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IMD「世界競争力年鑑2020」からみる日本の競争力 第2回:強い「科学インフラ」と低迷する「経営プラクティス」

日本の強みと弱み

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2020.10.16

政策・経済センター酒井博司

今回は、IMD「世界競争力年鑑2020」から競争力を構成する個別項目を詳細に見ることで、日本の競争力構成要素の主たる強みと弱みを示す。なお、強みと弱みの項目構成の多くが、この5年間で大きく変化していないことから、それらが構造的なものであることが推察される。日本の構造的な強みと弱みを把握することで、競争力向上のためのヒントを探りたい。

競争力を支える基礎的な要因に強み

競争力を構成する要素から見ていくと、日本には競争力を支える基礎的な要因に関する強みがあることが分かる。その強みは、大きくは以下の3点に集約することができる。なお、以下を通じ、項目の後の括弧内は、大分類分野(経済、政府、ビジネス、インフラ)と、2020年版における日本の順位(全63カ国・地域中)である。

知識資本

知識資本は基本的に研究開発(R&D)により蓄積されていく。日本の研究開発投資額は中長期的に高水準で推移しており、論文や特許として体現されるその成果もトップクラスである。具体的な項目を見ると、国全体としてのR&D支出額対GDP比(インフラ:6位)、企業のR&D支出額対GDP比(インフラ:4位)、R&D人材数(インフラ:2位)、科学論文(インフラ:5位)、特許出願数(インフラ:3位)、特許付与数(インフラ:2位)となっている。知識資本の蓄積はイノベーションの源となり、生産性の上昇や企業収益の向上をもたらすことは、かねてより共通認識である※1

知識資本を支える要素

知識資本が有効に活用されるには、それを支える人材やインフラが必要である。その点においても、日本には強みがある。人材面の項目を見ると、中等教育入学率(インフラ:4位)、専門学校、大学以上の教育を受けた比率(インフラ:8位)、学習到達度(インフラ(PISA):5位)などの、基礎的な教育に関する指標は軒並み高順位である。また、知識資本を効率的に活用するデジタル化関連の指標を見ても、コンピューター利用数(インフラ:4位)、ブロードバンド加入者(インフラ:1位)、ネットユーザー数(インフラ:5位)など、IT環境については一定程度整備されているとみることができよう。

企業の責任感

日本の企業は、営利追求を超えた高い目標をもっている。例えば、企業の社会的責任感の強さ(ビジネス:9位)、消費者満足の重視(ビジネス:8位)、持続可能性の重視(インフラ:6位)などである。これらの項目は、必ずしも短期的には企業の業績や競争力に結びつくものではないが、中長期的に得られる高い社会的評価を通じて、競争力の向上に資することが期待できる。

日本の弱みは市場認識と変化への対応力

知識資本や、それを支える基礎的な要因に強みがある日本の生産性や競争力が奮わないのは、その潜在力を妨げる要因があることが示唆される。同じくIMD「世界競争力年鑑2020」の個別項目から日本の弱点を抽出すると、大きく以下の4点にまとめることができる。

市場変化の認識と迅速な対応

企業の市場環境変化に対する認識、および対応の遅れは、日本の中長期的な課題である。2020年版においても、企業の意思決定の迅速性(ビジネス:63位)、機会と脅威への素早い対応(ビジネス:63位)、市場変化への対応(ビジネス:60位)、変化に対する柔軟性や適応性(ビジネス:62位)などの項目は、昨年に続き最下位グループにある。

イノベーション・新規事業

知識資本は豊富にありながら、それはイノベーションや新規事業の推進に結びついていない。例えば、新規事業登録数(政府:55位)や起業家精神(ビジネス:63位)は下位グループにある。その背景には、スタートアップに要する手続き数(政府:49位)、研究やイノベーションを促す法制の整備(インフラ:45位)、知的財産権保護(インフラ:33位)、産学間の知識移転の活発さ(インフラ:45位)、海外から見た契約の開放性(政府:53位)、法人税率(政府:60位)など、制度や仕組みの面の問題がある。そして、それが海外投資家から見た投資インセンティブ(政府:55位)、対内直接投資対GDP比(経済:63位)の低調さにもつながっている。

