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2020年3月号特集経済・社会・技術

未来社会構想2050

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2020.3.1
経済・社会・技術

POINT

  • デジタル経済圏が企業活動や生活に浸透し、新たな成長の源泉に。
  • 個人は、多様な選択肢から自分らしい人生の選択・実践を求める時代。
  • 政府と企業は、改革と未来への投資で「人生100年時代」を支えるべき。

1.世界:2050年に向けたトレンド

三菱総合研究所は、先ごろ「未来社会構想2050」を発表※1、2050年に目指すべき世界の姿として、「豊かで持続可能な世界」を提案した。

足元では米中貿易摩擦・覇権争い、世界的な分断・格差、気候変動・自然災害など不確実性が高い時代が続く。将来に向けてはAIやロボットなどの新技術がもたらす多くの恩恵の一方、雇用機会喪失への懸念が指摘される。これらの不安を乗り越え、「豊かで持続可能な世界」を目指すには、国単位の解決努力では不十分だ。自由で開かれた貿易・経済システムや気候変動への協調的な取り組みなど、国際的な合意形成が必要である。政治・経済、資源などさまざまな面で外国に依存する日本は、超高齢社会をはじめ自国の課題解決で世界に先例を示す一方、国際協調をリードする立場を高めていくことが、豊かさを持続するための条件となろう。

以下では、「豊かで持続可能な世界」を念頭に、その前提として理解しておくべき世界のトレンドを六つの角度から整理して紹介する(図1)。
[図1] 豊かで持続可能な世界における世界のトレンド
第一は、「デジタル経済圏の台頭」。国・社会・個人を通じて、消費・投資・生産・分配といった主要な経済活動がデジタル通貨を含むデジタル空間の中で完結される新たな「経済圏」が生まれてくると予想する。こうした経済圏は物理的な制約を受けないため、企業活動や日常生活に広く深く、かつ国際的に浸透するものとなるだろう。世界に展開するプラットフォーマーの果たす役割と責任も大きい。プライバシーの尊重など公益性や国際ルールと協調することが、持続可能の条件と考えられる。

第二に、「覇権国のいない国際秩序」。経済面ではインドが本格的に台頭し、アフリカ諸国もこれに続く中、世界のGDPに占める米中2大パワーのシェアは2050年にかけてそれぞれ2割台へ低下するだろう。その影響は、政治・外交面のパワーバランスにも波及し、覇権国のいない多極的な世界のかじ取りが問われる。

第三は、「脱炭素を実現する循環型社会」。パリ協定がターゲットとする2050年に向けて、再生可能エネルギーを軸とした需給構造の構築や資源リサイクル・代替が加速し、循環型社会の実現を後押しするだろう。国際協調に加えて、技術革新とビジネスモデル・市場構造の変革が、地球環境の持続を可能にする。

第四のトレンドは、「変容する政府の役割」。デジタル経済圏の規模拡大に伴い行政サービスは極限まで効率化することが可能となり必要となる。各国政府には国際的な視点に立ったルールの策定や順守体制の構築、経済格差に対するセーフティーネットの提供など、デジタル経済を側面からサポートする役割が求められる。

第五に、「多様なコミュニティーが共存する社会」では、デジタル空間内での社会分断を行き過ぎさせないことが大切だ。そのために、「知識習得」だけでなく「他者理解」に主眼を置いた教育や、互いの多様性尊重が必要となろう。

第六に、「技術によって変わる人生」。デジタル技術の進化で自由時間が増え健康寿命も延びると、豊かさの尺度は一様ではなくなる。どのように人生を設計し充実感を得ていくのか、一人ひとりにとって重要なテーマになる。

2.日本:「豊かで持続可能な社会」の実現に向けて

デジタル経済圏の台頭をはじめとする世界のトレンドは、日本経済・社会にも大きなインパクトをもたらす。2050年に向けて人口減少が続くわが国が、国際的な地位を保っていくには、こうした潮流へ受け身になるのではなく、むしろチャンスととらえて変化を先取りし、豊かな社会の実現を図ることが肝要である。少子高齢化や社会保障負担の拡大など日本が直面するさまざまな課題は、時期や程度の差こそあれ世界共通の課題でもある。技術や政策を総動員して解決策の先例を示すこと、また国際的な多国間体制の構築にも積極的に取り組むことが、世界での存在感を保つ決め手となる。そのためには、人間中心の技術活用や日本の良さ・強みの発揮、政府・企業・個人による前向きな挑戦が不可欠だ。

日本のあるべき姿はどのような社会か。それは、国と社会の持続可能性を維持しつつ、一人ひとりの国民が実現したいと願う人生の夢をかなえられる社会であろう。「未来社会構想2050」が提案する「豊かで持続可能な社会」における「豊か」とは、経済的な豊かさのみならず、人との関わり、働きがい、健康など、総合的な暮らしの満足度を示す。このために、政官学民の力を合わせて取り組むべきテーマとして、以下の5点を提言している。①日本の良さ・強みを活かした世界への貢献、②デジタル×フィジカルで新たな付加価値を創造、③地域マネジメントを強化し、持続可能な地域社会へ、④多様な価値観に基づく「自分らしい」人生を実現、⑤人生100年時代を支える財政・社会保障制度へ、である(図2)。

