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FIP制度における不確実性と定量評価の重要性:後編

モンテカルロシミュレーションによるFIPプロファイルリスクの確率的評価方法例

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2022.11.24

サステナビリティ本部石田裕之

環境・エネルギートピックス

時系列的な不確実性をモンテカルロシミュレーションによって評価

前編「プロファイルリスクの事例 」 では、FIP(Feed-in Premium)制度において生じる不確実性の一つとしてプロファイルリスクについて説明した。具体的な定量評価例として2020年度の北海道エリアにおける風力発電のプロファイルリスクについて、個別発電設備(個別設備)として東北エリアの平均的な発電パターン(プロファイル) と同様のプロファイルをもつ設備を想定した試算の結果(以下、前回試算)を示した。

これは2020年度という特定の1年間を対象にした分析結果であるが、風況などの気象条件は年度によって異なるため、エリア平均のプロファイルと個別設備のプロファイルの乖離(かいり)パターンも時系列的に変わり得る。一般的に発電事業は数十年にわたる事業期間となるため、特定の時間軸のみならず、事業期間中に発生し得るリスク水準を総合的に把握することも重要である。

仮に個別設備のプロファイルについて過去実績データの蓄積があれば時系列的な分析も可能だが、事業開始前に豊富な実績データが用意できるケースは少ない。そこで、過去実績データが限定的な場合でもプロファイルリスクの時系列的な不確実性を評価する試みとして、本コラムでは「モンテカルロシミュレーション」を用いた確率的評価方法の例を示したい。

モンテカルロシミュレーションとは、確率分布に基づく乱数を繰り返しランダムに発生させることで、結果の発生可能性を計算する分析手法である。前回試算と同様、2020年度の北海道エリアの風力発電について、個別設備としては東北エリア平均と同じプロファイルを想定した試算を行う。計算ステップは以下4つの手順に大別される(図1)。
 
①:エリア平均プロファイルと個別設備プロファイルの関係性に基づいて確率分布を作成する
②:①の確率分布を基に仮想的に個別設備プロファイルを生成・検証する
③:②の仮想プロファイルで得られる収入計算を行い、エリア平均を前提にした収入と比較する
④:②~③を1万回繰り返して比較結果の分布を描く

図1 モンテカルロシミュレーションによるプロファイルリスク評価の計算フロー
モンテカルロシミュレーションによるプロファイルリスク評価の計算フロー
出所:三菱総合研究所

実績データに基づいた確率分布から仮想個別設備プロファイルを生成

手順①

確率論的に実績データから仮想個別設備プロファイルを生成するため、まずは過去のエリア平均プロファイルと個別設備プロファイルの関係を定量的に表現する。実際には個別設備はエリア全体の一部であり、両者の間には一定の相関関係が存在すると考えられることから、ここでは両プロファイルの時間帯別出力差の発生頻度を確認して確率分布に落とし込む。風力発電の発電出力は時間帯ごとに完全にランダムに決定される訳ではなく、直前の時間帯(直前時間)の出力に基づいて変化するだろう。エリア平均と個別設備の出力差についても、同様に直前時間の状況を踏まえた変化を想定することが妥当であると考えられる。従ってここでは両プロファイルの「直前時間の出力差に対する変化量」に着目する。

例えば、ある特定時間におけるエリア平均プロファイルの出力が50%(定格出力に対する当該時間の出力比率)、個別設備プロファイルの出力が55%であった場合、両者の出力差は5%p(パーセントポイント)である。次の時間においてエリア平均が49%、個別設備が56%になった場合両者の出力差は7%pに広がる。この時「直前時間の出力差に対する変化量」は7%pと5%pの差分で2%pとなる。

2020年度の北海道エリア平均プロファイルと東北エリア平均プロファイルを用いて、直前時間の出力差に対する変化量の頻度分布を描いた(図2)。例えば直前1時間の出力差が次の1時間に+0~1%pの範囲で変化する可能性は約12%、+1~2%pの範囲になる可能性は約10%であり、全体としては正規分布に近い形状が確認されるため、本分析では図2に示す平均0%、標準偏差3.2%の正規分布に従うと見なして分析を行う。
図2 直前時間の出力差に対する変化量の確率分布
直前時間の出力差に対する変化量の確率分布
※横軸の変化量は%p(パーセントポイント)

出所:三菱総合研究所

手順②

手順①で作成した正規分布に基づいて、両プロファイルの直前時間の出力差に対する変化量を乱数発生させることで、1年間8,760時間分の仮想個別設備プロファイルを生成する。なお、FIP制度においてはプレミアム単価が月別に決定されることから、仮想的に発生させる個別設備プロファイルの月別発電量と実際の個別設備プロファイルの月別発電量が大きく乖離しないよう制約条件を与えて処理を行う。

