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VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?人材

第4回:社員研修を効果的にするには

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2023.3.9

キャリア・イノベーション本部奥村隆一

VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?

社員研修は何のために行うのか?

今回のテーマは、皆さんよくご存じの「社員研修」である。企業づとめであれば、自社が主催する研修に一度も参加したことのない方はおそらくいないだろう。ほとんどの企業において、新人研修、管理職研修などの階層別研修、営業研修、プログラミング研修などの職種別研修、あるいは、コミュニケーション研修、ロジカル研修といったスキル研修などなど、何らかのタイプの研修が行われている。

これらを企画・運営する人事部門の関心事の一つに研修効果の「見える化」がある。

よく言われている通り、研修効果の「見える化」はきわめて困難である。しかし、会社主導の研修の効果がさほど期待できないのは成人学習理論に基づけばごく当然のことである。本コラムでは、この理由を考察するとともに、効果の高い学習とは何かについて考えてみたい。

社員研修の効果に関して議論する前に、そもそもなぜ効果を明らかにすることが重要なのかについて考えてみたい。企業における研修は、社員の行動変容やスキルアップ、モチベーションの向上などを通じて、業績向上、組織文化の改善、組織改革、事業構造変革など、企業経営にプラスとなる組織目的の達成を図るための「手段」である。つまり、これらの組織的な目的を達成するために、企業は社員研修を行っている。

しかし、「企業経営にプラスとなる結果」というものは、往々にしてその結果が出るまでのタイムラグが長い。しかも、研修以外の要因によって左右されやすく、かつ、(大半の企業活動は組織で行うため)研修を受講した社員単独の評価が行いづらい。例えば、資格試験を目的とした学習のように、原因(試験勉強)と結果(合格)の因果関係が明確な場合は、効果測定は容易である。社員研修の効果測定が困難なのは、上記の通り、社員研修の実施目的が持つ特性に深く関わる。

それでも研修担当者としては、業務である以上PDCAは回さなければならない。そこで、例えば受講後に社員に対してアンケート調査を行い、「『満足度が高かった』との回答が8割で研修効果が認められた」などと社内に報告する。しかし、これでは不十分である。立教大学経営学部教授の中原淳氏は「(研修効果の把握を)研修中や研修終了後のアンケートだけで行うことはできない」と述べている。またその理由として、研修評価には「反応」「学習」「行動」「成果」の4つのレベルがあるが、満足度アンケートはこの中の「反応」のレベルしか見られないことを挙げている※1

研修の効果は、学習し、行動に起こし、何らかの成果を出して初めて把握できる。

社会人の学び=「自己主導型学習」

研修が経営目的を達成するための「手段」である以上、効果が出て初めてその価値が生まれる。経営学の領域では研修転移研究というジャンルがある。中原氏は「研修転移」を、「研修で学んだことが、仕事の現場で一般化され役立てられ、かつその効果が持続されること」と定義している。これこそが、研修を行うことの意義に他ならない。では、どうしたら「研修転移」は実現するのだろうか。

実は社員研修には、研修転移が生じにくい要因、言い換えれば効果を発現させにくい特性が内在する。その内容を把握するには、まず、社会人の学習というものが、どんな特徴を持っているのかを理解する必要がある。

アメリカの教育学者であるマルカム・ノールズが体系化した成人学習の理論は「アンドラゴジー(Andragogy)」と呼ばれ、子どもの教育を意味する「ペタゴジー(Pedagogy)」と対比されることが多い。

アンドラゴジーでは「自己概念」「学習経験」「レディネス」「方向付け」「動機付け」という5つの観点が重要なキーワードとなっている。これらの観点別にアンドラゴジー、ペタゴジーおよび一般的な社員研修の特徴を比較したのが下表である。
表 アンドラゴジー、ペタゴジーおよび一般的な社員研修の特徴
アンドラゴジー、ペタゴジーおよび一般的な社員研修の特徴
出所:渡辺洋子『生涯学習時代の成人教育学』(明石書店、2002年)を基に三菱総合研究所作成
この表を眺めてみると、社員研修は「成人学習」よりは「子どもの学習」の傾向を持っていることが分かる。とくに、注目したいのが「自己概念」と「動機付け」である。ノールズがアンドラゴジー・モデルによる学習を「自己主導型学習」と呼ぶ通り、社会人の学びには自律性(自己管理)と主体性(内発的動機)が不可欠であるにもかかわらず、社員研修の立て付けはこのどちらも欠けているのである。

社員研修の課題は他にもある。例えば研修プログラムとしては、新人研修や職位別研修といった、勤続年数と関係の深い研修や、個人情報管理やコンプライアンスなど全社員に関わる共通的なテーマの知識習得型の研修が多く、全般的にペタゴジー要素が強い。「会社が求めているから、仕方がない。受講するか」と思った時点で、研修効果は低下してしまう。この問題を解決するため、一般的な「集合研修」ではなく、社員一人ひとりにパーソナルコーチをつける、自社のビジネス課題を題材に取り上げて研修を行うなどの工夫を凝らしている企業も見られるが、全体から見ればまだ多くはない。

実は、企業も研修担当者も本音としては、昔から行われてきたタイプの集合型の研修に対して、そもそも高い効果を期待していないのではないかと筆者は思っている。そのようなうがった見方をしているのは、日本の大企業で多く見られる「メンバーシップ型雇用システム」、その能力開発のやり方と関係している。メンバーシップ型の場合、社員の能力向上には業務から離れて行う「社員研修」(Off-JT:オフザジョブトレーニング)よりも、業務遂行を通じた「OJT(オンザジョブトレーニング)」が重要視される。

