シニアがけん引する転職市場
今、日本人の働き方は大きく変わろうとしている。その一端を概観してみよう。
第一は「転職市場の活況」、特にシニアの転職が増加している。2010年から2018年にかけて、わが国の転職者数は50万人近く増加したが、その中でも中高年者(45歳以上)の割合が増えた。過去8年間の転職者増加数に対する40歳以上就業者の寄与率は9割と、転職者総数増の主因は中高年の転職増加によるものである。これまでは20~30代が中心だった転職市場は、より上の年齢階層まで広がりつつあるといえる。
転職前後の賃金は、もちろん増加する人もいれば、減少する人もいる。40代前半までは賃金が増加する人の方が減少する人よりも多いが、40代後半以降では逆に賃金が減少する人の方が多い傾向にある※1。つまり「年収」という側面に限れば、必ずしもシニアにとって、「転職」という決断はバラ色とはいえないかもしれない。しかし、転職後の満足度を年齢階層で比較しても、差は見られず、全般的に満足度が高い。シニアは「収入以外の何か」で転職をプラスと見なしていることがうかがえる。では、それは何か。
同調査によると、転職先の会社を選んだ1番の理由としては40代以降では技能や能力が活かせる点が挙げられており、かつ、前の就業経験の活用状況については40代前半、50代では、4割前後の男性が「かなり活用されている」と回答している。シニアにとって、自分の能力を活かして仕事を行えることが、転職後のモチベーションの源泉になっているのではないだろうか。中高年層の転職者数は増加傾向にあり、今後も同様に推移すると仮定した場合、筆者の推計によると中高年労働者(45~64歳)の転職者数は104万人(2018年時点)から2030年には130万人近くにまで増加すると予測される。
第一は「転職市場の活況」、特にシニアの転職が増加している。2010年から2018年にかけて、わが国の転職者数は50万人近く増加したが、その中でも中高年者(45歳以上)の割合が増えた。過去8年間の転職者増加数に対する40歳以上就業者の寄与率は9割と、転職者総数増の主因は中高年の転職増加によるものである。これまでは20~30代が中心だった転職市場は、より上の年齢階層まで広がりつつあるといえる。
転職前後の賃金は、もちろん増加する人もいれば、減少する人もいる。40代前半までは賃金が増加する人の方が減少する人よりも多いが、40代後半以降では逆に賃金が減少する人の方が多い傾向にある※1。つまり「年収」という側面に限れば、必ずしもシニアにとって、「転職」という決断はバラ色とはいえないかもしれない。しかし、転職後の満足度を年齢階層で比較しても、差は見られず、全般的に満足度が高い。シニアは「収入以外の何か」で転職をプラスと見なしていることがうかがえる。では、それは何か。
同調査によると、転職先の会社を選んだ1番の理由としては40代以降では技能や能力が活かせる点が挙げられており、かつ、前の就業経験の活用状況については40代前半、50代では、4割前後の男性が「かなり活用されている」と回答している。シニアにとって、自分の能力を活かして仕事を行えることが、転職後のモチベーションの源泉になっているのではないだろうか。中高年層の転職者数は増加傾向にあり、今後も同様に推移すると仮定した場合、筆者の推計によると中高年労働者(45~64歳)の転職者数は104万人(2018年時点)から2030年には130万人近くにまで増加すると予測される。
日本人の「キャリア」と「働くこと」の意味が変わる
第二は、「キャリア形成」の変化である。当社が実施した将来の人材需給予測によると、2030年までに「生産職」および「事務職」が210万人過剰となる一方、技術革新をリードしビジネスに適用する役割が期待されている「専門職」は170万人の不足が見込まれている※2。
国内市場の縮小、グローバル化の進展、GAFAに代表されるプラットフォーマーの台頭など、経営環境の構造的な変化が進む中、必要とされる能力やスキルは今後、大きく変わっていくことは疑いようがない。日本の就業者は過去、自身のキャリア形成を「会社」に任せてきた側面が大きいが、将来は自分自身で考え、主体的にキャリアを築く姿勢と発想が不可欠になるだろう。「MRIマンスリーレビュー」(2020年1月号)で紹介したように、2000年代に成人した「ミレニアル世代」の人たちは、それまでの世代とは異なる就労観をもっている。ミレニアル世代の約半数は現在の勤務先で働き続ける期間を「2年以内」と見込んでおり、自分の選んだキャリアで幹部になることを人生の目標に掲げる人の割合は少ない※3。日本のミレニアル世代以降が労働力人口の半数を超え始める2025年以降は、一つの会社で一生勤めあげる従来型のキャリア志向者は少数派となり、働くことの意味は大きく変わるかもしれない。
