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経営戦略とイノベーション経営コンサルティング

働き方改革 第4回:ポストコロナの働き方を加速する人材マネジメントDX

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2021.1.6

経営イノベーション本部片山 進

経営戦略とイノベーション

データに基づく人材マネジメント(=人材マネジメントDX)は重要だが、実現できていない

組織パフォーマンスを最大限に発揮するための要点が人材マネジメントである。これまでの数々の調査研究から一般論としての知見は高まっている。しかし、いざ自社に当てはめた個別論になると、途端に困難を伴う。希少な人材(AI人材、起業経験者など)の採用や発掘、個人の特性や志向に応じたテーラーメイドの人材育成やキャリア支援、イノベーションを起こすための組織風土づくりなど、事業の拡大に資するための施策を進めようと思っても、手掛かりとなる情報がなければ、なかなか成果には結びつかない。

以下の質問に正確に答えられる人事担当役員がどれだけいるだろうか。
「新しい人材育成プログラムによって従業員の具体的な行動に変化があるか?」
「当社の優秀な営業パーソンはどのような行動を取っているのか?」
「他部署との連携が活発な部署はどこか?どのようなリーダーシップがその活動を支えているのか?」

このように自社にとっての個別論をデータに基づいて検討するためのプロセスが人材マネジメントDX※1であり、欧米の先進企業を中心に活用が広がっている。

最も有名な事例の一つがGoogleの取り組みであり、書籍「ワーク・ルールズ!」(東洋経済新報社)に、採用プロセスから評価プロセスまで同社がどのようにデータを集め、分析し、改善したのかが詳細に示されている。従業員5,000名以上の大企業を対象としたグローバルな調査では75%が人材マネジメントDXについて「取り組み済み」「取り組み予定」と回答したという調査もある※2

一方、日本企業での導入はまだ少なく、みずほ情報総研の2019年12月の調査によると「実施している」「実施を検討している」の割合は合計で23%程度であった※3。タレントマネジメントシステム※4の導入は進んでいても、具体的な施策への活用は不十分という企業も多いのではないか。

テレワークへの移行は人材マネジメントDX実現の一大チャンス

その理由として、データ不足と組織力不足の2点がある。

そもそも、人材マネジメント領域では使えるデータが限られている。例えば従業員のコミュニケーションのログとして追えるデジタルデータは、せいぜいメールの送受信履歴程度であろう。立ち話でのちょっとした会話、紙資料で実施したディスカッションなどはアナログ世界に閉じており、データ分析の対象とすることが難しかった。デジタルでのコミュニケーションや成果物が多いIT企業に人材マネジメントDXの活用事例が多いのも、この理由であろう。シンプルな残業時間分析一つとっても、隠れ残業や、オフラインでの作業など、データの質を乱す因子が多すぎて信ぴょう性の高い分析ができない、という声も聞く。

しかし、コロナ禍を契機にしたテレワークの急拡大により、状況は一変した。例えば従業員間のコミュニケーションでも立ち話はなくなり、ログデータが残るチャットや電話に移行した。人材マネジメントDXの分析に必要なデータは蓄積されつつある。詳細は本コラム第3回(コミュニケーションマイニングで変わるポストコロナの働き方)に譲るが、人材マネジメントの分野に限らず、DXに必要なデータ蓄積という意味で、テレワーク拡大は明らかに追い風である。

人材マネジメントDXは既存組織では対応が難しい。組織を新設し、全社一丸で対応を

それでは、データが蓄積されれば人材マネジメントDXは実現できるだろうか。筆者の見解は否定的である。なぜならば、人材マネジメントDXを実行するための組織が、多くの日本企業には存在しないからだ。欧米企業(特に米国企業)と異なり、日本企業の人事部は統制機能としての側面が強く、戦略パートナーとして事業を支援する能力に欠けていることが多い。

人材マネジメントDXを実現するためには、図1に示すとおり、「戦略思考力」「仮説構築力」「データ分析力」「データ収集力」「変革実行力」が不可欠と考える。既存の日本企業ではその能力と権限が別々の部署に分散している。特に「戦略思考力」と「変革実行力」に乏しいチームが人材マネジメントDXを担当した結果、システム導入ありき、分析ありきになってしまう事例が散見される。タレントマネジメントシステムを導入したものの、想定した効果が見えずに取りやめるという事例が典型的である。
図1 人材マネジメントDXを実現するための能力は分散している
図1 人材マネジメントDXを実現するための全ての能力を有する専任組織・タスクフォースを作る重要性
出所:三菱総合研究所
そこで、人材マネジメントDXを実現するためには、各部署から知見を集めた専任組織・タスクフォースを作ることが望ましい。

