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IMD「世界競争力年鑑2020」からみる日本の競争力 第3回:統計と経営層の意識の乖離から競争力改善ポイントを探る

IMD世界競争力ランキングの特徴

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2020.10.29

政策・経済センター酒井博司

第2回の分析結果からは、日本の弱点が多く含まれるクラスターである「強い経済、強い企業を支える条件」と、「市場環境変化の認識と迅速な対応」の構成項目は、ほぼアンケートによるものであることが分かった。ここでアンケート項目は、回答者である経営層が自国の状況についての認識を記す(6段階評価)ものであり、IMD世界競争力ランキング構成要素のほぼ3分の1を占める。

アンケート項目は統計では測ることのできない競争力項目を見る上で重要であるが、回答が国民性により楽観もしくは悲観に振れることや、理想と現実の乖離が大きければ評価が低くなる可能性など、一定のバイアスをもつことは否定できない。そこで、今回は、統計作成に際し同じ基準が採用されているという意味で客観的な統計データ(163指標)のみに基づく競争力ランキングと、経営層の意識を示すアンケートデータ(92指標)のみに基づく競争力ランキングを分類別に独自に算出※1した。それにより、統計では捉えきれない日本の弱点や、理想と現実の乖離の所在を、より明確に把握することができる。

統計データのみから見た日本の競争力ランキングは13位

日本は統計順位とアンケート順位の差が最も大きい国

統計データのみ、およびアンケートデータのみから各国の競争力ランキングを計算した結果が表1である。これを見ると、統計とアンケートを総合した競争力順位(IMD「世界競争力年鑑」により公表されている順位)と、それぞれの順位は国により大きな差があることが分かる。そして、その差が最も大きいのが日本である(図1)。

統計データのみから算出した競争力順位を見ると、日本は13位であり、アジア太平洋地域(14カ国・地域)に限れば4位、人口2,000万人以上の国でも4位(29カ国・地域)である。それに対し、経営層の意識を表すアンケートのみから算出した競争力順位は43位と、大きな差がある(その結果、総合順位は34位)。米国(統計1位、アンケート17位、総合10位:以下同様)や中国(2位、23位、20位)、ドイツ(10位、19位、17位)は、統計に比べアンケート項目の順位が低いが、日本ほどには差が大きくない。逆にUAE、カタール、サウジアラビアなどの中東湾岸産油国は、統計に基づく順位よりもアンケートに基づく順位が大幅に上位に位置している。
表1 IMD「世界競争力年鑑2020」統計項目順位
表1 IMD「世界競争力年鑑2020」統計項目順位
出所:IMD「世界競争力年鑑2020」より三菱総合研究所推計・作成
図1 IMD「世界競争力年鑑2020」
統計項目順位とアンケート項目順位の差分(統計項目総合順位-アンケート項目総合順位)
図1 IMD「世界競争力年鑑2020」統計項目順位とアンケート項目順位の差分(統計項目総合順位-アンケート項目総合順位)
出所:IMD「世界競争力年鑑2020」より三菱総合研究所推計・作成

日本の競争力:統計と経営層の意識の乖離はどこにあるか?

日本の競争力指標において、統計による結果と経営層の意識を表すアンケート結果に基づく順位の差はどこにあるのか。表2は大分類と小分類ごとに、それぞれの順位を見たものである。ただし、大分類の「経済状況」に含まれるアンケートは2項目のみのため、それ以外の大分類についてみていく。
表2 IMD「世界競争力年鑑2020」
日本の大分類、小分類別統計項目順位とアンケート(経営者の意識)項目順位
表2 IMD「世界競争力年鑑2020」日本の大分類、小分類別統計項目順位とアンケート(経営者の意識)項目順位
出所:IMD「世界競争力年鑑2020」より三菱総合研究所推計・作成

政府の効率性

財政状況の認識は甘い
政府の効率性は、他の大分類項目とは異なり、統計(51位)がアンケートの順位(28位)を下回った。ここに含まれる小分類項目の「財政」は、財政赤字や政府負債などの統計項目が最下位グループであるのに対し、財政や年金の運営に関するアンケート項目は、統計と比して深刻に見られていない。

男女機会均等は結果には現れていない
「社会的枠組み」に属する統計では、「機会均等法が経済発展を促している」などのアンケート項目が上位に位置するのに対し、高齢化の進展や女性議員比、男女所得差などの統計項目は下位グループにとどまっている。このことは、男女機会均等がある程度進んでいるとの認識が改善を遅らせ、結果として統計項目を低位にとどまらせていると見ることができる。

以上の二点でアンケート項目の結果が統計よりも上位に来ている理由としては、回答者である日本の経営層が、財政問題や男女機会均等を重要な経営課題として認識していないことが考えられる。

ビジネス効率性

 一方、ビジネス効率性分野とインフラ分野では、統計項目がいずれも上位グループであるのに対し、アンケート項目はいずれも下位グループと差が大きい。ビジネス効率性分野(統計15位、アンケート51位)では、「生産性・効率性」と「労働市場」分類で特にその乖離が大きくなっている。

生産性・効率性は基準未達との認識
「生産性・効率性」の統計項目では、1人あたり付加価値、時間あたり付加価値、産業セクター別に見た1人あたり付加価値などの生産性指標はいずれも30位前後と中位にある。それに対し、「国際的基準から見た(自国の)労働生産性の評価」、「大企業の効率性」、「中小企業の効率性」、「デジタル技術の活用による業績向上」などに関する経営者の意識はいずれも60位前後と最下位グループにある。経営層はより高い生産性や効率性を達成できる実力があると想定しており、それを基準として判断した結果、関連アンケート項目が低評価になっていると解釈することができる。