業務遂行を通じた能力開発の利点は2つある。その企業の事業特性に即応したスキルを身につけやすいことと、実務を通じて育成するため、OJTが終了したときには即戦力となっていることである。通常、いわゆる企業特殊的人的資本※2、つまり所属組織における業務遂行にマッチしたスキルの向上は、これまでは「OJT」でたいてい間に合うと考えられてきた。そのため、OJTほどはOff-JTに力点を置いていないものの、さりとて社員の基本的な能力開発の取り組みとしては必要との認識で取りあえず実施してきたのが、多くの企業の実態ではないだろうか。

上記で「これまでは」と書いたのは、近年では社員研修(Off-JT)の重要性が高まっているためである。かつてキャッチアップ型経済の下では、製品やサービスの質を高めたり、機能を向上させるといった高度化に関する活動、クリステンセンの言葉を借りれば「持続的イノベーション」が求められていた。それはすなわち、企業内で保有する有形無形の「知」を深める活動であったから、OJT中心の能力開発で事足りた面がある。しかし、今日では多くの企業が不連続な環境変化にさらされている。過去の知見や経験があまり役に立たない「破壊的イノベーション」に対応するには、社員はOJTでは習得が困難なスキルや能力をどこかで身につけなければならない。そして、社員研修をより広義に捉えれば、社内にストックされていない「知」を社員が獲得するための貴重な機会になりうるのである。

そうした機会としては、国外でフィールドワークを行う現地研修や異業種・異業界の企業の社員とともに実施する合同ワークショップ研修、一定期間スタートアップのメンバーとして事業に参画する出向型研修などが上げられる。

企業内部で破壊的イノベーションを起こすには、深化型(Exploitation)の「知」よりも探索型(Exploration)の「知」が重要と言われる。企業側は社員に対して、探索型の「知」の獲得を促す社員研修を行うことが求められていると考える。

社員研修を「自分」のために使い倒そう!

一方、私たちビジネスパーソンは、社員研修をどのように捉えたら良いだろうか。せっかく会社が能力を高める機会を提供してくれるのである。一個人としては、ここはぜひともうまく使いこなすことを考えたい。

社員研修を効果的に活用するヒントは先に示したアンドラゴジーの理論に隠されている。ポイントは以下の2点である。皆さんは、すでに意識されていることかもしれないが、参考までにお読みいただきたい。

1)身近な課題と研修内容との関連性を意識する

現状の業務上、ないしキャリア上の課題解決と関係づけながら参加してみる。仕事には常に困難が付きまとう。課題発生、問題解決の連続と言える。短期的、中期的、長期的など、さまざまなスパンの業務課題があるが、それらを事前に書きとめておく。さまざまな業務上の悩みや課題のうち、どれか一つでも解決に導く上で役立つのであれば、研修参加も意義がある。

OJTでは、自分の抱えている業務を成り立たせている前提の知見や思い込みから抜けだすことは難しい。日々の業務の中で解決の糸口さえ見えないものが、「研修」という非日常の場に身を置くことで、冷静かつ客観的に見えてきて、良い打開策がひらめくということは少なくない。仕事や自身のキャリアに関する具体的な課題を意識しながら参加すれば、漫然と研修に参加するよりも、有意義な時間になるに違いない。

2)自己学習と組み合わせる

学習効果を高める上で最も重要なことは「目的の明確化」である。いったん、「社員研修」から離れて、学習することのそもそもの意味や目的を想像してみたいところである。社内で昇進したいのか、新しい部署で新しい仕事にチャレンジしたいのか、市場価値の高いスキルを身につけて転職したいのか、定年後のセカンドキャリアで起業をしたいのか、などである。何も社内に閉じて発想する必要はない。

次に、その実現のために、どんな知識や能力を身につける必要があるのかを書き出してみる。そして、その中に社内の研修を位置付けてみると、当然、「抜け」が生じるだろう。そこを自己学習で補ってみる。つまり、自己学習と社員研修を組み合わせた学びで自分の望むキャリアを実現する、という発想を行うのである。

すぐ役に立つ学びは、往々にしてすぐ役に立たなくなるものである。「すぐ役に立つ」ことを学ばせてもらえる社内研修に対して、自己学習ではあえて「すぐには役に立たないが、いつか役に立ちそう」というものを学び、両者を組み合わせることで、今のパフォーマンスを高めつつ長期的なキャリアの選択肢を広げることが可能になる。このようにすれば、より前向きな気持ちで社員研修に臨みやすくなるのではないだろうか。

社会人の学びは、子どもの頃の学習と異なり、誰に強制されるものでもなく、主体的で自律的なものであるはずである。だからこそ、熱意を持って行え、内容の理解や定着もスムーズに進みやすい。しかし、社員研修の場合はやや状況が異なる。何となく受け身になり、主体的に関われず、結果として研修効果は弱くなりがちである。

ここは一つ、企業、つまり研修を主催する側の視点を自分の中に取り込んでみるという発想を持っても良いかもしれない。第3回コラムでお話しした、メンバーシップ型の「社員が株主視点」、つまりオーナーの視点を持ちながら、一社員としてどのような活躍ができるかを考えてみるのである。会社の成長に自分が貢献するとしたら、どんなスキルや能力をその研修の中で磨き上げたいかをイメージしてみる。自分のためであることをより意識できれば、研修からより多くのことを得られるのではないか。

私自身、今まさに部門研修の最中である。皆さんにあるべき論をお伝えしているだけではだめだ。自分自身も、上記のことを心がけて研修効果を最大化してみようと思う。

※1:中原淳ら『研修開発入門 「研修転移」の理論と実践』(ダイヤモンド社、2018年)

※2:人的資本理論では人的資本は「企業特殊的人的資本」と「一般的人的資本」の2タイプに分けられる。前者は別の企業に移動しても通用するスキルや能力、後者は特定の企業でのみ有用なスキルや能力を指す。

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