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ビッグデータの今:第1回:営業力強化は人工知能と人材育成の二人三脚で

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2016.4.13

先進データ経営事業本部清水浩行

MRIトレンドレビュー

営業職は人工知能に代替されるのか

人工知能が毎日メディアをにぎわせている。

「人工知能が囲碁のトッププロを破った」、「人工知能が生成した小説が賞の一次審査を通過した」といったニュースが目立つが、人工知能の日常業務への適用も進む。「既存の職業の47%が人工知能やロボットなどのITに代替される」と発表したオックスフォード大学の調査※1では、特に代替されやすい職種として営業職、サービス職、建設作業員を挙げている。掃除ロボットや警備ロボットが実用化されつつあるサービス職や、建機の自動化や建材のプレカット・プレハブ化が進む建設作業員は確かに職が減りそうだ。

一方で、営業職の相手は生身の人間である。「顧客体験」という言葉も注目されており、IT化とは遠いようにも思える。しかし、同大の調査では、人間とのインタラクティブな業務も代替されていくと見ている。実際、マーケティング・オートメーション・システムやレコメンドエンジンを導入して営業業務の自動化・One to One化に取り組む企業は多く、営業職の仕事は減っていくと考えるのが妥当だろう。

とはいえ、これらのシステムはまだ完璧ではない。有望な営業先の選定、そこに適した営業コンテンツの選出、あるいは適切なアプローチチャネル・タイミングの選択といった側面に関しては自動化・効率化が進むが、最適なシナリオを策定し顧客の意思決定を促すこと、つまり「どのように営業するか」という点の機械化は現在の技術では難しい。顧客対応の部分では、人工知能は側面支援・効率化ツールの役割にとどまり、営業職員の役割は引き続き大きい。顧客対応力の優れた営業職員は、人工知能や接客ロボットと共存していくことができるだろう。

今すぐにできる人工知能で営業成績を高める3つの仕組み

三菱総合研究所では営業活動を以下の3側面から捉え、人工知能やITを活用して営業効率に加えて営業スキルや顧客体験を高める仕組みを提供している。

(1) 営業職員のスキルアップ
優秀営業職員と一般営業職員の営業行動・スキル・モチベーションなどを比較・見える化し、各職員の営業スキルを底上げする。

(2) 営業先(ターゲティング)の精度向上
営業実績、顧客データ、Webログなどを解析し、有望な営業先を選定する人工知能を構築。営業職員に随時有望営業先リストを提供する。

(3) 顧客体験を高めるアプローチ
購買金額や利用頻度といった既存の定量的な区分ではなく、志向性やライフスタイルに基づき顧客を類型化。顧客の好みに沿った提案をするための基礎情報を提供する。
営業力強化
実業務への適用は、①現行営業活動への適用と、②営業体制の最適化の2段階で実施する。

①では、(1) ~(3) を個別、あるいは並行して実施する。営業スキルを高めた営業職員が、人工知能により有望と判断された担当顧客に訪問できるようになる。また、あらかじめ顧客の志向性を理解しておくことで、訪問先での適切な提案が可能となる。結果として成約率が高まり、営業成績が向上する。有望営業先や顧客のタイプをCRM(顧客管理システム)やSFA(営業支援システム)に表示させれば、現在の業務手順を大きく変えることなく適用できる。

最終的には、(1) ~(3) の各情報を用いて、各顧客の志向性にマッチしたスキルを持つ営業職員を割り当てるとともに、有望度も加味して特定の営業職員への負荷の集中を抑える。 このように実業務への適用プロセスは地道なものの着実に成果につながる活動であり、営業成績を倍増させた例もある。

将来は、囲碁の技術が営業にも適用できる

中長期的には、収集データの拡張および手法の発展が見込まれる。

データの面では、現在は取得していない、視覚・聴覚や生体情報に関する情報を収集し、営業職員の直感や感覚をモデル化することも可能になる。例えば対面営業であれば、ウェアラブルデバイスにより顧客の映像・音声に加えて営業職員の精神状態(心拍・汗など)も収集することにより、顧客と営業職員の感情を勘案して対応方法をアドバイスする人工知能を構築することも可能だ。その結果をリアルタイムにメガネ型ディスプレイに表示すれば、顧客との対話の最中に営業方針を修正できる。

手法の面では、トップ棋士に勝利した人工知能「AlphaGo」が参考になる。AlphaGoは、最良の手を探索する過程に「形勢判断」という概念を加えた。これまでの囲碁プログラムはほぼ網羅的に次の手を探索していたため、計算量の問題から探索する手数に制約があり、実力ではトッププロには及ばなかった。AlphaGoは、AlphaGo同士を大量に対戦させた勝敗データを学習させることにより、選ばれた手が勝利につながるのか否かを判断する機能、すなわち形勢判断機能を持たせた。その結果、勝率が低い手は早々に切り捨てられるようになり、網羅的な探索が不要になった。「数手先を見越した良手」ではなく「最終的に勝てる手」を発見できるようになったのだ。

営業にも成約に至るまでの駆け引きがあり、また、短期的な取引だけでなく長期的な顧客育成を考える必要もある。例えば、値引きや無料サービスなどによって顧客を獲得して短期的な成果を上げたとしても、そのような形で獲得した顧客は離反しがちであり、顧客の生涯価値(LTV)で考えると逆効果となることもある。囲碁と営業とは一見まったく違うように思えるが、形勢判断が求められるという点では共通している。最先端の人工知能技術を営業にも援用できる可能性があるのだ。

これからの営業職に求められる能力

課題はこのような人工知能を活用してどのように顧客と接するかだ。

いずれは外見も内面も人間を上回る接客ロボットが登場するかもしれないが、それはまだ先の話だ。それまでは営業職員が顧客接点となる。しかし、単純に人工知能に言われた通りに実行するだけであれば誰がやっても同じであり、他社との差別化はできない。「成約率は人間には劣るがロボット化した方が効率的だ」と判断する企業も出てきかねない。

実は、人工知能は手法が進化するほど最良の手を示すようになるが、反面、算出ロジックを人が直感的に理解できなくなり、「なぜその手が選ばれたのか」はわからなくなる。今後は判断根拠をわかりやすく示す機能も必要となろう。一方、示された手をどう実行するかは人間が工夫できるところだ。これからの営業職員には、人工知能が提示した判断とその根拠に基づき、顧客への対応を柔軟にアレンジする能力を磨くことが求められる。

※1:“THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?”, Carl Benedikt Frey, and Michael A. Osborne, 2013.

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