これまでのいわゆる日本的な企業は、一部の職種を除けば、スペシャリストよりもゼネラリストの育成に力点を置いてきた。個々人の専門性を高めることよりも、社内の複数の部署でさまざまな業務を経験し、マネジメント層を経て、最終的には経営層を目指すキャリアパスを基本としてきたといえる。結果として幹部となる一握りの社員は別として、ゼネラリストの余剰とスペシャリストの専門性の深化不足という問題が生じた。
キャリアの語源(currere)は「荷馬車」、現代でいえば「自動車」であり、そこから「車道」、「人生の道」、「経歴」と変化してきた。日本の就業者のキャリアはこれまではどちらかといえば目的地も経路も外部から与えられるだけの「電車のレール」のようなものであったが、今後は、自ら目的地を決めてハンドルを握り運転する、原義の「キャリア」に近づいていくのではないだろうか。
ところで、誰にでもできる仕事は人工知能(AI)に取って代わられやすい。これからの働き方に求められるのは、その人ならではの特性や強みに着目して専門性を発揮させることである。その意味では、日本企業はゼネラリストのみならず、よりスペシャリストの育成を重視すべきと考える。ただし、一つの専門性に固執していては生涯にわたるキャリア形成が困難となる面もある。社会や企業が必要とするスキルやノウハウは、社会環境や事業環境の変化に応じて常に変わり続けることに、私たちは留意すべきだろう。今後は、事業環境の変化に合わせて、自身がもつ専門性の中身や強みの発揮の仕方を変えていくことが求められるため、個別領域に限定した専門性では十分でない。環境変化に柔軟に対応できるような業務能力のシフトやジョブチェンジを視野に入れて「しなやかに専門性を変化できる」よう、専門性を少しずつ近接分野に移動させていくためのキャリア開発が求められるようになる。「人生100年時代」の「ライフシフト」の著者リンダグラットンが述べているように、異分野に精通した「連続スペシャリスト」人材の重要性が高まってくるだろう。
国内市場の縮小、グローバル化の進展、GAFAに代表されるプラットフォーマーの台頭など、経営環境の構造的な変化が進む中、必要とされる能力やスキルは今後、大きく変わっていくことは疑いようがない。日本の就業者は過去、自身のキャリア形成を「会社」に任せてきた側面が大きいが、将来は自分自身で考え、主体的にキャリアを築く姿勢と発想が不可欠になるだろう。「MRIマンスリーレビュー」(2020年1月号)で紹介したように、2000年代に成人した「ミレニアル世代」の人たちは、それまでの世代とは異なる就労観をもっている。ミレニアル世代の約半数は現在の勤務先で働き続ける期間を「2年以内」と見込んでおり、自分の選んだキャリアで幹部になることを人生の目標に掲げる人の割合は少ない※3。日本のミレニアル世代以降が労働力人口の半数を超え始める2025年以降は、一つの会社で一生勤めあげる従来型のキャリア志向者は少数派となり、働くことの意味は大きく変わるかもしれない。
これまでのいわゆる日本的な企業は、一部の職種を除けば、スペシャリストよりもゼネラリストの育成に力点を置いてきた。個々人の専門性を高めることよりも、社内の複数の部署でさまざまな業務を経験し、マネジメント層を経て、最終的には経営層を目指すキャリアパスを基本としてきたといえる。結果として幹部となる一握りの社員は別として、ゼネラリストの余剰とスペシャリストの専門性の深化不足という問題が生じた。
キャリアの語源(currere)は「荷馬車」、現代でいえば「自動車」であり、そこから「車道」、「人生の道」、「経歴」と変化してきた。日本の就業者のキャリアはこれまではどちらかといえば目的地も経路も外部から与えられるだけの「電車のレール」のようなものであったが、今後は、自ら目的地を決めてハンドルを握り運転する、原義の「キャリア」に近づいていくのではないだろうか。
ところで、誰にでもできる仕事は人工知能(AI)に取って代わられやすい。これからの働き方に求められるのは、その人ならではの特性や強みに着目して専門性を発揮させることである。その意味では、日本企業はゼネラリストのみならず、よりスペシャリストの育成を重視すべきと考える。ただし、一つの専門性に固執していては生涯にわたるキャリア形成が困難となる面もある。社会や企業が必要とするスキルやノウハウは、社会環境や事業環境の変化に応じて常に変わり続けることに、私たちは留意すべきだろう。今後は、事業環境の変化に合わせて、自身がもつ専門性の中身や強みの発揮の仕方を変えていくことが求められるため、個別領域に限定した専門性では十分でない。環境変化に柔軟に対応できるような業務能力のシフトやジョブチェンジを視野に入れて「しなやかに専門性を変化できる」よう、専門性を少しずつ近接分野に移動させていくためのキャリア開発が求められるようになる。「人生100年時代」の「ライフシフト」の著者リンダグラットンが述べているように、異分野に精通した「連続スペシャリスト」人材の重要性が高まってくるだろう。