企業ニーズを満たす人材

日本に基礎的な教育を受けた人材が豊富であることは、先の「強み」項目の知識資本を支える要素で見たとおりである。しかしそのことは、企業のニーズを満たす人材が豊富なことを意味しない。グローバル化に関しては、海外への留学者数比率(インフラ:58位)や英語能力を測るTOEFLスコア(インフラ:62位)に弱みがあるほか、管理職の国際経験(インフラ:63位)も乏しい。また、ビジネスニーズに見合った経営者教育(インフラ:57位)や企業や経済の要請に見合った大学教育(インフラ:52位)が弱く、有能な管理職の厚み(インフラ:61位)はない。グローバル化対応の遅れと産学間の閉鎖性が、時代に即した人的資本を蓄積できていない一因となっている可能性が考えられる。

デジタル化の活用

時代の変化に応じ、IMD「世界競争力年鑑」ではデジタル化関連項目のウエートが高まっている。特に、デジタル化の活用面においては、日本の評価は厳しい。例えば、デジタル化を活用した業績改善(ビジネス:59位)、ビッグデータ分析の意思決定への活用(ビジネス:63位)、企業がICT技術を活用し、事業の対象を積極的に変化させるデジタルトランスフォーメーション(ビジネス:61位)は、軒並み最下位グループにある。「強み」項目の知識資本を支える要素で見たとおり、デジタル化は普及しているものの、企業の業績改善や新規事業の開発には十分に活用されていないとの認識である。

日本の競争力向上に向けて:個別項目のクラスター分析

以上、日本の競争力を構成する項目から、日本の強みと弱みを詳細に見てきた。今回、特に日本の弱みを構成する項目間の関連を見るためIMD「世界競争力年鑑2020」の国別(63カ国・地域)の競争力構成項目(統計データ163指標とアンケートデータ92指標の計225系列)を用いてクラスター分析(ウォード法)を行い、順位の類似性の観点から各競争力項目を分類した※2

日本が特に弱点とする項目を中心に、「経済のグローバル化と、その促進のための前提条件」「生産性向上とそれを支えるインフラ」「強い経済、強い企業を支える条件」「市場環境変化の認識と迅速な対応」の四つのクラスター分類にまとめたのが図1である。

ここで特に前二者間と後二者間のクラスターはそれぞれ距離的に近いとの結果が出た。なお、各クラスターを構成する項目について日本の順位を見ても分かるとおり、基本的には同一クラスター内では同程度の順位が並んでいる。ここからはクラスター内の項目がそれぞれ強く相関し、相互に補完的であることが示唆される。そして、それゆえに、競争力上の弱点項目が持続していると見ることも可能である。
図1 IMD「世界競争力年鑑2020」を用いた個別項目のクラスター分類
図1 IMD「世界競争力年鑑2020」を用いた個別項目のクラスター分類
IMD「世界競争力年鑑2020」より三菱総合研究所推計・作成

各クラスターの構成要素から見た日本の弱点の分類

知識資本の強みをそぐグローバル化対応の遅れ

まず、「経済のグローバル化と、その促進のための前提条件」「生産性向上とそれを支えるインフラ」の二つのクラスターの構成要素から見ると、生産性項目である研究開発や特許などからなる日本の知識資本には強みがある。しかし、その強さが必ずしも生産性の高さにつながっていない。この点に関し生産性項目と関連性が強いグローバル化項目を見ると、法人税率の高さ、対内直接投資の少なさ、海外から見た投資インセンティブの低さ、海外熟練人材から見た魅力の乏しさなどが挙げられる。日本の知識資本の強さを活かしきれない一因が、このグローバル化対応の遅れにあるとみなすことができる。

制度、人的資本、市場対応力に課題

次に「強い経済、強い企業を支える条件」、および「市場環境変化の認識と迅速な対応」クラスターに属する項目の順位を見ると、「企業の持続可能性の重視」「消費者満足の重視」「ビジネスリーダーの社会的責任の高さ」といった理念的な項目では1桁順位である。しかし、ビジネスを行う上での法律、規制、政策面の弱さに加え、有能な管理職や熟練労働力、専門的技術者などの人的資本の欠乏、企業の市場環境変化に対する認識力の欠如、柔軟で迅速な対応の稚拙さが、それらの円滑な達成を妨げていることを読み取れる※3

日本の競争力向上に向けて

デジタル化活用力の向上

今回のコロナ禍は、給付金手続きの遅延など、企業のみならず政府や社会のデジタル化対応の遅れを露呈させた。一方、リモートワークやオンライン診療など、デジタル技術の有効性を社会に認知させる契機ともなった。また、急速な環境変化に対応できる経営体制や組織のレジリエンス向上がいままで以上に求められるようになり、企業の社会的責任や、マルチステークホルダーに配慮した経営が重視されるようになる。ウィズコロナ/ポストコロナ時代の競争力向上には、行政、企業、個人からなる社会全体がデジタル活用力を高めることの重要度は一層増していく※4

