エコノミックインサイト

MRIエコノミックレビュー経済・社会・技術日本

IMD「世界競争力年鑑」2023年版からみる日本の競争力 第2回:分析編

個別要素からみた日本の「強み」「弱み」と競争力強化の方向性

タグから探す

2023.10.30

政策・経済センター酒井博司

日本の競争力の現状を解説した第1回を受け、第2回の本コラムでは詳細な個別データを用い、日本の競争力の強みと弱みを明らかにする。さらに、世界競争力年鑑の各国個別データを用いた統計的分析に基づき、日本の競争力向上の道筋を提示する。

グローバル、新事業、組織、人材に課題

この節では大分類(「経済状況」「政府効率性」「ビジネス効率性」「インフラ」)を構成する小分類(第1回、図表4参照)および個別項目の中から日本の競争力をみる上で注目すべき点を記す。文中の順位はIMD「世界競争力年鑑」2022年における日本の順位(全64カ国・地域中)である。

(1) 経済状況(26位):グローバル面に課題

経済状況分野で順位を大きく落としたのが「貿易」分野で、2022年の49位から2023年は57位となった。個別項目では貿易額(60位)、財輸出額(55位)のほか、今回大きく落ち込んだ観光収入(58位)(いずれも対GDP比)などが低位である。

「国際投資」は12位と好順位を維持したが、その構成要素には強みと弱みが混在している。例えば対外直接投資フローは2位、ストックは8位(いずれも金額)だった一方、対内直接投資ストックはGDP比では最下位の64位である。対内直接投資は、中長期的に技術や知識資本のスピルオーバー(波及)や競争促進を通じ、生産性、潜在成長率や消費者便益の向上をもたらしうるという観点からも重要である。

(2) 政府の効率性(42位):経済変化や新事業促進への政策対応力に課題

政府効率性は2022年の39位から42位へとダウンした。小分類でみると、「財政」は、財政赤字や一般政府債務など、複数の財政収支関連指標により、下位グループが固定化している。

「制度的枠組み」(28位)は、為替レートの安定性(61位)や経済変化に応じた政策対応の適切性(52位)、中央銀行の政策(49位)などが弱みと認識されている。

「ビジネス法制」(38位)関連では、スタートアップに要する日数(37位)や手続き数の多さ(49位)、新規事業の密度(新規事業/企業の創出の行われやすさを見る指標)(56位)、海外からみた投資インセンティブ(54位)、海外からみた契約の開放性(55位)などの評価が低く、新陳代謝を促す環境に引き続き課題があることが分かる。

(3) ビジネス効率性(47位):組織資本とグローバル化対応に課題

ビジネス効率性分野の「生産性・効率性」(54位)では、1人当たりGDP(金額39位、成長率27位)や労働生産性(37位)であり、経営層を対象としたアンケート項目である労働生産性評価(52位)、企業の効率性に対する評価(大企業は61位、中小企業は同62位)や、デジタル化を活用した業績改善(61位)は下位にとどまっている。

「労働市場」(44位)関連では、管理職の国際経験(64位)や有能な管理職の厚み(62位)など管理職への質量両面での評価や、海外の高熟練労働者に対する魅力提供度(54位)といった項目の評価が引き続き低い。

「経営プラクティス」分野は62位と、昨年の最下位は脱したものの改善傾向はみられない。企業の社会的責任感の強さ(2位)や消費者満足の重視(3位)を除き、ほとんどの指標が下位グループにある。特に企業の意思決定の迅速性、ビッグデータ分析の意思決定への活用、起業家精神の3項目で最下位(64位)となり、変化する市場への認識(58位)、機会と脅威への素早い対応(62位)など組織資本に関わる多くの項目で評価が低い。その他の指標でも取締役会の機能(45位)、経営に携わる女性比率(59位)、取締役会における女性比率(46位)などの順位は低く、昨年からの改善はみられない。

