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IMD「世界競争力年鑑」からみる日本の競争力 第1回 IMD「世界競争力年鑑」とは何か?

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2018.8.2

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術
2018年6月4日に政府が公表した「未来投資戦略2018」では、「Society 5.0の実現に向けた戦略的取組」が「国民所得や生活の質、日本の国際競争力やプレゼンスを大きく向上させていく」と明記された。また、15日に公表された「経済財政運営と改革の基本方針2018(骨太方針)」においても、科学技術やイノベーション、観光、インフラなどの分野における国際競争力強化の必要性が示された。このように競争力の強化は、中長期的な日本の姿を構想する際の一つの重要なキーワードとなっている。

日本の競争力の現状を知ることは、今後、その強化を図る上での前提条件である。本連載では、IMD (International Institute for Management Development)が作成する「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」に基づき、日本の競争力の現状と、改善の方向性を考えていきたい。

第1回はIMD「世界競争力年鑑」の見方と特徴、解釈の留意点を示す。第2回は、IMDによる競争力順位と生産性との関連を示した上で、日本の競争力の現状(強みと弱み)を分野別に確認する。第3回は、国際比較をしつつ、日本の競争力改善のためのポイントを検討する。

日本の競争力はアジア・太平洋地域でも中程度の評価

国の「競争力」という時に、経済規模の大きさや国際的に活躍している企業の数をもって、高い競争力の証左とみる人もいるであろう。そのような観点を重視すれば、日本の競争力は高いとみることもできる。一方、IMD「世界競争力年鑑」は、企業が競争力を発揮できる土壌を競争力の源泉とみなし、多様な側面から国の競争力を評価している。

同年鑑は、日本のバブル期の終盤である1989年より公表されている。日本の総合順位は公表開始時からバブル期終焉後の1992年まで1位を維持し、いわゆる「失われた10年」に含まれる1996年までは5位以内の高い順位で推移した。しかし、金融システム不安が表面化し、北海道拓殖銀行の破綻や山一證券の廃業が相次いだ1997年には17位に急落した。その後は20位台で推移している(図1)※1。
図1 IMD「世界競争力年鑑」日本の総合順位の推移
図1 IMD「世界競争力年鑑」日本の総合順位の推移
出所:IMD World Competitiveness Yearbook 各年版より三菱総合研究所作成
主要国では米国やシンガポールは長期的に高い順位を維持し、スウェーデンは2000年代後半から安定的に高順位となっている。一方、中国、ドイツの順位は上下動が激しい点で日本と異なる(図2)。
図2 主要国の競争力総合順位の変遷
図2 主要国の競争力総合順位の変遷
出所:IMD World Competitiveness Yearbook 各年版より三菱総合研究所作成
最新版(2018年版)によると、日本の競争力の総合順位は25位(63カ国・地域中)である。1位は米国であり、香港、シンガポール、オランダ、スイスがそれに次ぐ。アジア・太平洋地域で見ても日本は8位(14カ国・地域中)にとどまり、全体でもトップクラスの香港、シンガポールに加え、中国、台湾、マレーシアの順位が日本より上位に位置する(表1)。その理由は、IMDが考える競争力と、それに基づく競争力指標の構成によるところが大きい。以下では、IMDの競争力指標の構成と作成方法を概観する※2。
表1 IMD「世界競争力年鑑」2018年 総合順位 

順位 国名 順位 国名 順位 国名
1 米国 22 マレーシア 43 インドネシア
2 香港 23 ニュージーランド 44 インド
3 シンガポール 24 アイスランド 45 ロシア
4 オランダ 25 日本 46 トルコ
5 スイス 26 ベルギー 47 ハンガリー
6 デンマーク 27 韓国 48 ブルガリア
7 UAE 28 フランス 49 ルーマニア
8 ノルウェー 29 チェコ 50 フィリピン
9 スウェーデン 30 タイ 51 メキシコ
10 カナダ 31 エストニア 52 ヨルダン
11 ルクセンブルグ 32 リトアニア 53 南アフリカ
12 アイルランド 33 ポルトガル 54 ペルー
13 中国 34 ポーランド 55 スロバキア
14 カタール 35 チリ 56 アルゼンチン
15 ドイツ 36 スペイン 57 ギリシャ
16 フィンランド 37 スロベニア 58 コロンビア
17 台湾 38 カザフスタン 59 ウクライナ
18 オーストリア 39 サウジアラビア 60 ブラジル
19 オーストラリア 40 ラトビア 61 クロアチア
20 英国 41 キプロス 62 モンゴル
21 イスラエル 42 イタリア 63 ベネズエラ
出所:IMD World Competitiveness Yearbook 各年版より三菱総合研究所作成

多種多様な競争力要素からなるIMDの競争力総合指標

国の競争力を決める要因は多岐にわたる。IMD「世界競争力年鑑」は、63カ国・地域を対象に国の競争力に関連する統計やアンケート調査などを幅広く収集し、これらを元に競争力総合指標を作成している。

具体的には、「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」の四分野からなる大分類と、各分野につき五つ、計20個の小分類を設ける(表2)。そして、この20の各小分類項目につき、関連する統計やアンケート調査が10から20個ずつ配分される。なお、統計データは、当社も日本のデータ収集の支援を行っているが、政府統計が中心である。またアンケート調査は世界各国の企業経営者層に、自国の競争力を評価してもらうものであり、2018年版の回答者数の合計は6,371であった。