紙面の都合上、以下では上記②・④・⑤を取り上げ、具体的な取り組みを紹介する。
[図2] 豊かで持続可能な社会の実現に向けて必要な五つの取り組み

2.1 産業・企業・国際競争力分野:デジタル×フィジカルで新たな付加価値を創造

新技術の開発とデジタル・トランスフォーメーションの急速な進展が続く中、2050年にかけて、デジタルとフィジカルが融合した世界が到来することが見込まれる。これまで採算や技術面のハードルに妨げられてきた社会課題に対しても、イノベーションによる解決の機会が生まれるだろう。

デジタル技術の普及は日常生活のコストを大幅に引き下げる。その結果、個人の価値観に応じたこだわり消費や将来に向けた自己投資などの余裕も生まれる。こうした生活を豊かにする消費(価値追求型消費と呼ぶ)が総消費に占める割合は、現在の35%から50%まで拡大する可能性がある。そうした消費者の多様なニーズに応える多品種・小ロットの高付加価値・ニッチ製品やサービスの開発が進むとともに、これらを世界にも提供できれば日本にとって新たな付加価値の源泉ともなろう。

デジタル社会では、商品・サービス開発のコストと期間も劇的に圧縮される。企業の競争力の源泉は先鋭的でスピード豊かな価値創出となり、小回りの利くスタートアップ、「とがった」企業が大企業にとって代わるケースもしばしば起きる。商品・サービスのライフサイクルは短縮され、企業の経営スタイルも多様化が進むだろう。

2.2 生活・家計・働き方分野:多様な価値観に基づく「自分らしい」人生を実現

デジタル技術・経済の台頭は、価値追求型消費を拡大する契機になりうる一方、就労環境の変化と厳しさを加速させる側面もある。

多くの仕事や家事をAI・ロボットが代行し、居住や交通も効率化される結果、個人が自由に使える時間が増える。例えば仕事や通勤に使う時間は、現状の7.0時間から5.5時間まで減る可能性がある。余暇の過ごし方も、旅行や趣味など実空間でしか体験できない楽しみに加えて、家族との会話や自分の時間にはデジタル社会の便利さを満喫する。そんな暮らしが2050年の価値追求型消費の一つの姿であろう。

しかし、人生の設計までAI・ロボットに丸投げすることは許されまい。一人ひとりが「自分らしい」人生を描き切る力(創造的思考力)を身につけることの重要性が高まる。当社では、「FLAP(飛翔)サイクル」と名付けて※2、その一連のプロセスを提唱している。個人が自分の適性や職業の要件を知る(Find)、スキルアップに必要な知識を学ぶ(Learn)、目指す方向へと行動する(Act)、新たなステージで活躍する(Perform)、というサイクルである。人生100年の時代に充実した生き方を設計するためには、多様な選択肢を知り、その中から自身が本当に価値を見いだすモノやコトを見定め、働き方や暮らし方を選択・実践することが求められる。

働き方が大きく変化・多様化する中、個人間の格差を固定化させない工夫も求められる。政府のセーフティーネットは、単なる所得補償だけにとどまらず、スキルアップすれば所得が上がる機会と仕組みの提供を目指すことが重要だ。

2.3 政府・財政・社会保障分野:人生100年時代を支える財政・社会保障制度へ

未病・予防への取り組み強化やライフサイエンスとデジタル技術の発達は、国民の健康寿命を延伸しQOLを高める。当社の試算では、これらが実現した場合、平均寿命は2050年までに5年強、健康寿命は7年近く延伸する。

ただし、国の財政の視点からは、健康寿命の延伸は、税収増(高齢者の就業・所得増)というプラスと、医療コスト上昇というマイナスの両方の側面をもつ。一定の仮説に基づく当社の試算では、前者が5兆円強、後者が15兆円強となった。健康寿命延伸と財政の持続を両立させるには、以下に示す追加的な対策が必要である。

第一の柱は、「全世代型」の技術導入による健康寿命延伸。あらゆる世代での患者・要介護者の生活の自立を手助けするとともに、介護する家族の負担の軽減を図る。

第二の柱は、高齢者の力を地域社会で活かすこと。2050年の70歳はQOLで測れば2015年の63歳に相当する。健康寿命の延伸、言い換えれば実質的な若返りの効果によって、将来の高齢者は一層アクティブに社会経済へ貢献することが可能となる。年齢に左右されない柔軟な雇用制度や年金繰り下げ受給の柔軟化など働き続けることが不利にならない社会を実現すれば、高齢者はより長く社会に参加し、地域活動を含めたさまざまな形態で貢献することができる。

第三の柱は、制度改革による社会保障の持続性確保。特に社会保障関係費では、1人あたり医療・介護費の抑制、入院患者の入院外への誘導、医療保険と介護保険制度の見直し(自己負担率引き上げを含む)など実態に即した見直しが急がれる。そのほかにも、行政コストの合理化など改善の余地は少なくない。改革を通じて財政の自由度を確保できれば、人生100年時代における「人生の質」の向上に結びつく。
これから2050年に向けて、デジタル技術・社会に象徴される世界のメガトレンドを変革への好機ととらえ官民が積極的挑戦を続けることが、「豊かで持続可能な社会」実現への鍵を握る。

※1:「未来社会構想2050」:概要版と全文を用意。それぞれ全ページ無料でダウンロードできる。
「未来社会構想2050を発表」(エコノミックインサイト、2019.10.11)

※2:FLAPサイクル:詳細は下記参照。
「内外経済の中長期展望 2018-2030年度」(ニュースリリース、2018.7.9)