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経済成長にも寄与するカーボンプライシングの提案

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2021.7.19

サステナビリティ本部橋本 賢

環境・エネルギートピックス
バイデン政権の登場をきっかけに、世界で脱炭素に向けた動きが急速に進んでいる。日本も、2020年10月の菅総理大臣による2050年カーボンニュートラル宣言や、4月に開催された気候変動サミットで新たな2030年度目標(2013年度比温室効果ガス46%減)を表明したことを機に、脱炭素化に向けた政策論議が一気に加速している。新聞を広げれば、ほぼ毎日「脱炭素」の文字を目にするようになったと感じる方も多いだろう。

その中で、カーボンプライシング※1の取り扱いが懸案となっている。社会・経済を脱炭素化に導く切り札と期待する声がある一方、コスト増に対する産業界の懸念も根強く、現在も経済成長に寄与する制度を模索している最中にある。

当社は、2050年カーボンニュートラルの達成に向けて、①需要側の行動変容、②電力部門の早期ゼロエミッション化、③戦略的イノベーションの推進が重要と考えており、とりわけ①の具体策の一つとしてカーボンプライシングに着目している。加えて、カーボンプライシングのあり方として、政府が収益を得て②や③を進めるための投資に振り向ける制度設計も可能である。本コラムでは、このようなカーボンプライシングの在り方を検討し、制度骨子を提案する。粗削りだが、具体的な制度像について議論の口火を切るぐらいの位置づけでお読みいただけると幸いである。

脱炭素化におけるカーボンプライシングの役割は何か

2030年46%減、ひいては2050年カーボンニュートラルを実現する上で、技術革新や行動変容が必要であることに異論はないだろう。脱炭素化の取り組みに応じて企業や製品が選別される潮流が国際的に強まっていることに対し、危機感を持つ企業も少なくない。しかし、環境意識の高い一部の企業や個人の行動に委ねるだけで、果たしてこの急速激な脱炭素化を実現できるのだろうか。

貨幣経済の発達した現代において、経済社会活動は資金の流れと表裏一体にある。したがって「炭素を増やす行動」から「炭素を減らす行動」に誘導するよう、資金の流れをシフトすることにより、脱炭素化を広く促す効果が期待できる。それは、ESG投資による影響力の広がりを見ても明白だろう。

カーボンプライシングも同様である。CO2の排出に価格を付けコストを賦課することによって、企業も個人も、これまでの投資や消費行動を見直すはずだ。加えて、政府がコスト賦課で得た収益を用いて革新技術の開発・導入を支援すれば、既存技術からのシフトも加速するだろう。

カーボンプライシングですべてが解決する訳ではないが、資金の流れを通じて企業や個人の行動をシフトすること、これがカーボンプライシングに期待される役割だと理解している。

制度デザインの基本コンセプト

それでは、実際にカーボンプライシングをどのようにデザインすれば良いのだろうか。以下の二つの観点から電力、産業、民生・運輸など各部門の特性にフィットした制度設計が望ましいと考える。

1点目は、部門によるCO2排出や削減対策の特徴の違いを踏まえることである。具体的には、排出源の大きさ・数や、技術の実用可能時期・コスト、対策実施までのタイムラグなどに応じて、各部門の削減を効果的に促す設計としたい。

2点目は、経済成長にも寄与する上で何に留意すべきか、各部門の狙いを明らかにすることだ。例えば、電力部門に炭素価格を賦課すると、多くが需要家に転嫁されるのに対し、産業部門では国際競争にさらされることになるため、転嫁が難しい。この状況を踏まえれば、負担を許容範囲に収めるための方策を部門別に考える必要がある。また、日本が今後とも基幹産業・成長産業の生産拠点であり続けられる環境を整備する上で、各部門に求められる役割も異なるだろう。例えば、電力部門にはカーボンフリー電源の開発とアクセス整備、民生・運輸部門には電気自動車などの国内市場の早期形成が期待される。

制度骨子の提案

基本コンセプトに沿って各部門の特性を整理し、制度デザインの方向性を検討した。電力部門には排出量取引(有償割当※2)、産業部門には排出量取引(無償割当※3)、民生・運輸部門には脱炭素賦課金(炭素税の一種)を提案したい(表1)。
表1 各部門の特性を踏まえた制度デザインの方向性
表1 各部門の特性を踏まえた制度デザインの方向性
出所:三菱総合研究所
各部門の制度内容を以降に述べる。