表2 IMD「世界競争力年鑑」の大分類項目と小分類項目 

大分類 経済状況 政府効率性 ビジネス効率性 インフラ
小分類 国内経済
国際貿易
国際投資
雇用
物価
財政
租税政策
制度的枠組み
ビジネス法制
社会的枠組み
生産性・効率性
労働市場
金融
経営プラクティス
取り組み・価値観
基礎インフラ
技術インフラ
科学インフラ
健康・環境
教育
出所:IMD World Competitiveness Yearbook より三菱総合研究所作成

2018年版では各国につき340個の指標が収集された※3。このうち、背景データを除く各258指標につき標準偏差を加味したスコアが計算される。それらを合算した競争力指標に基づき、各分類(大分類、小分類、および全体(総合))の競争力順位が定まる。なお、各項目のウェイトは統計データを1とすると、アンケートデータは0.5程度であるが、統計データ内、アンケートデータ内で重みづけはしない。

このように作成されるIMDの競争力総合指標およびそれに基づく競争力総合順位は、幅広い観点から「企業が競争力を発揮できる土壌」の整備度を測ることができる。例えば、中国(総合順位13位)やマレーシア(同22位)は起業やデジタル化対応などの進展によるビジネス効率性が優れており、台湾(同17位)は税制や財政面からなる効率性などの競争力が高いことから、日本よりも総合順位が高い。

企業が競争力を発揮できるのであれば、結果として、生産性も高くなると推察される。競争力総合順位は生産性とどのように関連しているのであろうか。その点は第2回で確認する。その上で、現状における日本の競争力の強みと弱みを分野別に分析し、生産性向上のヒントを探っていきたい。

※1ただし、IMD「世界競争力年鑑」の時系列の総合順位比較を行う際は、総合順位を構成する採用指標が毎年若干の入れ替えがある点に留意すべきである。この点については囲み(IMD「世界競争力年鑑」における競争力総合順位をみる際の留意点)参照。

※2日本の競争力の構成および構成要素の各国比較は第2回、第3回で取り扱う。

※3340指標の内訳は、統計データが143指標、アンケートデータが115指標、背景データが82指標である。一方、類似指標であるWEFのGCIは、国の生産力や収益力を決定する要素が国際競争力を規定するとみなし、コーネル大などによるGIIはイノベーションに必要なインプット(人材、研究力等)とアウトプットにつき評価する指標である(表3参照)。

表3 各種競争力指標の比較(参考) 

作成者 IMD WEF Cornell Univ.
INSEAD, WIPO
指標名 World Competitiveness Yearbook Global Competitiveness Index Global Innovation Index
国数 63 137 127
指標数 258 116 80
日本の
総合順位
25
(63位中)
9
(137位中)
14
(127位中)
日本の
大分類順位
経済状況     15
政府効率性    41
ビジネス効率性  36
インフラ     15
基礎的な要件   17
効率性向上要因  10
イノベーション   6
制度       13
人的資本と研究  14
インフラ      9
市場洗練度    12
ビジネス洗練度  11
知識・技術の産出 12
創造的産出    36
出所:IMD, WEF, Cornell Univ.資料などより三菱総合研究所作成

IMD「世界競争力年鑑」における競争力総合順位をみる際の留意点

幅広い指標を用いて作成されるIMDの競争力総合順位をみる際には留意すべき点がある。以下、3点を挙げる。

1点目は、競争力指標を構成する統計データには、実態の把握が遅れるものがある点である。例えば、すでにバブル期終盤には萌芽(ほうが)として表れていた不良債権や財政赤字問題は、具体的な統計データとして顕在化したのは1990年代半ばであった。

2点目は、競争力指標の3分の1を構成するアンケートデータの特性によるものである。特に景気拡大期や、リスク要因が感知されていない期間は、消費者マインド、企業マインドともに堅調に推移する。そのような中、IMDのアンケート調査の回答についても楽観的なバイアスがかかったことが推察される。例えば1990年代前半までは、日本の経営に関する評価は極めて高く(1位から2位を維持)、日本型経営に関する自信がうかがわれる。しかし1997年以降、この分野の順位は急落した。

バブル期終盤からその崩壊後数年にわたり、トップクラスの競争力総合順位を維持した日本は、世界の中でも有数の競争力を有していたことになる。しかし、上記のような指標の特性に鑑みれば、1990年代後半以降に日本の順位が急落した、と言うより、危機の芽を検知することができなかった1990年代前半までの時期が過大評価されていた、とみることが妥当であろう。

3点目としては、競争力総合順位の作成に際し、採用される指標が入れ替えられている点である。時代とともに「競争力」にとって重要な要素は変化することを考えれば、指標の入れ替えは望ましい。しかし、それゆえに過去と現在の順位のみを単純に比較することはミスリーディングにつながる。なお2000年以降、IMDの競争力構成要素につき特に重視されるようになってきた要素の傾向としては、「グローバル化」「ICT化」「人材」の3つを指摘することができる。グローバル化については、海外との多面的な協働ができているかが重視される。ICT化に関しては、ICTを通じたイノベーションの環境がどの程度整備されているかという点が着目されている。従来、日本の研究開発力は高く評価されてきたが、それ以外のイノベーションの源泉も必要になっている。人材については、企業内の人材育成のみならず、イノベーションに通じる多様で多層的な人材の交流が重視されつつある。これらの項目については、日本が不得意とする部分も多く、結果として日本の総合順位がなかなか浮上できない一因と考えられる。

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