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シリーズ「空港」第2回:持続的な燃料「SAF」利用拡大への期待

航空分野のカーボンニュートラルに向けて

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2023.7.18

スマート・リージョン本部磯野文暁

サステナビリティ本部久賀潤也

POINT

  • 航空燃料のSAF置き換えは割高であっても必要不可欠。
  • 欧米では国や空港会社が調達費の一部を穴埋めする例も。
  • 日本でも官民が連携して調達推進に向けた制度化検討を。

生産不足でもカーボンニュートラルに不可欠

航空分野におけるCO2排出量の削減策として、バイオマスや廃棄物などを原料とするSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)を従来の化石燃料に代えて使うための研究開発やサプライチェーン構築が、産学官連携で進められている。

欧州航空安全機関(EASA)の「European Aviation Environmental Report 2022」によれば、2020年の欧州連合(EU)域内のSAF需要に対する供給量は0.05%以下にとどまっている。安定的な原料調達が困難であることや製造技術が未成熟であることに伴う生産不足が価格高騰を招き、航空会社による調達を妨げる悪循環をもたらしている。

SAF以外のCO2排出量削減策として、電動航空機や水素航空機など次世代航空機の研究開発も進められている。しかし、国際民間航空機関(ICAO)による長期的見通しでは、設定された3シナリオのうち、水素航空機の導入など技術革新が進む最も野心的なシナリオにおいても、SAFは必要不可欠である(図1)。
図1 世界全体のSAF等脱炭素ジェット燃料導入量の長期的な見通し
(ICAO-LTAGの最も野心的なシナリオ)
世界全体のSAF等脱炭素ジェット燃料導入量の長期的な見通し
出所:国際民間航空機関(ICAO)「LTAG Report Appendix M5 Fuels」、P5、2022年3月
https://www.icao.int/environmental-protection/LTAG/Documents/ICAO_LTAG_Report_AppendixM5.pdf(閲覧日:2023年2月14日)

欧米では国や空港会社が調達支援

航空機の運航には、燃料費、整備費、人件費、グランドハンドリング委託費、空港使用料、保険料等のさまざまな費用が必要となる。このうち最も負担が大きいのが燃料費で全体の2~3割を占める。日本航空2019年3月期決算資料によれば、コロナ禍以前の運航状況で全営業費用1兆3,111億円のうち、燃料費が2,512億円と全体の19%を占めている。

現状、SAFは従来のジェット燃料(JET A-1)と比較して2~16倍の製造コスト※1が必要である。仮にコスト増分すべてを航空会社が負担する場合、燃油サーチャージとして利用者に転嫁され、航空輸送を通じた交流や経済活動の抑制といった負の影響をもたらすことが懸念される。

欧州の一部の主要国際空港では、航空会社のSAF調達費用を空港会社が穴埋めするインセンティブが導入されている(図2)。世界的な生産量不足の状況下において、航空会社の調達をバックアップし、自空港への供給を増やす狙いがあるとみられる。

米国においても、SAF税制優遇、クリーン燃料税制優遇策が盛り込まれたインフレ削減法(Inflation Reduction Act of 2022)が2022年8月に成立し、国や空港会社がSAF導入によるコスト増分を一部負担する動きがある。
図2 各空港のSAF使用に関するインセンティブプログラム
各空港のSAF使用に関するインセンティブプログラム
出所:各空港サイトの情報を基に三菱総合研究所作成

ロンドン・ヒースロー空港:
https://www.heathrow.com/content/dam/heathrow/web/common/documents/company/doing-business-with-heathrow/flights-condition-of-use/conditions-of-use-documents/LHR_SAF_Incentive_2022_Guideline.pdf(閲覧日:2023年2月14日)
Swedavia AB:
https://www.swedavia.com/contentassets/27ccd93d09b8494a952af82b8f648f5e/saf-incentive-programme-2023.pdf(閲覧日:2023年2月14日)
オランダ・スキポール空港:
https://acn.nl/sustainable-aviation-fuel-saf-incentive-schiphol-2/(閲覧日:2023年2月14日)
デュッセルドルフ空港:
https://www.dus.com/-/media/dus/businesspartner/aviation/entgelte-und-regularien/pdf/duesseldorf-airport-tariff-regulations_01012023.ashx(閲覧日:2023年2月14日)

2030年に向けた国内調達で1兆円規模のコスト増

日本では日本航空と全日本空輸が共に、2030年までに全搭載燃料の10%をSAFに置き換える目標を掲げている。また「国際民間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム(CORSIA)」に対応して日本での給油が想定されるSAF量(国内外の航空会社合計)は、2030年に約420~790万キロリットル(kl)※2と試算される。こうした想定量を踏まえ、燃料を供給する側の事業者は、国内外施設における製造と供給の拡大を進めている。

2030年SAF想定量を実現するには、追加的なコスト負担が必要となる。仮に、JET A-1の製造コスト単価が1リットル当たり100円、SAFが同500円と仮定すると、1.7~3.2兆円の製造コスト増が試算される。現在、世界中で製造所建設が急速に進められており、今後製造コストは低下すると期待されるものの、国内でのSAF調達にあたっては1兆円規模のコスト増が見込まれる。

官民連携で調達推進の制度化検討を

今後はSAFの国内での大量生産や海外からの輸入体制構築を通じ、製造コストの低減を図ることが重要である。

また、SAF調達の目的が、国内だけでなく世界の気候変動への対応、化石燃料依存からの脱却といった社会課題解決への手段の1つであることを踏まえると、コスト増分をすべて航空会社に負わせ、燃油サーチャージとして利用者に転嫁させることは必ずしも適切ではない。

SAF調達の目標達成までに十分な時間的猶予はない。コロナ禍からの回復傾向にある航空需要を踏まえると、今こそ必要性を訴えかけ、SAF調達を加速させる良い機会である。

SAF関連産業の成長を導くには、航空会社だけではなく、空港会社、燃料製造・供給会社などの各事業者に加え、国、地方公共団体や一般消費者を巻き込んだ経済社会システム変革が不可欠である。こうした変革をもたらす制度化や費用負担、価格転嫁の在り方を官民が連携して検討し、SAFの安定的な原料調達やサプライチェーン全体のコスト低減などを通じ、導入支援を推し進める必要がある。

※1:第1回持続可能な航空燃料(SAF)の導入促進に向けた官民協議会 資料3 事務局提出資料(経済産業省 資源エネルギー庁)、P5、2022年4月
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/saf/pdf/001_03_00.pdf(閲覧日:2023年5月31日)

※2:第2回航空機運航分野におけるCO2削減に関する検討会 資料1 事務局説明資料(国土交通省 航空局)、P28、2021年5月 に基づき三菱総合研究所作成。
https://www.mlit.go.jp/common/001407977.pdf(閲覧日:2023年5月31日)
注:上記資料では、日本での給油SAF量は2030年時点約250~560万キロリットルと試算されている。ただし、この時点ではオフセット量算定の基準となるベースラインは2019年CO2排出量であったが、第41回ICAO総会(2022年10月)において2019年CO2排出量の85%に変更された。その変更を加味すると約420~790万キロリットルとなる。