① 電力部門

日本自動車工業会の豊田会長が2021年3月の記者会見で、ライフサイクルでCO2排出を評価されると、火力中心の電力を用いて日本で製造した自動車を将来輸出できなくなるかもしれない、とカーボンフリーエネルギーに乏しい日本の現状に危機感を表明したことは記憶に新しい※4。電力部門の脱炭素化は、今や日本の製造業が生き残る必要条件でもある。

そのアプローチは、原子力が一定以上稼働することを前提に、短期的(~2030年)に石炭火力の退出と再エネの導入を進めつつ、中長期(~2050年)でペロブスカイト太陽電池※5や洋上風力、水素発電などの開発・実装を図ることがメインシナリオだろう。ここで排出量取引(有償割当)は、炭素価格による石炭火力稼働率低減と、政府収益を用いた成長への投資を目指したものとなる(図1)。
図1 電力部門の脱炭素化アプローチと排出量取引(有償割当)
図1 電力部門の脱炭素化アプローチと排出量取引(有償割当)
出所:三菱総合研究所
具体的には、卸電力市場と連動して適切な炭素価格が決定されれば、電源間の経済性の順位は劇的に変わるだろう※6。当社の電力需給モデルを用いた分析によれば、石炭火力よりもLNG火力や一部再エネの経済性が上回り、2030年46%減に見合った電源構成(原子力10%、再エネ35%、石炭火力10%、LNG火力45%程度)が実現される炭素価格の水準として13,000円/t-CO2※7程度と推計している。さらに、2050年脱炭素化に向けて6万円/t-CO2以上に上昇する可能性が示唆されている※8

このコスト増は需要家の電気料金に転嫁され、2030年時点で電気料金が2.8円/kWh上昇するが、有償割当で政府収益が毎年3兆円近く得られる見込みである。この一部を低所得層や中小企業、輸出産業などに還元して影響を和らげるほか※9
  • 系統増強、水素調達インフラの整備
  • 技術開発・導入支援(発電技術だけでなく大型電炉や水素利用技術なども含む)※10
に充当することで、エネルギーインフラの脱炭素化と併せて新たな産業の育成や雇用創出につなげることができる。

② 産業部門

日本の製造業は、技術力が高い一方で海外とのコスト競争に長らく悩まされ、国際的な水平分業が進む中で工場の海外移転も進められてきた。近年では自動車がCASE(つながる・自動走行・共有・電動化)※11をキーワードに大変革期を迎えており、今後の動向によっては国内製造業全体へ大きく影響が及ぶ可能性がある。

一方、産業部門のエネルギー起源CO2排出量のうち、鉄鋼は5割弱を占め、化学、窯業土石、紙・パルプを加えた素材産業全体で9割弱に達する※12。また、排出削減のアプローチとして、短期的(~2030年)に産業用ヒートポンプや大型電炉等の熱源電化を先行させつつ、中長期で革新的製鉄プロセスや人工光合成など水素利用技術の開発・導入を進めることが想定され、素材産業の取り組みに多くを依存している。

ここで排出量取引(無償割当)※13は、企業への経済的インパクトを抑えつつ脱炭素化の「ペースメーカー」として運用するとともに、イノベーションを全産業で支えるものとして位置づけたい(図2)。
図2 産業部門の脱炭素化アプローチと排出量取引(無償割当)
図2 産業部門の脱炭素化アプローチと排出量取引(無償割当)
出所:三菱総合研究所
具体的には、革新技術の実現時期を踏まえて割当量を設定した上で、最終的に目標を達成できない(排出量取引制度の義務を遵守できない)企業に対しては、技術基金への拠出を義務づけることとしてはどうか。拠出金の水準は、欧米が検討している国境調整措置を目安にするのも一案であるが、上限を設けて企業への影響を一定以下に抑えたい。

拠出金(政府収益)は、①に述べた電力部門の政府収益や民間資金も加えつつ革新技術の開発・導入支援に充て、生産拠点の脱炭素化を加速する。ポイントは、これらの取り組みを導入企業だけが進めるのではなく、全産業で支えることだ。

