コラム

VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?人材

第7回:VUCAを生き抜く「学び方」

タグから探す

2023.3.31

キャリア・イノベーション本部奥村隆一

VUCAの時代 あなたは生き抜けるか?

「知恵」と「見識」を獲得する学び方

今回が最終回である。まずは、これまでの内容を振り返ってみよう。第1回第2回では、私たちが過去の延長上でキャリアを構想するのが困難な時代を生きていること、よりよいキャリアを築いていくには「ありたい自分の明確化」が大切であることを確認した。第3回第4回では、自身の業務への「ジョブ・クラフティング」の適用で自律性が高まる可能性があることと、キャリア実現には会社の研修と自己学習の組み合わせが有効である点をお伝えした。第5回第6回では、「他者」を巻き込んだ学習が「知」の深化・拡大を効果的にすることを示すとともに、「リベラル・アーツ」をテーマとする学習がVUCAスキルを高めると述べた。第7回は、「正解」のないVUCA時代を生き抜くためのリスキリング(学び直し)の方法について考えてみたい。

近年の学校教育は「人生を主体的に切り拓くための学び」にシフト※1してきている。また、「探究学習」が小中学校のカリキュラムに取り入れられ、高校では必修科目になるなど、やり方を自分で考えながら学ぶ力を育む機会が広がってきている。しかし、社会人の自学自習には、学校教育に見られるような、体系的で能動的な学びのプログラムが用意されているわけでもなければ、個人に最適な学び方を発見する手助けを行ってくれる指導者もいない。非効率的かつ効果の低い方法でリスキリングを行っていても、それを自覚することは難しい。
 
それでも、知識習得型のリスキリングはよい教材さえ見つかれば、それを使って学べばよいので方法にさほど工夫の余地はない。例えば、以下のようなTips(ちょっとしたコツ)を押さえておけば取りあえず継続や定着は行える可能性が高い※2
 
  • 負担なく続けられるほど簡単な目標から始めてまずは習慣化させる
  • 行動実態を記録すること(セルフモニタリング)で改善マインドを醸成する
  • 既に習慣になっていることの直前に新しい習慣を行う など

しかし今、最も求められているのは、吸収した「知識」を「知恵や見識」に昇華させ、パフォーマンスの向上に有効な学習方法である。

ビジネスパーソンの学習体験を塗り替える「TICモデル」

定型的な業務はITで効率化されたり、AIにより自動化されたりして縮小し、代わりに非定型的な業務の比重が増している。上司から与えられた仕事をきちんとこなすだけでは十分でない。自分に与えられたミッションを果たすために必要な仕事は何かを自ら考え、創出・定義し、自律的に行動することの重要性が高まっている。

このような仕事内容の変化に適合した学び方を知る必要がある。そのためには、一見無関係で断片的な知識の束を構造化し、自分独自の認識の枠組みを作り出す思考プロセスが求められる。そこで、当社は経験学習理論、成人学習理論等の既存の教育理論や学説を複数組み合わせた独自の学習体験モデル(TICモデル)を提示している。これは次の3つの要素からなっている(図表1)。
図表1 MRI版学習体験モデル(TICモデル)
MRI版学習体験モデル(TICモデル)
出所:三菱総合研究所

1)出会い(Trigger)

学習は、教材がその個人に関連があるものであったり、既知の事柄に結びつけられたりするときに、より促進される(J.Daines, C.Daines, B.Graham, 1988)と言われている。ただし、「関連性の要素」に特段の制約はない。例えば、仕事に関する価値観※3の似ている人や、考え方や意見・主張の近い人の存在と、その学習内容を知ることや、自分の強みを高める可能性のある学習コンテンツの提示を受けることなども、リスキリングの開始ないし継続の重要な契機になる。

2)知のストックと活用(Insight)

経験に基づいた学習プロセスは、①「具体的な経験」から②「内省的な観察」を行い、③「抽象的な概念化」を経て、④「積極的な実験」に進むステップを踏むとされる(D.Kolb,1984:経験学習モデル)。

学習も「経験の一種」と捉えれば、経験学習モデルを学習体験そのものに適用することも可能といえる。このような観点に立てば、上記の①「具体的な経験」は「学習行動」と読み替えることができる。また、図表1の「『気づき』の抽出」は②、「知の構造化」は③、「実践」は④に対応する。

また、学習が役に立ち、かつ学習によって何か報われることがあることに気づくと、結果的に、課題を継続しやすくなると言われている(J.Daines, C.Daines, B.Graham, 1988)。

学習から生きた「知」を獲得する上で大切なのは、第一に、「学習」という経験を通じてどんな「気づき」を得たのかを内省し、忘れないうちにストックし、定着させて、いつでも振り返られるようにすること、第二に、それらの気づきを組み合わせて構造化したり、自分の過去の経験やそこから紡ぎあげた知見と関係づけたりして、オリジナルな概念、つまり「知恵や見識」にしていくこと、第三に、それを実務などに適用してみて振り返り、新たな気づきを得ることである。