その際、人事データの取り扱いが可能な組織体であること、経営層と直接対話できる組織体とすること、の2点を担保した組織設計を行う必要がある。

人材マネジメントDXはその特性上、さまざまな従業員のデータ(評価、異動履歴など)を収集する必要がある。そのため人事データを閲覧できる権限を持つ組織体でないと実務上の不都合が生じる。

また、図1が示すとおり、人材マネジメントDXには変革実行力が不可欠である(そもそもDXとはデジタル“変革”の略語である)。データに基づく分析は、往々にして、見て見ぬふりをしていたふたを開けることになる。そのような物議を醸す議論に対して根拠を示せるところがデータに基づく人材マネジメントの強みでもあるが、実際には経営層の後ろ盾なくして、人材マネジメントDXを進めることは困難である。タスクフォースの組織上の位置付けは、人事データの取り扱いやすさを考えると人事部の配下とするのが自然だが、既存の保守的な人事部の悪影響が心配される場合はその限りでない。むしろ経営層直轄の組織とした方が良い。この辺りの具体的な組織設計は各社の事情を勘案して行うべきである。

なお、具体的に人材マネジメントDXを行うためにはITの力が不可欠である。一例を挙げると、MicrosoftはMicrosoft365(旧Office365)ユーザーを対象にWorkplace Analyticsという分析パッケージを提供している。このパッケージを利用することで、メール、チャット(Teams)、スケジュール情報を横断的に分析することができる。

具体的には、
  • その日の最初と最後の行動記録から取得する「みなし労働時間」
  • メール・会議にかかる時間から集計された「コラボレーション時間」
  • コミュニケーション相手の人数と部署数が分かる「社内人脈」
  • 部門間のコミュニケーション比率が分かる「組織間コラボレーション」
  • 在宅勤務における人材マネジメントとして必要性が叫ばれている上司と部下の「1on1ミーティング(一対一の会議)」
などを、可視化することができる(図2は「組織間コラボレーション分析」のイメージ図)。
図2 人材マネジメントDXの分析例(組織間コラボレーション)のイメージ
図2 人材マネジメントDXの分析例(組織間コラボレーション)のイメージ
出所:日本ビジネスシステムズ株式会社より提供
これらは、在宅勤務の浸透により見えなくなった働き方を可視化するのに十分なエビデンスとなるだろう。

例えば、コロナ禍以降、在宅勤務が続き、これまでオフィスで自然発生していた自組織外とのコミュニケーションが減っている、新しいアイデアの発想・知恵出しや、組織の求心力維持に悪影響があるという声をよく耳にする※5。そうした環境下でも、良いマネジャーは他部門との交流を促進し、部下の視野をなるべく広くするように心がけているであろう。図2のような組織間コラボレーション分析を行うことで、優良なマネジャーを抽出し、その具体的な行動をヒアリングすることで、そのノウハウを横展開することが期待できる。

※1:ピープルアナリティクスと呼ばれることもあるが、分析にとどまらず変革を実行するという意味を込めて本稿では人材マネジメントDXで統一する。

※2:AI時代における人事の新機軸「ピープル・アナリティクス」
https://www.oracle.com/a/ocom/docs/dc/peopleanalyticsinaiera-report.pdf(閲覧日:2020年10月6日)

※3:みずほ情報総研「ピープルアナリティクスの“いま”と“これから”」
https://www.mizuho-ir.co.jp/publication/report/2020/pdf/mhir19_pa.pdf(閲覧日:2020年10月6日)

※4:タレントマネジメントシステムとはこれまで個別に管理されていた人材に関する情報を一元管理するためのシステム。三菱総合研究所が株式会社マイナビと共同開発した crexta(クレクタ)(https://hrd.mynavi.jp/crexta/) がその一例。

※5:例えば以下の記事でも独自アンケートの結果から(雑談を含む)同僚とのコミュニケーションに難があるとの指摘がある。
日経クロステック「テレワークの「新たな課題」ダントツ首位はあれ、独自調査で判明」
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01471/111600002/(閲覧日:2020年12月15日)

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