③ 民生・運輸部門

民生・運輸部門の脱炭素化に向けては、建物の断熱性能や設備効率の向上に加えて、ヒートポンプ給湯機や電気自動車に代表される電化設備の市場創出・普及が重要である ※14。電化設備の多くは省エネ効果も大きく燃料代・電気代が半分程度になると期待できるものの、イニシャルコストが高く、従来技術とのコスト差を回収するのに10~15年かかってしまう。

これに対し、一般的には炭素税を導入して化石燃料価格を上昇させ、投資回収年数を短縮させる方法が想定される。しかし、5年での投資回収を実現するためには3~5万円/t-CO2程度の税率が必要と推計され、国民の理解を得るのは難しいと言わざるを得ない。

そこで、必要な電化設備の導入台数を想定した上で、その補助財源※15の確保を目的に料率を設定する「脱炭素賦課金」を提案したい(図3)。
図3 民生・運輸部門の脱炭素化アプローチと脱炭素賦課金
図3 民生・運輸部門の脱炭素化アプローチと脱炭素賦課金
出所:三菱総合研究所
当社がヒートポンプ給湯機と電気自動車の導入に必要な料率を簡易的に推計したところ、2030年に数千円/t-CO2、2040~2050年に向けて16,000円/t-CO2程度となった※13。2030年時点でガソリンや都市ガスなどの燃料価格は1~2割上昇するが、補助金でヒートポンプ給湯機や電気自動車等を導入すれば、省エネ効果も相まって電気代がガス代・ガソリン代の半分程度に節約され、イニシャルコストの増分も5年程度で回収できる。許容範囲と言って良いのではないだろうか。

カーボンプライシングの議論喚起を

本コラムでは脱炭素目標を奇貨として、日本の経済成長にも寄与するカーボンプライシングの制度骨子について提案を試みた。つたないところが多々ある点をご容赦いただきつつ、国内での議論喚起に少しでも役に立てれば幸いである。今後さらに制度内容の具体化・精緻化を進め、改めて提言の機会を得たい。

※1:CO2の排出量に応じて課税する炭素税や、CO2の排出量に上限を設けた上で企業間の融通を認める排出量取引など、排出量に応じてコストを負担する仕組み。自主的な排出削減に対しクレジットを付与する取り組みを含む場合もある。

※2:競売などを通じて政府が有償で排出枠を対象企業に配分する仕組み。

※3:過去の実績や設備容量等に基づき、政府が無償で排出枠を対象企業に配分する仕組み。

※4:一般社団法人日本自動車工業会 豊田会長記者会見(2021年3月11日)
http://release.jama.or.jp/sys/interview/detail.pl?item_id=819

※5: ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造の材料を用いた太陽電池。薄膜でありコストダウンが期待されているほか、軽量で折り曲げ可能なため設置場所を選ばない特徴を持つとされる。

※6:炭素価格は短期的にはLNG火力の稼働率向上と石炭火力の稼働率低下に作用するほか、FIT(全量固定価格買取制度)の期限が切れた後の再エネ電源の経済性向上にも寄与することから、長期的にはFITを補完する形で再エネ電源の開発を促進する。

※7:CO2の排出量1トン当たりの価格を指す。

※8:輸入水素やCCS(Carbon Capture and Storage:CO2回収貯留)、DAC(Direct Air Capture:大気からのCO2直接回収)などの導入は織り込んでいない。

※9:欧州の一部の国でも似た措置が取られている。

※10:今年度より開始されるグリーンイノベーション基金(2兆円)へ充当することも一案である。

※11:Connected(つながる)、Autonomous(自動走行)、Shared(共有)、Electric(電動化)

※12:電気・熱配分前の割合。(出所:国立環境研究所温室効果ガスインベントリオフィス「日本の温室効果ガス排出量データ(1990~2019年度)確報値」)

※13:電力消費に伴うCO2は対象外と想定(電力部門向けの制度でカバーする)。

※14:大型トラックはバッテリー容量による航続距離が課題であり、燃料電池自動車や水素エンジンなども想定している。

※15:ここでは、従来技術とのコスト差を5年で回収できるよう補助することを想定している。

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