また「取り組み・価値観」(51位)でも、海外のアイデアを広く受け入れる文化の開放性は最下位であり、グローバル化へ向けた態度(46位)も低く、グローバル化への意識の低さがうかがわれる。また、変化に対する柔軟性と適応性(63位)、企業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)(50位)や、競争力を支える社会の価値観(53位)などの評価も依然として低い状況にある。

(4) インフラ(23位):企業ニーズを満たす技術人材・経営人材の不足

インフラに属する小分類では、「科学インフラ」と「健康・環境」の順位がともに8位と高い。「科学インフラ」に含まれる研究開発支出関連では、総額が3位で、GDP比は6位である。このうち、研究開発人材数は総数で4位、企業内は3位、論文数は6位、特許の総数は3位で、人口当たりは4位だった。これらの項目が1桁台を保った一方、研究やイノベーションを促す法制の整備(48位)や知的財産権保護(34位)、産学間の知識移転の活発さ(43位)などは低迷した。研究開発により蓄積された強い知識資本の閉鎖性を打破し、幅広くビジネスに応用、活用する仕組みには、改善の余地が多い。

「健康・環境」では再生可能エネルギーのシェア(50位)など、環境関係の指標には低位のものもあるが、環境関連技術や企業における持続可能性への意識、平均寿命、健康寿命(いずれも2位)など健康関連指標はトップクラスにある。

「技術インフラ」(33位)では、デジタル技術者(63位)や専門的技術者(54位)の調達可能度の順位が低く、日本の経営者層のニーズを満たす技術人材の不足が課題であることが読み取れる。

「教育」分野(35位)では、専門学校、大学以上の教育を受けた比率(6位)、学習到達度(PISA)(5位)などは高順位を維持している。一方、グローバル化対応や産学連携に関わる、大学レベルでの海外からの留学生数比率(43位)、海外への留学者数比率(60位)、英語能力を測るTOEFLスコア(64位)の順位は低い。さらに経済の要請に見合った大学教育(56位)やビジネスニーズに見合った経営者教育(60位)、企業のニーズを満たす語学能力(60位)の経営層の評価は低い。

競争力総合順位を規定する多様な要素

この節においては、競争力に影響を与えると想定される8つの潜在変数(統計やアンケートからは得られない変数。図表1では楕円で囲われている)を検討・設定した。そして、それらの潜在変数が観測変数(IMD「世界競争力年鑑」2023年版から得られる変数)である総合競争力指標に与える影響(因果関係)や潜在変数間の相関関係を共分散構造分析(構造方程式モデリング)により分析した。

今回想定した潜在変数は、「組織資本」「人的資本」「知識資本」のほか、「起業・新陳代謝」「グローバル化」「法・制度・規制」「デジタル化」「脱炭素」の8つである。それぞれの潜在変数に複数の観測変数を結び付け(各潜在変数と結び付けた観測変数は【参考】図表4参照)、それらが競争力に与える影響力の強さを分析した結果が図表1である。この8つの潜在変数はいずれも競争力を規定する要因であるが、特に「起業・新陳代謝」や「グローバル化」「組織資本」「法・制度・規制」関連の影響が強く、「脱炭素」が競争力に与える影響はやや弱い※1

IMDの競争力総合順位が示すものが、幅広い観点から企業が競争力を発揮できる土壌が整備されている度合いとみれば、「起業・新陳代謝」や「グローバル化」が特に重要であり、それを支える「組織資本」や「法・制度・規制」「人的資本」といった要素が必要であることは理にかなっている。
図表1 競争力を規定する要因
競争力を規定する要因
注1:図表1中の数値は各潜在変数(楕円)から競争力へのパス係数(標準化解)であり、数値の大きさは各潜在変数が競争力に与える相対的な因果関係の強さ(数値が大きいほど因果関係が強い)を示す。
注2:各潜在変数とひもづけた個別指標は【参考】参照