以上からは、日本の現在の弱点である「デジタル化の有効活用」を起点として、「市場環境変化の認識と迅速な対応」を進めることが、日本の競争力を向上させるポイントであることが示唆できる。企業のみならず政府が市場環境変化を適宜機動的に認識することは、適切な法制や政策、戦略の策定、および必要な人的資本の蓄積を行っていく際の前提である。

イノベーションを興す土壌の整備

日本の生産性の停滞は、「イノベーション・新規事業」が不活発なことが一因である。豊富な知識資本をイノベーションや新規事業の推進に結びつけるには、官民ともに改善すべき点がある。日本の「起業家精神」は数年にわたり競争力順位が最下位であり、「新規事業登録数」も下位にあるが、これは企業側のみならず、スタートアップに要する手続き数の多さや、研究・イノベーションを促す法制など、制度的な面での問題にも起因している。さらには、現在は低調である「産学官の知識移転」や海外との人材交流や対内・対外投資を積極化することで、新事業につながるアイデアを生む土壌を豊かにしていくことも必要であろう。市場環境の変化を見据え、迅速な対応を試みる企業が円滑に新事業を推進できる環境整備が必要である。

人的資本の蓄積

日本の人的資本に関する競争力項目を見ると、強みと弱みが混在している。専門学校、大学以上の教育を受けた比率や学習到達度など、基礎的な教育に関する指標の順位が高い一方で、企業ニーズを満たす人材は不足している。グローバル化の推進のほか、産学連携を密にすることを通じ、企業ニーズをくみ入れた人材育成を推進することが望まれる。


今回のクラスター分析からは、日本の弱点項目は相互に関連していることが分かる。その点を勘案すれば、課題である項目は一つずつではなく、同時に解決していくことが必要であろう。

なお、ここで日本の弱点が多く含まれる「強い経済、強い企業を支える条件」「市場環境変化の認識と迅速な対応」に属する項目が、いずれも経営層を対象としたアンケート項目である点には留意が必要である。例えば、「管理職の国際経験(質問内容:上級管理職の国際経験は十分である)」や「ビッグデータ分析の意思決定への活用(質問内容:企業はビッグデータ分析を活用し意思決定をサポートしている)」の項目はいずれも2020年調査では最下位となったが、客観的な評価としての妥当性には疑問が残る。

この種の違和感は、経営層が自国の状況を認識し、評価するアンケート項目の回答が、国民性により左右される面があることが考えられる。さらに、経営層がもつ理想と現実の乖離が大きいほど評価が低くなる可能性も併せ考えると、競争力の各国比較を行う際には、アンケート結果により生じうるバイアスについても留意する必要がある。そこで第3回では、IMD「世界競争力年鑑2020」における競争力ランキングを算出するもととなった各項目を統計項目とアンケート項目に分け、それぞれにつき順位を出すことを試みる。統計とアンケートにより読み取れる経営層の意識の乖離から、日本の競争力改善ポイントを探りたい。

※1:Griliches, Z and Mairesse, J. “Productivity and R&D at the Firm Level, in R&D, Patents, and Productivity,” University of Chicago Press, 1984. など。

※2:例えば競争力を構成するA項目で順位が高い(低い)国は、他のB項目でも順位が高い(低い)場合、A項目とB項目の類似性が高いとみる。そしてA項目とB項目の類似性の高さは、両項目の補完性の高さ(一方の改善が他方の改善をもたらす)にも通じる。なお図1をみると、同じ大分類や小分類に属することが必ずしも各項目の順位の類似性を意味していないことが分かる。

※3:同一クラスター内にある項目は相互に補完的であるとみなせるため、通常、同一クラスター内の項目の順位は同程度になる傾向がある。日本では、この「市場環境変化の認識と迅速な対応」クラスターにおいては高順位と低順位が混在しており、強みを活かせる補完的な条件が整備されていないとみることができる。

※4:競争力を規定する要素は時代とともに変化する。それに応じ、IMD「世界競争力年鑑」の構成要素も適宜入れ替えがなされている。世界的なコロナ禍により、今後はデジタル化関連項目や持続可能性に関する分野のウエートがより高くなることも想定される。

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