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IMD「世界競争力年鑑2019」からみる日本の競争力 第1回 IMD「世界競争力年鑑2019」の結果概観

1位に始まり30位に終わった平成日本の競争力総合順位

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2019.8.6

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術
IMD(International Institute for Management Development)が作成する「世界競争力年鑑(World Competitiveness Yearbook)」の2019年版が6月に公表された。今回の連載第1回では、同年鑑に基づき、各国の競争力の現状と推移、日本の競争力に関する現状の評価と課題につき概観する。

IMDは、国の競争力に関連する統計とアンケート調査からデータを幅広く収集し、それらに基づき作成した競争力指標を「世界競争力年鑑」※1にまとめ、1989年より公表している。ここで提示される競争力総合順位は、「企業が持続的な成長と雇用の創出を可能とする環境がどの程度整備されているか」を測るため、多岐にわたる競争力関連データから作成される。なお結果は、すべての分野を合わせた競争力総合順位のほか、4つの大分類分野(「経済状況」「政府の効率性」「ビジネスの効率性」「インフラ」)ごとの順位、さらに大分類分野ごとに5つの小分類(計20個)の順位として表される(表1)。
表1 IMD「世界競争力年鑑」の大分類項目と小分類項目
表1 IMD「世界競争力年鑑」の大分類項目と小分類項目
出所:IMD「世界競争力年鑑2019」より三菱総合研究所作成
ここで統計データは政府統計が中心(三菱総合研究所は日本の統計データ収集の支援を行っている)であり、アンケート調査は各国の企業経営者層を対象に、自国の競争力を評価してもらうものである※2
2019年版では63カ国・地域を対象に332種類のデータ(統計(143指標)およびアンケート(92指標)、背景データ(97指標))が収集された。このうち、背景データを除く235指標それぞれにつき標準偏差を加味したスコアが計算され、それらを合算した競争力指標に基づき、各分類(小分類、大分類、および総合(すべて合わせたもの))の競争力順位が定まる※3

IMD「世界競争力年鑑」における競争力順位をみる上での留意点

IMD「世界競争力年鑑」で提供される競争力指標は、多様な観点から、時系列で各国を比較できる点で有益である※4。ただし、そこで提供される指標を解釈するには以下の2点に留意する必要がある。

第一に競争力指標の元となるデータの問題である。世界競争力年鑑で幅広く収集される各データは、景気動向に伴い循環的に変動するデータ、政府や企業の対応により短期的に大きく順位が変動するデータのほか、構造的な問題により順位の変動が乏しいデータが混在している。特に高齢化や財政などの構造的な問題を抱える日本では、それらに関連する複数の指標が近年の競争力順位の低迷に影響を及ぼしている面がある。
第二に、アンケート調査の特性である。先述のとおり、IMD「世界競争力年鑑」が競争力指標を作成するにあたり使用するデータの約4割(全235指標中92指標)がアンケートデータである。アンケートは各国の企業経営者層を対象に、自国の競争力を評価してもらう形をとるため、回答者の性向にも左右される※5。日本の場合は、特にアンケートデータの構成ウエートが高い分野の競争力順位が低いことが特徴である。例えば大分類「ビジネス効率性」分野に属する小分類である「経営・プラクティス」(60位(63カ国・地域中、以下同様))を構成する全13項目のうち11項目がアンケート調査、同じく「取り組み・価値観」(51位)は構成する8項目すべてがアンケート調査となっている。
この結果からは、実際に当該項目が弱点である以外に、二つの可能性が考えられる。一点目は日本の経営者層が過度に悲観的になっている可能性である。高齢化の進展や財政赤字、潜在成長率の低下など、経済の先行きに関する不安要素のまん延が、企業マインドを悲観的にしていることが考えられる。2点目は日本の経営者層の理想が高く、現実とのギャップが大きいことが考えられる。例えば小分類「取り組み・価値観」に含まれる「柔軟性と適応性」(60位)は、具体的には「新たな課題に直面した時の柔軟性と適応性」につき、高いから低いまでを6段階で評価してもらう項目である。回答に際しては、他国を勘案せず自国の現状を評価するため、理想と現実のギャップが大きければ低評価となり得る。アンケート項目は統計には表れにくい実態をタイムリーに把握できる利点もあるが、調査結果を評価する際には上記の特徴がある点にも留意する必要があろう。
最新版(2018年版)によると、日本の競争力の総合順位は25位(63カ国・地域中)である。1位は米国であり、香港、シンガポール、オランダ、スイスがそれに次ぐ。アジア・太平洋地域で見ても日本は8位(14カ国・地域中)にとどまり、全体でもトップクラスの香港、シンガポールに加え、中国、台湾、マレーシアの順位が日本より上位に位置する(表1)。その理由は、IMDが考える競争力と、それに基づく競争力指標の構成によるところが大きい。以下では、IMDの競争力指標の構成と作成方法を概観する※2