出所:三菱総合研究所
次に、潜在変数間の相関関係をみたのが図表2である。図表1のパス係数で最も高い値を取った「起業・新陳代謝」は、それを支える「法・制度・規制」や「人的資本」「デジタル化」や「組織資本」といった補完的要素と相関が強い(例えば「起業・新陳代謝」が盛んな国では、「法・制度・規制」や「人的資本」「組織資本」「デジタル化」も整備されている)ことが分かる。

また「グローバル化」についても、「法・制度・規制」や「組織資本」「人的資本」との相関が強い。さらには「組織資本」と「人的資本」、「デジタル化」との相関、「法・制度・規制」と「人的資本」、「脱炭素」の相関も強い。一方、知識資本は他の各潜在変数との相関は弱い。知識資本は競争力を一定程度規定する要因ではある(図表1)ものの、その蓄積は起業・新陳代謝や組織資本、人的資本の整備につながっておらず、知識資本のある種の閉鎖性を示している※2
図表2 潜在変数間の相関関係
潜在変数間の相関関係
注:相関が0.8以上を太字としている。

出所:三菱総合研究所作成
各潜在変数の構成要素(【参考】図表4)につき、「世界競争力年鑑」と同様の手法により潜在変数ごとに計算した国別順位をみると(図表3)、日本は「知識資本」や「脱炭素」関連分野に相対的な強みがあるものの、特に「デジタル化」や「企業・新陳代謝」「組織資本」「グローバル化」関連の、相互補完的な項目に弱みがある。

一方、デンマークやベルギーは潜在要素8項目のうち7要素でトップ10に入っており、アイルランド、オランダ、スイス、スウェーデンなど、競争力総合順位が1桁の国でも5要素以上でトップ10入りしている。また「知識資本」以外の7要素では、トップ10に入る多くの国・地域が重なっており、ここからもこれら要素の相互補完性の強さが見て取れる。なお、「知識資本」分野でトップ10入りしている中では、他の7要素のいずれかでトップ10に入っている国・地域は日本を含め米国と台湾に限られる※3

次に各潜在要素の日本の順位をみると、「知識資本」や「脱炭素」分野では高いものの、その他の要素では「人的資本」「法・制度・規制」が40位となった以外は、50~60位程度と低迷している。中でも「デジタル化」(61位)や「組織資本」(56位)、「起業・新陳代謝」(54位)は下位グループにある。競争力を規定する8要素のうち、相互補完的な上位6要素(図表1)の順位の低さは、今回の日本の競争力総合順位(35位)の低迷につながっている。
図表3 各潜在変数の日本の順位と上位10カ国
各潜在変数の日本の順位と上位10カ国
注1:網掛けは、潜在変数8要素のうち5要素以上でトップ10に入った国。
注2:日本の順位は全64カ国・地域中。

出所:三菱総合研究所作成

日本の競争力向上に向けて

近年、日本の競争力総合順位は低迷している。IMD「世界競争力年鑑」が、企業が競争力を発揮できる土壌の整備度合いを反映しているのであれば、競争力順位の低迷は有力企業の海外流出や対内直接投資減少につながる。

日本は競争力を規定する知識資本に強みはあるが、新陳代謝や組織資本、デジタル化など、複数の要因に課題がある。今回の「世界競争力年鑑」の分析結果から、日本の競争力向上に向けて得られる示唆は以下のとおりである。

「起業・新陳代謝」の促進

コロナ禍において、日本は従来にも増して起業や新陳代謝の促進より企業の存続支援に政策の重点が置かれ、結果としてゾンビ企業(収益力が低く、正常な経済構造の元では存続困難な企業)が延命・増加した可能性が高い※4。経営体力の弱いゾンビ企業の存続は、新陳代謝の停滞と生産性の低下のみならず、金融システム不安を引き起こす可能性もある。「起業・新陳代謝」要因が法制面との相関が強い(図表2)ことから、税制や知的財産保護などを含む起業促進策に加え、清算や事業譲渡にかかる手続き簡素化などを行うことは有効であろう。また「人的資本」との相関が強い点からは、経営人材やデジタル技術者など、ビジネスニーズに応え得る専門人材の厚みの確保や成長領域への円滑な労働移動の実現に向け、労働者のリスキリング支援策の充実やスキルベースのジョブ型人事の導入※5を推進する必要性が高い。