経営層のニーズに応える人材の不足

「労働市場」の統計項目では、労働力率の上昇率などが1桁順位の一方、「熟練労働力の調達可能度」「競争力ある上級管理職の調達可能度」「海外高熟練人材にとってのビジネス環境の魅力度」などのアンケート項目は50位台から60位台であり、労働力は量的に豊富だとしても、日本の経営層のニーズに応える人材は不足しているとの認識である。

経営課題の重点の置き方に課題
「経営プラクティス」に含まれる要素は他と異なり、統計項目とアンケート項目の順位に乖離がなく、双方とも同様に順位が低い。具体的には、統計項目としては女性経営者や女性取締役会メンバー比率、新規事業の起業家比率など、アンケート項目としては「企業の意思決定の迅速性」「機会と脅威への素早い対応」「取締役会の機能」「ビッグデータ分析の意思決定への活用」などの項目が含まれる。両者はいずれも50位台から60位台と継続的に下位グループにある。これらの分野に関する経営者の課題認識力が弱く、対応が後手に回っていることが、アンケートのみならず統計結果としても表れている。

インフラ:企業ニーズを満たすデジタル人材・管理職が不足

インフラ分野(統計3位、アンケート37位)では、基礎インフラ以外の分類で、統計項目の順位にアンケート項目の順位がはるかに及ばない。

事業に直結する技術や専門的技術者の調達に課題
技術インフラ分野では、モバイルブロードバンド加入者数、コンピューター利用者数、インターネットユーザー数などの統計項目は1桁順位であるものの「デジタル技術者の調達可能度」「有資格技術者の調達可能度」「技術開発を支えるベンチャー企業の豊富さ」などのアンケート項目はいずれも下位グループである。社会に基礎的な技術インフラは整備されているものの、事業に直結する技術や専門的技術者の調達面では課題があるとの認識である。

知識資本を有効活用するための補完的要素が不十分
科学インフラでは、研究開発費や研究開発人材数、特許登録数や保有数などの統計項目は1桁順位であり、知識資本は十分に蓄積されていることが示唆される。しかし、「イノベーションにつながる研究に関する法整備」「知的財産権の保護」「産学間の知識移転」などのアンケート項目は中位から下位グループに属する。ここからも、知識資本を活用する前提となる法制度の整備や産学連携などが進まず、環境整備が不十分なため、豊富な知識資本が有効活用されていないとの認識を経営層がもっていることがうかがわれる。

乖離が大きい高等教育と経済・産業界のニーズ
教育分野では、高等教育達成率やPISAテスト、大学教育ランキングなど、統計に表れる項目の順位は高いものの、「経済のニーズに応える大学教育」「ビジネス界のニーズに応える管理職教育」「企業の要求水準を満たす語学能力」などはいずれも下位グループにあり、高等教育の達成度と経済、産業界のニーズの乖離は大きい。

統計と経営層の意識の比較から競争力向上の鍵を探る

以上、統計に比べアンケート項目の順位が低い分野を中心に、項目別に確認を行った。その結果、両者の順位の差は、統計では捉えきれない課題の存在や、回答者である経営層が想定する基準を達成できていない点などに起因していると推察される。

企業ニーズを満たす人材育成と活用の仕組みの整備

統計では捉えきれない課題項目としては、熟練労働力や専門的技術者、上級管理職に加え、デジタル技術者や有資格技術者など、ニーズに見合った人材の育成や調達が十分にできていない問題が挙げられる。産官学の交流の活発化により企業ニーズの所在を明確化し、技術的に高度化していく「HR Tech」の活用や、ジョブ型雇用システムなども組み合わせて労働力や知識資本を有効活用する仕組みを整備していくことは、競争力向上のための不可欠な条件である。

生産性・効率性を高める「デジタル化」「組織」「人材」の一体的整備

経営層が想定する基準を達成できていないものとしては、企業の労働生産性や効率性などの項目のほか、デジタル化やビッグデータ分析の活用、市場環境変化への認識と意思決定の迅速性などの項目が相当する。実際、これらの項目については日本の弱点ではあるものの、アンケート結果に見られる最下位グループとの評価には疑問が残る。むしろ経営者層が想定する達成基準が高く、現実がそれに追いついていない項目と見るのが適当であろう。

競争力の低迷から脱却する一つの方向としては、デジタル化により可能になる範囲を見極めた上で、それに見合った組織、人材を一体的に整備し、市場分析や意思決定の迅速化・高度化の戦略を練っていくことが考えられる。

経営層の課題認識・対応力

なお、アンケートでの弱点となっている項目である、市場環境変化への認識や、変化への迅速な対応、ニーズを満たす人材の育成と活用、デジタル対応力などは、いずれも今年のみならず中期的に弱さが継続しており、改善していない。このことは、経営者層がこれらを課題と認識しつつも、優先的に対応すべき課題として認識しておらず、結果として弱点であり続けていることを意味する。これらの弱点項目が生産性や競争力に直結するとの認識の下、重点課題として対応していくことが必要であろう。

※1:ここでは、IMD「世界競争力年鑑」と同様の方法を採用した。すなわち、各項目のローデータにつき標準偏差に基づくスコアを計算し、それを合算することで分類ごとのランキングを作成している。方法の詳細については、
https://worldcompetitiveness.imd.org/rankings/WCY
におけるMethodology and principles of analysisを参照。

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