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3Xによる行動変容の未来2030経済・社会・技術

メタバースの概要と展望 第3回:広義のメタバース(リアルバース)の可能性

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2022.7.28

先進技術センター中村裕彦

3Xによる行動変容の未来2030

POINT

  • リアルバースの基本構成要素もエージェント+オブジェクト+3D空間であるが、バーチャルだけでなくリアルな要素が含まれる。
  • バーチャル空間のリアル空間へのひもづけ方から、リアルバースをタイプ分けして特徴づけることができる。
  • リアルバース萌芽事例は数多く存在する。本格的リアルバース時代に対応するため、早期に自社事業などに取り入れていく必要がある。
三菱総合研究所では、リアルとデジタルが融合する将来社会の基盤技術としてバーチャル・テクノロジーの研究を進めています。この研究成果の一部を全3回のコラム「メタバースの概要と展望」で紹介します。

最終回の本コラムでは、「広義のメタバース(リアルバース)の可能性」について紹介します。

広義のメタバース(リアルバース)とは

リアルバースは、バーチャルテクノロジー(V-tec)の活用の場として2021年に当社が提唱したもので※1、リアルとバーチャルの融合した場を意味します。ポケモンGOで有名なNianticが提唱するリアルワールド・メタバース※2や、マイクロソフト社がMeshとして提示しているコンセプト※3と類似した志向性をもっています。Society5.0※4をCX(コミュニケーション・トランスフォーメーション)の断面で切り出したものでもあるのです。

原義のメタバースにならって定義すると、リアルバースは、「リアル空間と接続されたバーチャル空間と、複数のリアル・バーチャルのエージェントと、操作・改変可能なリアル・バーチャルのオブジェクトを含む共有空間」となります。オブジェクト、エージェント、バーチャル空間から構成される点は原義のメタバースと同じですが、リアルな物理的実体をもつものと、バーチャルなものの両方から構成される点が異なります。

物理的実体があるものを「アトム※5型」、バーチャルなものを「ビット型」として、メタバース(原義)とリアルバースを比較したものが表1です。
表1 メタバースとリアルバースの構成要素の比較
表1 メタバースとリアルバースの構成要素の比較
出所:三菱総合研究所
少なくとも当面の間、バーチャルな効果は視覚と聴覚に限定されます。この制限は原義のメタバースでもリアルバースでも変わりません。ただし、リアルバースの場合、バーチャルな効果に加え、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚などのリアルな効果を活用できることが大きな利点となります。これらリアルな効果にバーチャルな効果を加味することで、体験価値を大幅に向上させることができます。特に、アトム型のオブジェクトやエージェントなどのリアルな物体は重さと硬さをもつという点が極めて重要となります。人は、重さと硬さで物体の実在性を確信できるからです。

一方、この重さと硬さはリアルバースの大きな制約にもなります。原義のメタバースには重さも硬さもありませんので、空を飛ぶことも瞬間移動も簡単にできます。他者と同一の空間を複数の人が占めることもできますし、自身の外見を全く別の外見に変えることも自在です。リアルバースでは、空を飛ぶことはおろか、単なる移動にも時間とエネルギーが必要になります。身体を自在に変化させることもできません。

なお、メタバースに比べ、リアルバースでは、スケールアップやスケールダウンに時間や費用がかかります。これは、環境変化への即応力という点で欠点となりますが、一方で、競合の参入が困難になる、完全な模倣が困難であるなどの利点にもなります。

メタバースとリアルバースはどちらが優れているというものではなく、目的に応じて使い分けるべきものです。どちらかが過渡期的なものであるとか、どちらかが不完全なものであるというのではありません。

どのようにメタバースとリアルバースを使い分けるかは、それぞれの発展の志向性から判断できます。メタバースが新たな世界の構築・創造を志向しているのに対し、リアルバースは実在する世界を拡張し、強化することを志向しているのです。

表2に、原義のメタバースとリアルバースの主要な特徴を比較します。
表2 原義のメタバースとリアルバースの主要な特徴比較
表2 原義のメタバースとリアルバースの主要な特徴比較
出所:三菱総合研究所

リアルバースの類型化

リアルバースは、物理的実体にバーチャル空間を重ね合わせ、そのバーチャル空間内に各種バーチャルオブジェクトやエージェントを配置したものですので、どのようなリアルな対象にバーチャル空間をひもづけるかによって、リアルバースを類型化することができます。

表3はリアルバースの類型化結果を示したものです。
表3 リアルバースの類型化
表3 リアルバースの類型化
出所:三菱総合研究所
タイプ1は、自分自身の周囲にバーチャル空間を重ね合わせるというものです。これにより、自身の情報受容・処理能力が強化される効果や体験価値が高まる効果が期待されます。ただし、このリアルバースを、他者が同時に体験することは原則できません。