1位から30位へ:大きく変化した平成日本の競争力順位

日本の総合順位の変遷をみると、同年鑑の公表が開始された1989年(平成元年)からバブル期終焉(しゅうえん)後の1992年まで1位を維持し、96年までは5位以内の高い順位で推移した。しかし、金融システム不安が表面化した1997年には17位に急落し、その後は一時的に上昇する時点はあったものの、基本的には20位台の中盤前後で低迷した。そして、最新版の2019年では、過去最低の30位まで落ち込んだ(図1)※6
直近2019年の総合順位をみると、1位はシンガポールであり、香港、米国、スイスがそれに次ぐ。その他の高順位国としては、欧州の中堅国や北欧諸国が挙げられる。日本の総合順位は30位(63カ国・地域中)であり(表2)、アジア・太平洋地域でも10位(14カ国・地域中)にとどまる。
図1 IMD「世界競争力年鑑」日本の総合順位の推移
図1 IMD「世界競争力年鑑」日本の総合順位の推移
出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成
表2 IMD「世界競争力年鑑」(2019年)総合順位
順位 国名 順位 国名 順位 国名
1 シンガポール (↑2) 22 マレーシア (0) 43 インド (↑1)
2 香港 (0) 23 英国 (↓3) 44 イタリア (↓2)
3 米国 (↓2) 24 イスラエル (↓3) 45 ロシア (0)
4 スイス (↑1) 25 タイ (↑5) 46 フィリピン (↑4)
5 UAE (↑2) 26 サウジアラビア (↑13) 47 ハンガリー (0)
6 オランダ (↓2) 27 ベルギー (↓1) 48 ブルガリア (0)
7 アイルランド (↑5) 28 韓国 (↓1) 49 ルーマニア (0)
8 デンマーク (↓2) 29 リトアニア (↑3) 50 メキシコ (↑1)
9 スウェーデン (0) 30 日本 (↓5) 51 トルコ (↓5)
10 カタール (↑4) 31 フランス (↓3) 52 コロンビア (↑6)
11 ノルウェー (↓3) 32 インドネシア (↑11) 53 スロバキア (↑2)
12 ルクセンブルグ (↓1) 33 チェコ (↓4) 54 ウクライナ (↑5)
13 カナダ (↓3) 34 カザフスタン (↑4) 55 ペルー (↓1)
14 中国 (↓1) 35 エストニア (↓4) 56 南アフリカ (↓3)
15 フィンランド (↑1) 36 スペイン (0) 57 ヨルダン (↓5)
16 台湾 (↑1) 37 スロベニア (0) 5 58 ギリシャ (↓1)
17 ドイツ (↓2) 38 ポーランド (↓4) 59 ブラジル (↑1)
18 オーストラリア (↑1) 39 ポルトガル (↓6) 60 クロアチア (↑1)
19 オーストリア(↓1) 40 ラトビア(0) 61 アルゼンチン (↓5)
20 アイスランド (↑4) 41 キプロス (0) 62 モンゴル (0)
21 ニュージーランド (↑2) 42 チリ (↓7) 63 ベネズエラ (0)
注:( )内は昨年順位からの上昇(↑)、下落(↓)幅を示す。
出所:IMD「世界競争力年鑑2019」より三菱総合研究所作成

次に主要国の競争力順位の変遷を中長期的にみると、2019年版で1位のシンガポール、3位の米国は長期にわたり高い順位を維持し、中国は上昇傾向となる一方、日本やドイツ、フランスは競争力順位を落としてきたことが分かる(図2)。
図2 主要国の競争力総合順位の変遷
図2 主要国の競争力総合順位の変遷
出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成

ビジネス効率性の下落が日本の総合順位低下の主因

2019年の日本の総合順位が下落した要因を探るため、4大分類による順位をみてみよう。それによると、経済状況は16位(昨年15位:以下同様)、政府の効率性は38位(41位)、ビジネス効率性は46位(36位)、インフラは15位(15位)となっている(図3)。経済状況とインフラはほぼ横ばい、政府の効率性は上昇したものの、ビジネス効率性の順位が大幅に下落したことが、今回の日本の総合順位が低下した主因である。
図3 4大分類による日本の競争力順位変遷
図3 4大分類による日本の競争力順位変遷
出所:IMD「世界競争力年鑑」各年版より三菱総合研究所作成
第2回の連載では、2019年版の小分類項目、個別項目のデータを詳細にみることで、日本の競争力構成要素の強みと弱みを明らかにし、競争力向上のためのヒントを探る。

※1世界競争力年鑑の概要については、「IMD「世界競争力年鑑」からみる日本の競争力 第1回 IMD「世界競争力年鑑」とは何か?」(2018年8月)を参照。

※22019年版の回答者数は世界計で6,039名。

※3競争力指標を構成する要素のうち3分の1は経営者向けアンケートである。なお、アンケートは各国の経営者層が、自国の状況を評価する(他国については評価しない)形をとる。よって、国民性により左右される部分があることには留意が必要である。

※4類似の競争力指標としてはWorld Economic Forum(WEF)のGlobal Competitiveness Index(GCI)や、コーネル大学やINSEADによるGlobal Innovation Indexがある。両者とも対象国は130ヶ国程度と多いが、ランキングを作成する際に使用するデータは100程度にとどまる(IMDの世界競争力年鑑では63ヶ国・地域を対象に、235種類のデータから競争力指標を作成)。

※5国ごとの回答者数は公表されていないが、全体の回答者数は6,039名である(2019年版)。

※6なお、採用される指標は随時入れ替えられているため、過去と現在の順位のみを単純に比較することは適切ではない。特に近年においては、「グローバル化」「ICT化」「人材」の3点が重視され、関連する指標の採用が増加している。

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