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社会・経営課題×DXデジタルトランスフォーメーション

DX時代のデータ活用戦略  第5回:「売れる工事現場」は看板を見ればわかる?

三菱総研DCS事例にみる新規事業創出のための「外部データ活用のポイント」

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社会・経営課題×DX
「現代はVUCAの時代」といわれて久しい。近年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行やウクライナ情勢の緊迫、Web3の進歩などがこれに拍車をかけている。こうした状況において企業は、既存事業の強化とデジタルを活用した新規事業創出を両立させる「両利きの経営」の重要性をより一層強く意識する必要がある。

本連載では、これまで1to1マーケティングや自社データ外販など、外部データ活用の可能性を感じられる事例を紹介してきた。今回は、当社のグループ会社である三菱総研DCS(以下、DCS)が取り組んだ『PECO navi TOKYO』の事例を基に、新規事業創出における外部データ活用のポイントを解説する。

幅広い外部データを活用する『PECO navi TOKYO』

『PECO navi TOKYO』は、DCSと戸田建設が共同開発したデータ活用サービスであり、東京都主催の「都知事杯OpenData Hackathon2021」※1にて最優秀作品賞を獲得している。

『PECO navi TOKYO』は、工事現場に来る労働者の人数を予測して、キッチンカー事業者に昼食が多く売れそうな場所を示すサービスであり、工事現場での「昼食難民」減少と、キッチンカー事業者の商機拡大につながる。

サービス提供のため、主に3つの外部データを利用している。第1に工事現場の看板情報、第2に工事現場の就労人数実績、第3にイベント情報である(図1)。
図1 『PECO navi TOKYO』に利用している主なデータ
『PECO navi TOKYO』に利用している主なデータ
出所:都知事杯OpenData Hackathon2021 ToDCS発表資料を基に三菱総合研究所作成
まず、看板情報には、工事の規模感がわかる詳細な情報が記載されている。例としては、建築物の面積や高さ、工事期間、建築主が挙げられる。工事に際しては自治体に標識設置届を行ったうえで、現場に掲示する必要がある。本サービスでは、東京都が管理する標識設置届を利用し、予測対象となる工事現場の情報を収集している。

次に、就労人数実績は、戸田建設が過去に手掛けてきた工事における日別の就労者数情報である。この情報を基に機械学習を行い、就労人数や推移を予測している。

そしてイベント情報は、自治体が公開しているデータセットであり、地域のお祭りといったイベントの動員数や開催時期などがわかる。「PECO navi TOKYO」では、工事現場に限らず、一時的な需要が発生するイベントの動員数情報も提供している。

なお、この3つはいずれも、第3回コラムで紹介した「主たる目的のために収集されたデータを、他の目的に転用して利用」しているデータであり、オルタナティブデータに該当する。

このように『PECO navi TOKYO』では、内外問わず幅広いデータを利用しているのが特徴だ。以降は、本サービス開発における外部データ活用のポイントを3つ挙げたい。

外部データの価値を高める3つのポイント

ポイント1:データの新規性ではなく提供価値を追求する

外部データには、目新しい内容や自社では到底集められないデータ量など、可能性を感じさせる魅力がたくさんある。ただし、新規性のあるデータを利用しても、課題を解決できず「面白いね」で終わってしまうことも少なくない。

本サービスでは、標識設置届(工事現場の看板情報。図1左側参照)というデータを活用している点が着目されがちだ。しかし、サービスが提供する価値は「食事に困っている現場労働者と売れる場所がわからないキッチンカーのマッチングを促す」ことであり、看板情報を活用したことが本来の価値ではない。

データ活用では、課題や実現したい姿をあらかじめ明らかにしたうえで、その手段としてどのようなデータを利用できるかを検討することが基本となる。本サービスでも、人が集まる場所、つまり「売れそうな場所」の予測のために看板情報を選んだに過ぎない。目新しいデータを見つけることよりも、解決したい課題や実現したい姿を明確にすることのほうが大切だ。

ポイント2:きれいな外部データばかりではない

解決すべき課題や必要なデータが明確になっても、必ずしも欲しいデータが直ちに入手、活用できるわけではない。

本事例で用いた標識設置届に関しても、各自治体で情報公開についてのポリシーや手続きが統一されておらず、紙で保管されていた設置届の電子化が必要であった。他にも、建物の用途欄の書き方が各社でまちまちであったためデータの中身を一つひとつ確認して様式をそろえるなど、データが利用できるまで多くのハードルをクリアする必要があった。

外部データを利用する際には、あらゆる角度からその内容を確認することが大切だ。特に取得可能な期間や更新の内容については、データの形式を問わず確認しておきたい。必要な期間のデータが存在しなかったり、複数回取得した際に重複が発生したりするなどの問題の発生が考えられるからである。

また、本事例のように電子化されていない場合は、収集に多くの時間と手間がかかる※2。さらに、基礎集計や可視化を通して、収集データの属性の偏りや欠損値の頻度などを確認することも忘れてはならない。「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れたらゴミが出てくる)」という言葉に代表されるように質を担保することが、外部データ活用の成否を分けることを意識してほしい。

ポイント3:内部データと組み合わせることで価値を発揮させる

外部データは非常に有用だが、それだけでは大きな価値を生み出すことは難しい。

本サービスでは、東京都が保有する標識設置届の情報と戸田建設が保有する自社工事の実績データを組み合わせることで、東京都で行われる大規模工事の就労者数を予測するモデルを構築した。標識設置届にはモデル構築に必要な就労者数の情報は含まれていないため、戸田建設による大規模工事の就労実績を利用した。こうした資産を活かすことで独自のサービスを開発できたといえるだろう。

外部データの活用にあたっては、自社のもつ事業やデータの価値はなにかを見極め、どう組み合わせることでその真価を発揮できるかを検討が必要である。

自社のポテンシャルを引き出すために

『PECO navi TOKYO』の事例を通じて、新規事業の創出に注目した外部データ活用や課題について解説した。課題設定や最終活用イメージを意識し、自社の強みを認識することで、はじめてデータの価値を発揮させることが可能になる。本コラムが、貴社のもつ資産のポテンシャルを引き出すきっかけになれば幸いである。

適切なデータの入手やデータのもつ価値の精査などに関する困りごとがあれば、当社およびDCSにご相談ください。

※1:市民を主体とした「シビックテック」や民間企業などが行政保有データを活用した新サービスを創出することで、行政課題の解決や都民のQOL向上につなげることを目的とした東京都主催のハッカソン。
https://odhackathon.metro.tokyo.lg.jp/
ハッカソンとは、プログラミングに取り組むという意味の「ハック」と、「マラソン」を組み合わせた造語。システム開発に携わるチームが短期間でアイデアや制作物の優劣を競い合うイベントを指す。

※2本サービスを機に、東京都から標識設置届情報がオープンデータとして公開された。
https://www.toshiseibi.metro.tokyo.lg.jp/kenchiku/hunsou/hunsou_01.htm

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