タイプ2は、自分ではない他のリアルな物体の周囲にバーチャル空間を重ね合わせるというものです。これにより、実物体の上にバーチャルな表現や機能を付与することができるようになり、実物体の価値を高めることができます。また、遠隔地のロボット(物理アバター)にバーチャル空間を重ね合わせることにより、テレイグジステンス(TE:遠隔存在感)やテレプレゼンス(TP:遠隔臨場感)といった遠隔地とのリアルな双方向体験が可能となります。

タイプ3は、物理空間そのものにバーチャル空間を重ね合わせるというものです。このタイプの場合、物理的なエージェントやオブジェクトの位置関係とバーチャルなエージェントやオブジェクトの位置関係が完全に固定されるため、リアルバース内のすべての人が同一・共通の認識をもつことができます。

なお、リアルバースを実現する技術という点では、タイプ1aと2bはAR(Augmented Reality)系技術、タイプ1bとタイプ2aはVR(Virtual Reality)系技術、タイプ3a、3bはMR(Mixed Reality)系技術と強い関係性があります。この実現技術とタイプとの関係を図1に示しました。
図1 リアルバースの類型相互の関係性
図1 リアルバースの類型相互の関係性
出所:三菱総合研究所

リアルバースのタイプ別にみる萌芽事例

リアルバースというと大掛かりな装置や最新技術が必要なものと思いがちですが、そのようなことはありません。むしろ、既存の設備や道具を使ってどのようにリアルにバーチャルを融合させるか、という観点でとらえることが重要です。

表4に、それぞれのタイプ別に、萌芽事例をまとめてみました。
表4 リアルバース各タイプの萌芽事例
表4 リアルバース各タイプの萌芽事例
出所:三菱総合研究所
タイプ1a(情報受容・処理能力の拡張)はARの典型的な応用です。萌芽事例としては、例えばARを使ってその場に実物大のメニューを表示する例(「menuR」)※6やブランドシューズをスマートフォンでAR試着する試み(ZOZO)※7など、スマートフォンを活用した萌芽事例が多数存在します。将来は、ARグラスを介した同時通訳や音声・パターンに基づく案内などが一般的になると期待されます。

タイプ1b(VR情報付加による体験価値向上)はVRにリアルの要素を加えるというものです。萌芽事例としては、「車窓」そのものをコンテンツ化したバスツアー(KNT-CT)※8や、観光名所をVRゴーグルで体験+関連する名産品をその場で購入するサービス(EMPA)※9などが挙げられます。VRにリアルの要素を加えることでVR体験がより優れたものになり、地域資源と結びつけることで、地域振興につなげることもできます。

タイプ2a(遠隔物体へのアクセス)は、TPやTEとして知られる応用です。アバターロボットが卒業証書を受け取る完全オンラインの卒業式(BBT大学)※10や飛沫感染防止&リモートワークの非接触型受付システム(栃木県佐野市ほか)※11などを挙げることができます。現時点では、遠隔拠点の情報は、2Dのカメラ画像などによるものがほとんどですが、高度なセンシング技術を実装することで、より没入感のある遠隔コミュニケーションができるようになると期待されます。

タイプ2b(視聴覚的情報の変更・富化)はAR応用の一形態です。実体の表面をバーチャルで修飾することで実体がもつ以上の効果を出すことができます。萌芽事例としては、古事記「国譲り神話」を伝承地域でAR再現(凸版印刷、山陰中央テレビ)※12や砂丘で宇宙飛行士になれる「月面極地探査実験A」(鳥取県、amulapo)※13などを挙げることができます。リアルの価値をバーチャルで強化することで、体験価値が向上します。

タイプ3a(視聴覚的R/Vオブジェクト融合)は典型的なMRの応用です。萌芽事例としては、新しい建物を簡単に疑似建築し、完成イメージを共有する事例(AVRspot)※14や部屋を丸ごとコーディネートできる「IKEA Studio」(IKEA)※15などがあります。リアルな空間座標に存在する物体の位置情報を測定し、このリアル座標系と重なったバーチャルな座標系にバーチャルなオブジェクトを配置していますので、その空間にいるすべての人が共通の位置関係にあるリアル/バーチャル融合イメージを共有可能です。

タイプ3b(視聴覚的R/Vエージェント融合)はリアルな場所にいる人にはMR的であり、遠方からの参加者にとってはVR的でという、極めて難易度の高い応用です。

この萌芽事例としてはARヘッドセットを利用して、豊富なオンライン会議機能と没入型3Dホログラムとを一体化(シスコ)※16する事例があります。マイクロソフトがMRの将来ビジョンとしてイメージしているものも、このタイプです。

