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VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?人材

第1回:ニューノーマル(新常態)のキャリアとは

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2023.2.24

キャリア・イノベーション本部奥村隆一

VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?

ニューノーマル(新常態)のキャリアとは

「今の仕事を続けることで将来的なキャリアを築けるのか不安です」
(32歳男性、既婚、福岡県、銀行・信用金庫渉外、4年制大学卒、転職0回)

「部署の存続が先々どうなるか見えないのでキャリアが描きにくい」
(40歳女性、既婚、神奈川県、他に分類されないサービスの職業、4年制大学卒、転職3回)

「今やっている仕事でこれからキャリアアップできるのだろうか」
(48歳男性、未婚、東京都、総務事務、4年制大学卒、転職1回)


これらは、三菱総合研究所が2021年7月に、1万人の日本の就業者を対象に実施したアンケート調査※1に対する回答の一部である。仕事上で直面している最大の課題、あるいは仕事上で感じている悩み・不安について聞いた。

今日、私たちビジネスパーソンは、これまでにないキャリア上の危機に直面している。いかなる業界に身を置いていたとしても、人口減と年金受給年齢の引き上げを背景に就業期間は長くなる一方、会社の平均寿命は短くなり、いつ社外に放り出されても生きていける能力が求められるようになった。市場環境変化のスピードが速まり、せっかく取得した高度な固有のスキルの有効期限は短くなっている。積み重ねてきた経験こそが他者に負けない独自性を生み出すはずだが、不連続なビジネス変化は、過去の業務経験によって獲得した知見をたちまち無効化してしまう。

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)を契機とした働き方の多様化と相まって、変動性、不確実性、複雑性、曖昧性の4つのキーワードで特徴づけられる「VUCAの時代」が到来したのだ。わたしたちは、これまでの延長上でキャリアを構想することのできない「キャリア形成のニューノーマル(新常態)」を自覚する必要がある。

では、どうすればよいのか。結論を先取りすれば、「抵抗力」「回復力」「再構成力」を身につける「レジリエンス・コンピテンシー」を高める学習が打開策の一つとなる。

キャリア形成のニューノーマルとはどのようなものなのかを考えるにあたり、まず、日本人のキャリアの現状を概観してみよう。

日本人のキャリア危機の実相

日本では2021年4月1日より、ほとんどの国内企業に、従業員の70歳までの就業機会を確保する努力義務が課されることとなった。20代から働き始めるとしたら、私たちの職業人生は実に半世紀近くにわたることになる。今後少なくとも1世紀以上は続くと見込まれる少子高齢化の中で国力を維持し続けるためには、就業者が長く働ける環境整備を推し進めなくてはならない。

客観的な物言いをしているが、実は50過ぎの筆者もひとごとではなく、戦々恐々の気分である。働けど働けど年金受給時期は先送りを繰り返し、逃げ水のごとく遠のいている。自分が70歳になる頃には「定年」そのものがなくなっているかもしれない。他方、今日の年金制度には「マクロ経済スライド」という仕組みが導入されているから、現状の年金水準が将来維持される保証はない。豪勢な暮らしを望んでいるわけではないが、少なくとも生活に支障がない程度の収入を確保し続けられるのか、不安を感じながら今を生きている。

職業人生は延びる一方なのに企業の平均寿命は意外に短い。帝国データバンクは同社のデータベースに登録されている全企業の平均経営年数を37.5年としている※2。しかも、50~100年のスパンで見れば、企業の平均寿命は短くなる傾向にあるとの指摘も聞かれる。長期化する職業人生を最初に勤めた会社1社で完結させるのは、今後ますます難しくなっていくだろう。

関連するデータがもう一つある。厚生労働省の調査によると、就業女性の3人中2人、就業男性では半数以上が、転職を少なくとも1回経験していることが分かっている。さらに、就業男性の4割弱は2回以上転職を経験している※3。「日本の就業者は終身雇用」というイメージがあるが、複数の会社を渡り歩きながらキャリアアップしていく職業人生の方が主流なのである。

仮に1社の中に自身の職業キャリアが丸ごと収まるなら、その企業固有のスキルを磨けば事足りる。しかし、複数企業における就業を前提としたキャリアの場合は、磨いたスキルを他に応用するスキルも合わせて獲得していくことが必要になってくる。

当社は2021年に、職業区分別の労働需給バランスの時系列推移を予測して公表している(下図)。そこでは、たった10数年間で経済社会が求める職が様変わりする世界が示されている。具体的に言えば、生産職と事務職は100万人単位で過剰となり、職に就くのが難しくなる一方、専門技術職は200万人近く足りなくなると予測されている。しかも「専門技術職」と一口に言っても、その専門性は数年スパンで変化する。例えばデジタル技術を取り巻くトレンドは、過去10年間で、IT、AI、DXと、目まぐるしく移り変わってきた。表層的なスキルは似ているが、求められる資質や遂行能力はかなり異なる。専門性を固定化せず、柔軟に変化させていく努力が必要になる。リンダ・グラットン(Lynda Gratton)※4が指摘する「連続スペシャリストへのシフト」である。