読書、動画コンテンツの視聴、集合研修への参加など、学習媒体を問わず有効である。手間はかかるが、一つひとつの学習体験の数倍の効果が得られるようになる。

3)思考の共有(Communication)

私たちは自分の関心や「認識の枠組み」を他者のそれと対比し検証しながら修正していく(J.Mezirow,1991)。気づきを組み合わせて得られた「知恵や見識」は、学習を通じて獲得した新たな「認識の枠組み」でもある。しかし、同じ教材であっても学ぶ中身は十人十色であるから、他者の構築した「認識の枠組み」とは必ずしも同一とは限らない。つまり、他者の考えは自分の考えをグレードアップさせる教材になりうるともいえる。自分の考えを発信(アウトプット)する前提で学習すると、上記「2」における定着(インプット)の効果も高まる。加えて、他者の考えを理解しようとすることで、私たちの思考はより研ぎ澄まされ、強靭(きょうじん)なものになる。

リスキリングの継続と定着を促す学習支援システム

すき間時間を使い、比較的安価な料金で自己学習を行えるビジネスパーソン向けのオンライン学習サービスが、とくにコロナ過以降、急速に普及しつつある。

例えば、グロービス経営大学院が保有するビジネスナレッジを学べる動画サービス「グロービス学び放題」の有効会員数は2022年1月時点で21万人と、それまでの2年間で3.5倍以上に増えた。無料の動画授業をオンライン上でライブ配信している「Schoo」の会員数は2019年に約43万人だったが、2022年10月には約78万人へと1.8倍の増加を示している。LinkedInがビジネスパーソン向けに提供するオンライン学習サービス「LinkedInラーニング」も2021年までの1年間で利用者数が1.4倍に伸びている。第6回で紹介したKDDIのリベラルアーツプログラムをはじめとして、サービスメニューも拡充・多様化している。

本は「読む」という能動的な行為が必要だが、オンライン学習の場合は音声と動画が耳と目に流れ込んでくるため、学び手の労力は少ない。しかしその分受動的になりがちで、学んだことを忘れやすく、かつ、内容の理解も深まりにくい面がある。その結果、せっかく学んで得た「知」を仕事や生活に活かせない。気軽に始められる分、継続させるのが難しいという課題もある。

こうした、ビジネスパーソンによるリスキリングの継続と学習内容の定着がなかなか進まないという社会課題を解決するため、当社では先にご紹介した「TICモデル」を具現化した、独自のオンライン学習支援システムを開発中である。

本システムは「TICモデル」の3要素にそれぞれ対応する3機能で構成される(図表2)。 

パーソナル・レコメンドでは、オンライン学習を開始するきっかけを提供するほか、次に学ぶべきコンテンツの発見を後押しする。ナレッジ・アンカリングでは、断片的な知識を構造化し、知恵や見識に高めるよう促すための仕掛けが、学習内容の理解と定着を深める効果を持つ。コミュニティでは、他者とともに学ぶ環境を創出することにより、オンライン学習の継続性を高め、習慣化を促す効果が期待される。これら3つの機能を組み合わせ、「新たな学習サービスの体験」としてユーザーに提供することにより、オンライン学習が持つ「継続」と「定着」の2つの課題の解消と、それによる効率的かつ効果的なリスキリングの実現を図る。
図表2 MRI版学習支援システムの概要
MRI版学習支援システムの概要
注:サービス内容は現時点の予定であり、今後変更の可能性がある。
出所:三菱総合研究所
このたび本システムの効果を検証し、改善点・改良点を明らかにする実証実験を行っている。期間限定(2023年3月31日~5月31日)で、KDDIとイーオンが提供するリベラルアーツプログラム上で利用できる。体験版のため限定的な機能実装にとどまるが、ぜひ試していただきたい。

実証実験への参加に関しては、下記のリベラルアーツプログラムサイト内における本システムの実証案内バナーをご覧いただきたい。

本コラム第1回で言及した「ニューノーマル(新常態)のキャリア」とは、外部環境の変化に対応しながら、「ありたい自分」に向かって自身を変化させ続けるキャリアである。その達成には、自己実現に対する強い意志と生涯にわたる成長の努力を必要とする。「安定性」は低いが、その分「自由度」は大きい。業界の垣根は崩れ、新たなサービス、新たな業態、新たなビジネスモデル、新たな職業が次々に生まれてくる時代だ。白いキャンバスに絵を描くごとく、キャリアの可能性は無限大といえる。

※1:文部科学省(2016年12月6日)中央教育審議会 初等中等教育分科会 資料1 教育課程企画特別部会 論点整理
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364316.htm(閲覧日:2022年11月1日)

※2:読書猿『独学大全』(ダイヤモンド社、2020年)を参考に作成した。

※3:米国の心理学者ジョン・L・ホランドの「キャリア・ディベロップメントモデルの理論(ホランド理論)」によると、人の職業的興味は、現実的(Realistic)、研究的(Investigative)、芸術的(Artistic)、社会的(Social) 、企業的(Enterprising)、慣習的(Conventional)の6つのタイプに分けられる。

関連するサービス・ソリューション

連載一覧

関連するナレッジ・コラム