Society 5.0時代の到来とリアルバースへの期待

図2は、バーチャルテクノロジー(V-tec)の応用が期待される領域を俯瞰したものです。V-tecが対象とするのは原義のメタバース、リアルバースなどを含む広義のメタバースなので、この中には原義のメタバースの応用も含まれています。ただし、少なくともこの10年程度の期間内では、多くの領域でリアルバース応用が先行するでしょう。

その理由は、今後10年程度で私たちの生命活動をリアルから切り離すことは不可能であること、情報処理および情報通信リソースの制約から、原義のメタバースに同時参加可能な人数や画像の解像度に制限があることなどによります。

リアルにバーチャルが融合するリアルバースの場合、比較的小規模の情報処理・情報通信リソースで実用レベルの品質にすることができます。技術的に高度である必要もありません。スマートフォンやタブレット、TVモニターといった、十分に普及しているデバイスを活用することで、現在のリアルなコンテンツをより高付加価値なものにすることができます。将来の本格的なSociety5.0時代に対応するためには、自社事業に関連する多くの領域でリアルバースの応用を考える必要があり、萌芽レベルのもので早期に経験を積むことが有効です。
図2 V-tecの主要応用領域
図2 V-tecの主要応用領域
出所:三菱総合研究所

※1:MRIコラム「三菱総合研究所、2030年代のCX(コミュニケーション・トランスフォーメーション)に関する研究成果を発表」(2021年10月29日)

※2:Wired「「ポケモン GO」の誕生から5年、見えてきた「リアルワールド・メタヴァース」の姿」(2021年7月25日)
https://wired.jp/2021/07/25/plaintext-5-years-pokemon-go/(閲覧日:2022年7月4日)

※3:マイクロソフト「Microsoft Mesh で Mixed Reality(複合現実)における共有体験を提供: 同じ場所にいるような感覚を実現」(2021年3月3日)
https://news.microsoft.com/ja-jp/features/210303-microsoft-mesh/(閲覧日:2022年7月4日)

※4:内閣府「Society 5.0とは」
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html(閲覧日:2022年7月4日)

※5:原子から構成されるものという意味で「アトム」としている。

※6:PRTimes「【食×AR】もう注文に迷わない!ARを使ってその場に実物大のメニューが現れる「menuR」がローンチ」(2020年7月21日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000061739.html(閲覧日:2022年7月8日)

※7:流通ニュース「ZOZO/アディダスのシューズをスマホでAR試着できる期間限定コンテンツ」(2021年9月14日)
https://www.ryutsuu.biz/it/n091474.html(閲覧日:2022年7月8日)

※8:PRTimes「新感覚バスツアー「WOW RIDE」(ワゥ ライド)東京タイムトリップ」(2021年11月15日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000938.000001864.html(閲覧日:2022年7月8日)

※9:EMIRA「VR&5Gで仮想トリップ! 都市部と地方をつなぐ「未来の物産展」が誕生」(2021年4月26日)
https://emira-t.jp/eq/8262/(閲覧日:2022年7月8日)

※10:ロボスタ「BBT大学・大学院が「アバター卒業式」 全日空のロボット「newme」(ニューミー)で遠隔の卒業生へ証書を授与」(2020年4月1日)
https://robotstart.info/2020/04/01/bbt-graduation-online.html(閲覧日:2022年5月24日)

※11:NEWSCAST「職員“アバター”が来庁者対応!佐野市の『スマート・セーフ・シティ』構想実現化に向けたロードマップ作成支援コンサルティング業務に参画」(2021年1月13日)
https://newscast.jp/news/5728132(閲覧日:2022年6月28日)

※12:TOPPAN「古事記「国譲り神話」をARで再現」(2021年11月25日)
https://www.toppan.co.jp/news/2021/11/newsrelease211125_1.html(閲覧日:2022年7月8日)

※13:ARGO「ARで夜の鳥取砂丘が月面に!? 宇宙エンターテイメント実験の参加者を募集」(2021年11月19日)
https://ar-go.jp/media/news/ar-tottorisakyu(閲覧日:2022年7月8日)

※14:ConTech Mag「設計図がARに!ミスを減らし効率化を実現したゴーグルって?」(2020年4月29日)
https://contech.jp/xyzreality/(閲覧日:2022年7月8日)

※15:Mogra VR「IKEA、部屋をまるごと模様替えできるアプリを発表 カギはiPhoneの「LiDAR」」(2021年4月20日)
https://www.moguravr.com/ikea-studio/(閲覧日:2022年7月8日)

※16:ZDN NET Japan「シスコ、ARミーティングソリューション「Webex Hologram」発表 」(2021年10月27日)
https://japan.zdnet.com/article/35178615/(閲覧日:2022年7月8日)

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