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2018年6月号トピックス6海外戦略

米国オピオイド問題の裏に潜む労働市場の構造的変化

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2018.6.1

政策・経済研究センター谷口 豪

海外戦略

POINT

  • 米国では医療用鎮痛剤の一種であるオピオイドの依存症患者が急増中。
  • オピオイドのまん延には、労働市場の構造的な変化が関係している。
  • 解決には再就職へのインセンティブと産業間の円滑な労働移動が必要。
労働市場の構造的変化は、時に思いもよらない負の影響を社会に及ぼす。近年、米国で社会問題になっているオピオイド依存症患者の急増はその一例だと考えられる。 オピオイドは強い効果をもたらす医療用鎮痛剤の一種であり、緩慢な医薬品規制のもと医師や薬剤師が安易に処方したことで全米に広まった。その依存性の強さから、米国では乱用が後を絶たず、過剰摂取による死亡例も多数報告されている。

オピオイドのまん延には、労働市場の構造的変化も関与している。1970年代以降に米国における製造業の空洞化が急速に進んだ。それは製造業だけではなく、工業資源を製造業に供給する鉱業の衰退も招いた。製造業や鉱業の従事者は、サービス業など成長産業に新しい職を求めたが、当時はITの急速な発展に伴い、さまざまな職場で生産性向上が強く求められた時期であったため、スムーズな労働移動が進まなかった。また、労働者の学び直しの支援が機能不全に陥っていたことなど複合的な要因が重なり、失業者が全米にあふれる結果を招いた。

米国ではそうした労働市場から取り残された人々によるオピオイドの乱用が社会問題化しているのが現状であり、労働参加率を低下させていると考えられる※1。それを示すかのように、オピオイドの処方率※2は、かつて製造業や鉱業が一大産業であったラストベルト※3やアパラチア山脈※4周辺の地域において高い※5(図)。

こうした状況を受け、トランプ大統領は2018年3月、オピオイドの処方を向こう3年で3分の2に減らす計画を発表した。医師や薬剤師の過剰処方を摘発し、不当にオピオイドを供給した製薬会社にも法的措置を辞さないとしている。

しかし、供給側への対策だけでは根本的な解決にはならず、オピオイド依存症患者が異なるドラッグを求める動きを助長しかねない。依存者の根本的な更生に向けて、職業訓練や金銭的援助のような一過性の対策にとどまらない、再就職への強いインセンティブの付与を公的な制度のもとで遂行する必要がある。失業を苦にした薬物乱用をこれ以上増やさないためにも、衰退産業から成長産業への円滑な労働移動を促す政策の充実が切望される。

※1:プリンストン大学のアラン・クルーガー教授は、自身の論文で、米国の25~54歳男性の労働参加率低下の約20%をオピオイドの処方の増加で説明できると指摘した。

※2:処方率は、住民100人あたりの処方数(処方箋が出された回数)。

※3:中西部と大西洋岸中部の一部地域。

※4:メーン州(ME)からアラバマ州(AL)にかけて連なる山脈。

※5:オピオイドの処方率と製造業や鉱業の衰退の相関関係であり因果関係ではない。

[図]米国におけるオピオイド処方率