図3にはエリア平均プロファイルと仮想個別設備プロファイルの関係を示す。前回試算で示したとおり、元のエリア平均プロファイルと個別設備プロファイルの相関係数は0.69であったのに対し、確率的に生成する仮想個別設備プロファイルとエリア平均プロファイルの相関係数は変化し得る。手順④では1万回の仮想個別設備プロファイルを発生させるが、その際に元のエリア平均プロファイル・個別設備プロファイルと同様の関係が表現できているか否かが一つの検証ポイントとなる。

図3に示すとおり1回目の仮想個別プロファイル生成時の相関係数は0.66であり、元の相関係数と同水準の値が確認される。さらに2回目は0.72、3回目には0.68となり、これを1万回繰り返した結果、相関係数の平均値は0.66であった。以上から、充分に多くのサンプルをみても元の相関係数と同程度の値が再現されていることを確認した。
図3 仮想個別設備プロファイルとエリア平均プロファイルの関係(繰り返し計算8サンプルの例)
仮想個別設備プロファイルとエリア平均プロファイルの関係(繰り返し計算8サンプルの例)
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※ 図中のrは相関係数

出所:三菱総合研究所

モンテカルロシミュレーションによりP90など確率的評価が可能に

手順③および④

手順②で仮想的に生成した個別設備プロファイルに基づいて2020年度のFIP収入計算を行う。前回試算では、過去実績データとしての個別設備プロファイルで得られる収入はエリア平均プロファイルを前提にした収入よりも1.9%減となった。手順③では仮想個別設備プロファイルで得られる収入を用いて、これと同様の収入比較を行う。さらに手順④で仮想個別設備プロファイルの生成から収入比較までを1万回繰り返し、結果の分布を確認する。

図4には仮想個別設備プロファイルで得られる収入変化のモンテカルロシミュレーション結果を示す。横軸は合計収入・市場収入・プレミアム収入それぞれのエリア平均プロファイルに基づいた収入からの変化、縦軸は繰り返し計算での発生頻度を表している。1万回繰り返し計算における合計収入変化の平均値は1.1%増であり、平均値としては個別設備プロファイルで得られる収入の方が多い結果となった。

また、一般的に保守的な確率評価の基準値として参照されることが多いP90(90%の確率でそれ以上となる値)は5.2%減である。つまり、今回想定したエリア平均プロファイルと個別設備プロファイルの関係に基づくと、時系列的な不確実性によって発生し得る年間のダウンサイド(下振れ)のリスクは90%の確率で5.2%減少の範囲に収まると解釈できる。

また、合計収入は卸市場収入とプレミアム収入の和として計算される。両者の確率分布を比較すると、卸市場収入の方がプレミアム収入よりも横長に分布が広がっている。これは、プレミアム単価は月別に決定されるため収入が月単位での発電量に依存する一方、卸市場価格は時間別に価格が変化することから不確実性の幅が大きい結果になったと考えられる。卸市場収入の不確実性の幅が大きく、またプレミアム収入の分布がマイナス方向に寄っているため、合計収入の平均値1.1%増に対してP90の結果は5.2%減とダウンサイド側にでている。なお、プレミアムは卸市場価格が0.01円/kWhコマでは付与されない制度設計になっているため、将来的に0当該コマが多く発生する市場環境になった場合にはプレミアムの不確実性の幅も大きくなる可能性がある点には注意が必要である。
図4 モンテカルロシミュレーション(1万回繰り返し計算)によるプロファイルリスクの評価結果
モンテカルロシミュレーション(1万回繰り返し計算)によるプロファイルリスクの評価結果
出所:三菱総合研究所
本試算は一定の想定の下でプロファイルリスクの確率的評価方法の一例を示したものであり、分析手法や結果の解釈にあたっては下記の留意点があるが、1年度分の限られた個別設備プロファイルデータを活用して、ある地点における時系列的なプロファイルリスクの不確実性を評価できる可能性を示した。今後のポストFIT環境下における再エネ発電事業では、発電量のみならず単価要素を含めた収入全体の不確実性を踏まえた分析・評価が重要になるだろう。

本シミュレーションにおける留意点

  • 風力発電の基準価格16円/kWhを想定した試算結果であり、基準価格の大小に応じて合計収入に占める市場収入とプレミアム収入のバランスが変わり得る。
  • 個別設備プロファイルとして東北エリア平均プロファイルを使用した分析例であるが、実際の個別設備プロファイルデータに基づいた確率分布が作成できれば、同様にモンテカルロシミュレーションによる確率的評価が可能である。
  • 本試算は2020年度の卸市場価格に基づいた計算結果であるが、将来的に卸市場価格が0.01円/kWhコマが多く発生する場合には、プレミアムが当該コマには付与されない点などを背景に、プロファイルリスクの影響がより大きくなる可能性もある。
  • 詳細な方法論はさらなる議論・精査の余地があるが、本コラムはプロファイルリスクの確率的評価の実現に向けて一つの可能性を示すものである。
※本試算はプロファイルリスクの確率的評価手法を例示する目的で公表されるものであり、本分析結果を使用することで万一損害などが発生した場合にも当社は一切の責任を負いません。