コラム

経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

中長期戦略策定のトレンド

「ゆでガエル」は、いつシンギュラリティに気がつくのか

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2018.8.30

経営イノベーション本部稲垣公雄

経営戦略とイノベーション
みなさんの会社は、中長期経営計画を策定されているだろうか? 策定されている場合、何年間の計画で、どのように策定されているだろうか?

中「長」期経営計画策定に注力する企業の増加

近年、三菱総合研究所のコンサルティングの中で、中長期経営計画策定の依頼が非常に増えている。一般に中期経営計画期間は3年が多かった。それは今でも少なくないが、もう少し長いスパンでの計画やビジョンづくりを実施される企業も増えた。2010年代前半であれば、2020年までという場合が非常に多かったし、最近であれば、2025年、2030年、中には、2050年に向けた長期ビジョンを策定し、その上で、3カ年計画を作る、という企業が多くなった。

言うまでもないことだが、近年は、社会や市場、技術などの環境変化が非常に大きくなっている。これまでの延長で次の10年を考えるのではなく、30年先をまず見据えた上で、これからの10年をバックキャストで考える、というやり方が主流になりつつある。

長期の視点で経営計画を考える上での三つのポイント

これまでの経験から、長期の視点で事業計画を策定する際には以下三つのポイントがある。

《ポイント1 長期ビジョン「2035年の会社のありたい姿」を構想する》

劇的な環境変化が想定される状況だからこそ、最初にゴールセットをする必要がある。これから検討を開始するのであれば、2030年か、2035年ぐらいがよいだろう。そのときに「どんな会社になっていたいのか」「会社はどういう価値を世の中に提供し、従業員はどんな仕事をしているのか」を構想するべきである。

《ポイント2 客観的データ・事実を集める》

長期ビジョンを構想した上で、現実の計画にバックキャストしていく。その際は、①顧客や市場の動向、②競合や代替サービス・取引先などの動向、③技術革新や業務環境・社会状況などの動向、の3つのポイントをきちんと押さえて、事業のあり方を構想する。特に③の「技術革新の動向」を正確に理解することが極めて重要である。

例えば近年、メガバンク各社が矢継ぎ早に事業革新の方向性を打ち出している。100年以上続いてきたビジネスのやり方を、刷新しようとしている。三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)に関してだけでも、例えば下記のような報道がなされた。
これらの施策の背景には、2023年度において「どのように事業を展開しているか/どのようにサービスを提供しているか」ということに関する基本構想が設計されているはずだ。背景には、「日本国内の人口動態の見通し」「生活者消費者が利用する金融サービスの将来動向」「デジタル技術の発展の見通し」など、将来の事業環境などに対する展望がある。

メガバンクは何千万人という顧客基盤をもち、金融システムや店舗網などの「インフラ」も必要であると同時に、サービス提供をする「多くの要員」を必要とするサービス業である(少なくともこれまでは)。ある意味最も「重い」サービス業である。これまでのやり方で発想すると、通常は、いかにこのインフラや要員を維持、確保するか、という発想になりがちだ。もし、3年後の経営だけを考えていたら、前出のニュースで流れているような新しい事業展開は考えにくい。10年後、20年後を構想しているからこそ、3年後に事業の革新がスタートできるようになる。

このように、今の時代、社会変化や技術変化をどう見通すか、ということが非常に重要になる。そして、ポイント1と2は、実際には同時に検討する必要がある。世の中の変化、変遷を想定し、先行きを踏まえた上で、あるべき姿を設定していく※1。

《ポイント3 できるだけ、20年後の経営者候補に考えさせる》

三つめのポイントが、「誰にこの検討を進めさせるか?」ということである。一般的には、30代から40代前半、課長やその一歩手前の層の、「実際に長期ビジョンを想定した時代に経営をリードしていてほしい幹部候補生」に検討をゆだねるのが望ましい。

ポイント1と2の検討は、将来ありうる状況を想定して、いくつかのシナリオを作り、一つの方針を選ぶ作業だともいえる。コンサルタントである筆者がそう言ってしまうと身もふたもないが、そのシナリオの通りになるかどうかは、全く分からない。

その意味では、この「検討プロセス(その視点をもつとともに、その経験を組織として共有すること)」が重要であり、「誰にその経験値をもたせるか」がより重要になる。10年後20年後もこの会社にいる人々、いてほしいと思う人々に、彼ら自身が「10年後20年後もこの会社にいたい」と思わせるような会社像を描かせることが重要である。

もう一つの、最大のポイント ~どうやって、この検討を始めるのか?~

実は、この種の検討をしていく上で最大のポイントがもう一つある。それは、「どうすれば『この検討を始める』ことができるのか?」ということである。

多くの企業には、これまでの事業運営のイナーシャ(慣性)がある。今までのやり方、ある種の成功パターンをもっている。10~20年後のスパンで考えれば、確実に「非連続的な変化」が起こってくることは分かっているとしても、日々の変化は、連続的にしか起こっていない(ように見える)。ましてや、日々の課題は山のようにある。どの会社も、緊急度が高いことをやるだけで精いっぱいになりがちだ。

いわば、「ゆでガエル」の状態であると言っていい。そういった状態にある企業が、どうしたら、全く違う発想で、将来の事業のあり方を検討する、という意思決定ができるのだろうか?
中「長」期経営計画策定のポイント
出所:三菱総合研究所
実は、当社に相談がきた時点で、基本的にはこの問題はクリアされていることがほとんどである。普通の一般的な計画策定であれば今時、コンサルに頼む必要もない。「今までのやり方ではダメだ!」「もっと未来を見据える必要がある!」といった段階になって初めて当社に相談が寄せられる。

そうした企業のほとんどで、やはり「経営者が決断」している(CEOか、企画担当常務CSO=chief strategy officerが必要性を最初に認識し、進めていることが多い。経営企画担当部長が発想して役員を説得している場合もある)。

では、この経営者は、なぜ、その意思決定ができるのか? それは、「情報に対する感度」と、「事業に対する感度」の問題だろう。AIをはじめとする近年のデジタル技術の非連続的な変化を、経営者として、どう受け止めているか、という話である。シンギュラリティを信じるかどうかは別として、そこに機会と脅威を感じ取る感性は不可欠である。もし、そのことにまだ無自覚な経営者であるならば、経営企画部としては、その判断を下すに足る情報をインプットすることから始める必要がある。

※1:一方で、これからの10年、20年、30年の変化を、本当に見通すことができるのか、という疑念をもつ方もおられるだろう。「この変化の激しい時代に、将来の動向を完全に見通し、その上で、戦略を策定することなどできるはずがない。もっと、フレキシブルに考え、目の前にある可能性やチャンスにアジャイルに取り組んでいく、ということこそ、現代的なアプローチではないか」という考え方である。われわれは決して、その考え方を否定しないし、そういったアプローチの新事業コンサルティングも多数手がけている。そういったアプローチで、新しい未来を描けるようなリーダーシップと柔軟性がある企業であれば、むしろ、そういった取り組みを推奨したい(このタイプのコンサルティングについては、別途、稿をあらためて紹介したい)。
本コラムのような中「長」期計画策定が向いているのは、そういったスタイルでは、なかなか取り組めない企業である。過去の成功体験があり、一定以上の規模があって、変化を起こしにくい企業。将来予測をすること自体は手段であって目的ではない。将来の変化の可能性と選択肢を想定し、変革を起こしていく意思を組織の中で明確にすることが最大のポイントである。