「グローバル化」対応力の向上

日本は財・サービス輸出比率、貿易比率の低さに加え、対内直接投資の少なさが中期的な課題となっている。特に対内直接投資の低さ少なさは、外資系企業からみた日本の魅力度(成長期待)の低さ、閉鎖性を反映している。「グローバル化」と相関の高い「法・制度・規制」面と関連して、日本でも対内直接投資拡大は重要な政策課題として認識され、「対日直接投資促進戦略」(2021年6月対日直接投資推進会議決定)などの取り組みがなされているが、大きな改善には至っていない。

一つの方向性と考えられることは、先のポイントと関わる「起業・新陳代謝の促進」であろう。Hoshi and Kiyota(2019)※6の示すところによれば、創業環境が良好な国ほど対内直接投資が多い傾向にある。法人設立の簡素化などによる起業環境の整備や、人材の国際経験の蓄積や海外からの熟練労働力の受け入れ促進なども必要であろう。

「デジタル化」「組織資本」「人的資本」の一体的改革

日本が後れを取る「デジタル化」は「組織資本」「人的資本」との相関が強い。日本の企業にとって、デジタル化により可能になる範囲を見極めた上で、それに見合った組織、人材を一体的に変革することが求められる方向である。

デジタルトランスフォーメーション(DX)を、デジタル技術を活用して価値の創出と競争優位を確保すること、と定義すれば、常に進化するデジタル技術の下、DXはビジネスや組織の在り方に継続的な変革を求める。特に日本の弱点項目である、意思決定の支援や市場動向の把握、新事業の創出、ビジネスパートナーの探索、さらには業務効率化など、デジタル化を通じた組織資本面での課題解決の余地は大きい。合わせて、人的資本面でもデジタル人材の確保、育成の仕組みを整え、質量ともに充実させることで、デジタル化、組織資本、人的資本を一体的に改革していくことは、日本の競争力向上の必要条件である。

【参考】図表1における各潜在指標と結び付けた個別指標

図表1において、競争力を規定する8つの潜在変数と結び付けた個別指標(IMD「世界競争力年鑑」2023年より取得した観測変数)は以下のとおりである。なお、各個別指標は、元データを標準化した上で使用している。
図表4 各潜在変数と結び付けた個別指標(観測変数)
各潜在変数と結び付けた個別指標(観測変数)
出所:三菱総合研究所

※1:この点は、脱炭素や地球温暖化を二次的な経営課題とみなした経営者の意識と(第1回、図表6)合致している。

※2:蓄積された知識資本は国を超えて幅広く波及する(スピルオーバー)ため、一国内の知識資本の蓄積が起業・新陳代謝や組織資本、人的資本整備の必要条件とならないこと、知識資本は研究開発からその利用までにタイムラグがあり(文部科学省(2010)や鈴木(2011)は3年程度とみている)、一時点の推計では相関関係が出難いことなどが要因と考えられる。

※3:この点は潜在変数間の相関関係を見た図表1の結果と整合的である。

※4:ポストコロナの世界・日本経済の展望|2023年5月(内外経済見通し 2023.5.18)

※5:例えば山藤(2023)
人的資本経営に求められる人材移動の在り方(マンスリーレビュー 2023年8月号 特集1)

※6:Hoshi, T. and K., Kiyota (2019) "Potential for Inward Foreign Direct Investment in Japan,"Journal of the Japanese and International Economies, 52: pp. 32-52.

著者紹介

連載一覧

地域別一覧

年別一覧