専門技術職のみならず、事務職も生産職も例外ではない。RPA※5やロボティクスの普及・浸透が、就業者に必要とされるスキルを急速に様変わりさせている。

私たちビジネスパーソンは今、自分に合った理想のキャリアを築いていくのが難しい環境を生きているのである。
図 職業区分別の労働需給バランスの時系列推移(2015年起点)
図 職業区分別の労働需給バランスの時系列推移(2015年起点)
注:破線はコロナ危機前に三菱総研が想定していた2030年にかけてのデジタル技術普及シナリオに基づく労働需給バランス。実線は、同シナリオのうち、コロナ危機を受けて一部が前倒し実現されるインパクトを反映したもの。

出所:三菱総合研究所「データで読み解くポストコロナへの人財戦略:FLAPサイクル実現に向けて」(2021年4月)

レジリエンス・コンピテンシーを身につけよう

新たなスキルを獲得し続けることが、今の時代を生き抜く上では重要ということは分かった。しかし、先が読めないのにどんなスキルを身につければよいのだろうか。変化が速い今日、賞味期限の長いスキルを見つけるのは難しい。

そこで昨今、「レジリエンス・コンピテンシー」なるものが注目されている。レジリエンス(resilience)とは、「脆弱(ぜいじゃく)性(vulnerability)」に対置される概念であり、困難や脅威への適応を意味する心理学上の用語である。また、コンピテンシーとは、優れた成果を創出する個人の能力・行動特性を指す経営学上の概念である。この2つを組み合わせたレジリエンス・コンピテンシーは、次の6つで構成される。
表 レジリエンス・コンピテンシーを構成する要素
表 レジリエンス・コンピテンシーを構成する要素
出所:ペンシルベニア大学 ポジティブ心理学センターHPより筆者翻訳
アメリカのペンシルベニア大学はこれらのレジリエンススキルセットを獲得するプログラムとトレーナー養成モデルを保有している。そこで6万人を超えるトレーナーを育成し、世界中の100万人以上の人々にレジリエンススキルを教えているという※6。「変化に強いキャリア」は今の時代、日本に限らず世界のビジネスパーソンに求められていることがうかがえる。

では、どうしたらこのような能力が身につくのか。上記の表をご覧いただければわかるように、いずれも表層的な「スキル」というより「マインドセット」、すなわち意識の持ち方に深くかかわる能力である。知識で簡単に獲得できるものではなく、実践を重ねて徐々に高めていく必要がある。レジリエンス・コンピテンシーとは、いうなれば変幻自在に新たなスキルを獲得し続けるための基盤となる「人的資本」といえる。

もちろん専門性の高度化が不要というわけではない。社会課題やビジネス課題が複雑化し、その解決の難しさがますます高度化するなか、「スペシャリストであること」は、ビジネスパーソンとして活躍するための重要な要件になっていくだろう。過去に蓄積した知識や知見、技術などを他の領域に応用し、専門性を広げ、深めることが可能となるという意味で、レジリエンス・コンピテンシーの獲得が今、大切なのである。

次回以降、以下に掲げるテーマを取り上げ、複数回のコラムを通して、私たちビジネスパーソンが何をどのように学べばよいのか、よりよいキャリア(職業人生)を実現するにはどうすればよいのかについて、その考え方と具体的な方法を見ていく。
  • あなたのキャリア、会社任せで良いですか?
  • 自律型人材になるには?
  • 社員研修を効果的にするには
  • 「学習」とは何か
  • なぜ今、「リベラル・アーツ」なのか
  • VUCAを生き抜く「学び方」

※1:三菱総合研究所「1万人就業者調査」(2021年7月) 対象・人数:日本に住む就業者1万人/年齢:20~59歳/調査期間:7月20~27日

※2:帝国データバンク「帝国データバンクの数字で見る日本企業のトリビア」(2022年7月時点公開データ) https://www.tdb.co.jp/trivia/index.html(閲覧日:2022年7月11日)

※3:厚生労働省「平成26年版労働経済の分析」(2014年) https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/14/14-1.html(閲覧日:2022年7月11日)

※4:ロンドン・ビジネス・スクール管理経営学教授。「ワーク・シフト」(邦訳版は2012年出版、プレジデント社)、「ライフ・シフト」(邦訳版は2016年出版、東洋経済新報社)の著者。

※5:ロボティック・プロセス・オートメーション(Robotic Process Automation)の略。ソフトウエアロボットと呼ばれる事業プロセス自動化技術の一種。

※6:ペンシルベニア大学ポジティブ心理学センター「レジリエンススキルセット」 https://ppc.sas.upenn.edu/resilience-programs/resilience-skill-set(閲覧日:2022年7月11日)

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