副業の普及と浸透
第三は、「働き方の多様化」である。当社の調査(2019年)によると、正社員の4割以上が副業の意向をもっている※4。副業による活動を含む広義のフリーランサーの数は1,000万人以上との調査結果もある※5。ブロガー、eスポーツプレーヤー、VRクリエイター、個人芸術家など、楽しみや充足感を重視した収益活動が副業・兼業先として人気を高めており、本業の傍ら、趣味の延長で起業する若者も増加している。働き方の自由度拡大の動きと連動して、組織に管理されるのではなく自らをマネジメントする働き方が標準になるだろう※6。2018年に、日本フェンシング協会で、副業限定で公募してみたところ、合計1,127人の応募があったという※7。自社の中では得がたい経験を求めたり、フェンシングの世界に魅せられたりして応募した人が多かったとみられる。「本業がおろそかになるのではないか」「情報漏えいのリスクがある」「労務・労働時間管理を行いにくい」「人材流出につながるかもしれない」など、副業・兼業には企業側の懸念もある。しかし、副業にはメリットもある。一番大きいと考えられるのが副業を通して社内研修やOJT※8といった社内での活動だけからでは得られにくい知見や経験、人脈を獲得することが可能になる点である。その結果、社員は自ら成長を実感しやすくなり、本業に励む上での刺激にもなることが期待される。大量生産大量消費型のビジネスモデルの終焉(しゅうえん)と不確実性の時代の到来により、どの企業でも程度の差はあれ、イノベーションを起こして、これまでのやり方を見直すことが求められている。早稲田大学の入山章栄教授は、知の深化(Exploitation)に偏り、知の探索(Exploration)が行われなくなると中長期的なイノベーションが枯渇する、と述べている。知の探索には会社の枠を超えた活動をいかに活性化できるかがカギを握る。その意味で副業の推進を、企業は新たな時代の人材育成戦略として明確に位置づけるべきではないか。
日本人の仕事と人生の関係は大きく変容しつつある。一つの会社で定年まで働き続ける、出産離職後は専業主婦で終える、といった単線型で固定的な職業人生は、より柔軟で多様化する方向に進む可能性が高い。以降、数回のシリーズで人生100年時代におけるキャリアの築き方や人生における仕事の意味・意義や企業や国が行うべき処方箋について考えてみたい。
日本人の仕事と人生の関係は大きく変容しつつある。一つの会社で定年まで働き続ける、出産離職後は専業主婦で終える、といった単線型で固定的な職業人生は、より柔軟で多様化する方向に進む可能性が高い。以降、数回のシリーズで人生100年時代におけるキャリアの築き方や人生における仕事の意味・意義や企業や国が行うべき処方箋について考えてみたい。
※1:厚生労働省「雇用の構造に関する実態調査」(2015年)
※2:MRIトレンドレビュー「大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第2回 人材需給の定量試算:技術シナリオ分析が示す職の大ミスマッチ時代」(三菱総合研究所、2018年)
※3:日本のミレニアル世代の「現在の勤務先で働き続ける期間」の長さは、世界の他の国と同程度であるが、自分の選んだキャリアで幹部になることを人生の目標に掲げる人の割合は日本では4人に1人、他国の平均(3人に1人)より少ない傾向にある。デロイト「2019年 デロイト ミレニアル年次調査」(2019年)。
※4:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」(2019年):「副業をする(本業とは別に収入を得る仕事がある)」との問いに対して「今後(もしくは引き続き)そうしたい」と答えた人の割合。回答者は20~69歳の会社員(正社員)・団体職員。
※5:副業・兼業として業務委託で仕事をするフリーランスを含む。ランサーズ「フリーランス実態調査 2018年版」(2018年)。
※6:MRIマンスリーレビュー「『ミレニアル世代』が変える働くことの意味」(三菱総合研究所、2020年1月号)
※7:経営戦略アナリスト、PRプロデューサー、マーケティング戦略プロデューサー、強化本部ストラテジストを各1名一般公募した。出所:ビズリーチのプレスリリース(2018年11月2日)
https://www.bizreach.co.jp/pressroom/
※8:On-the-Job Training。職場で実務を通して行う社員教育のこと。