があることを示唆している。

その結果日印関係にも少なからず影響が及ぶだろう。日印両国は2000年代から進めている安全保障面での協力をさらに強化している。今後はさらに、防衛装備品の移転や防衛技術の共同開発の面で協力関係が加速化するかもしれない。その条件として日本は、複数国主義という外交政策を採るインドとの安全保障上の利益関係、ひいては共通の脅威の所在を明確に共有する必要がある。それが、中印および中露関係を考慮しつつ、対印外交の方向性を定める上での最短距離になると考えられる。

※1:長尾賢「日印安全保障協力のこれまでの歩みとその背景」(東京財団政策研究所、2017年1月17日)
https://onl.bz/dUzKHVW(閲覧日:2023年6月1日)

※2:協定の正式名は「防衛装備品及び技術の移転に関する日本国政府とインド共和国政府との間の協定」。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press3_000168.html(閲覧日:2023年6月1日)

※3:長尾賢「なぜインドは自衛隊機を拒否したのか 日印関係、危機へ」(Wedge ONLINE、2022年4月23日)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/26466(閲覧日:2023年6月1日)

※4:Stockholm International Peace Research Institute、ストックホルム国際平和研究所。軍事紛争や武器管理、軍縮等のテーマを扱うシンクタンクであり、世界各国の武器輸出入データーベースを提供している。

※5:Infantry Fighting Vehicle、歩兵戦闘車

※6:Fighter/ground attack、戦闘機

※7:Unmanned Aerial Vehicle、無人航空機

※8:"THIRTY SIXTH REPORT", Standing Committee on Deffence, March, 2023
https://loksabhadocs.nic.in/lsscommittee/Defence/17_Defence_36.pdf(閲覧日:2023年6月1日)

※9:Krishn Kaushik, "Russia cannot meet arms delivery commitments because of war, Indian Air Force says", Reuters, March 23, 2023
https://www.reuters.com/world/india/russia-cannot-meet-arms-delivery-commitments-because-war-indian-air-force-says-2023-03-23/(閲覧日:2023年6月1日)

※10:"Remarks by Deputy Secretary of the Treasury Wally Adeyemo on International Sanctions Against Russia", U.S. Department of the Treasury, February 21, 2023
https://home.treasury.gov/news/press-releases/jy1286(閲覧日:2023年6月1日)

※11:「米大統領 ロシアへの経済制裁など決定【各国・地域の対応は】」(NHK、2022年2月25日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220225/k10013500381000.html(閲覧日:2023年6月1日)

※12:"India's Statement delivered by the External Affairs Minister, Dr. S. Jaishankar at the UNSC Meeting on Ukraine", Ministry of External Affairs, Government of India, September 22, 2022
https://mea.gov.in/Speeches-Statements.htm?dtl/35792/Indias_Statement_delivered_by_the_External_Affairs_Minister_Dr_S_Jaishankar_at_the_UNSC_Meeting_on_Ukraine(閲覧日:2023年6月1日)

  • 石井翔大

    フロンティア・テクノロジー本部

    大学院で紛争学の研究に従事した後、2021年に入社。宇宙や電磁波領域に関する調査研究、装備品マネジメントなどの防衛分野を中心に、主に官公庁の支援を担当しています。