コラム

3Xによる行動変容の未来2030最先端技術

V-Tec/メタバースの活用に向けて 第3回:デジタルツイン的メタバース

仮想都市でアバター同士が会話する未来

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2023.10.3

先進技術センター齋藤達朗

3Xによる行動変容の未来2030
メタバースとデジタルツインはどちらも、コンピュータが作り出した「バーチャル空間」を利用する技術です。ただし、それぞれが対象とする空間の目的や設計思想が異なる別物といえます。

その一方で、メタバースとデジタルツインの接点となる空間は確実に存在します。われわれはそれを“デジタルツイン的メタバース”と命名しました。今回、デジタルツイン的メタバースの類型化と、この空間で実現できる体験を解説します。

「メタバース」と「デジタルツイン」の接点、“デジタルツイン的メタバース”

現在、メタバースの産業応用が注目されています※1。これとは別に産業用にバーチャル空間を活用するものとしてはデジタルツインが挙げられ、当社でも取り組んでいます※2※3※4。両者の違いを簡単に解説します。

類型別のメタバースの詳細、要素技術については第1回第2回で説明を加えましたが、一般的にはメタバースの定義はあいまいです。政府の「骨太の方針」では、「コンピュータやコンピュータネットワークの中に構築された、現実世界とは異なる3次元の仮想空間やそのサービス」と記されています。当社はメタバースを「アバターに代表されるエージェントを含む共有空間」と認識しています。これに対しデジタルツインは「オブジェクトや場を再現・再構成する空間」となり、全く違う空間といえます(図1)。つまり利用者の分身たるアバターを重視するか、それとも現実空間の写し絵として建造物や家財、ロードサイドの設置物などの再現を重視するのかによって、2つの空間は全く異なる効果を利用者に与えることになるのです。

一方で、両方を満たす接点となる空間は確実に存在し、われわれはこの空間を“デジタルツイン的メタバース”と命名しました。今回、デジタルツインとメタバースを比較して、その2つの技術の接点を分析することにより、“デジタルツイン的メタバース”の特徴を整理しました。
図1 バーチャル空間におけるメタバースとデジタルツインの分類
バーチャル空間におけるメタバースとデジタルツインの分類
出所:三菱総合研究所

デジタルツイン的メタバースとなるバーチャル空間の特徴

まず、メタバースとデジタルツインに使われるバーチャル空間の特徴を類型化しました。

デジタルツインでは目に見えないほど小さいものから地球規模の大きさのものまでが再現する対象として扱われます。つまり目的次第で利用空間の規模が変わるということです。

一方、メタバースではバーチャル空間とリアル空間の同時性(時間的な連続性)が重要になります。そのため、横軸にバーチャル空間の大きさ(空間規模、ここでは目安として距離「m」で表現しました)、縦軸にデータ更新にかかる時間間隔をとり、個々のデジタルツインの事例をプロットし、メタバースと使われる空間を比較しました(図2)。
図2 デジタルツインにおけるバーチャル空間の空間的・時間的特徴
デジタルツインにおけるバーチャル空間の空間的・時間的特徴
出所:三菱総合研究所
デジタルツインに活用されるバーチャル空間は空間規模のみならず、データ更新の間隔に関しても0.01秒以下のものから数時間以上のものまでさまざまな範囲で利用されていることがわかります。

特に更新間隔が長いものとしては、高度な分析や予測など、たとえ時間がかかったとしても結果を得る必要があるような、高価値用途があります。一方で、メタバースに使われるバーチャル空間は、空間規模的にも時間間隔的にも範囲が限られます。空間規模としては、少なくともアバターと同等の規模の空間が必要となります。また、アバターが違和感なくお互いを認識するために、大きくても数km相当までしか活用できません。データ更新の時間間隔については、0.01~0.1秒の更新間隔となるものがほとんどです。これは、私たちが同時性を感じることができる更新間隔が上記の範囲となるためです。

デジタルツイン的メタバースは、これら二つの技術のどちらにも活用できるバーチャル空間で存在すると考えられるため、メタバースと同等の空間規模・同時性の空間を使う必要があります。

ヒトがいてもメタバースとならないデジタルツイン

ここで、メタバースと同等の空間規模・データ更新間隔を持つデジタルツインのすべてがメタバースとなるわけではありません。例えば旭化成が手掛けた化学プラント(アルカリ水電解システム)のデジタルツイン「FHER」※5が挙げられます。目的としては、工場の運用や保守保全の高度化に用いられます。この事例ではバーチャル空間内でコミュニケーションがなされることはなく、メタバースとはいえません。

デジタルツインとメタバースの関係をより明確にするために、バーチャル空間内でのコミュニケーションにおける重要要素としてアバターに着目し、デジタルツインを分類しました(表1)。アバターが存在するデジタルツインの代表的な事例はデジタルツイン渋谷です※6。ここでは、渋谷で実際に営業している店舗がバーチャル空間に再現され、さらに利用者や店員もアバターとして存在します。

この事例は渋谷のある一面の再現という点ではデジタルツインであり、また、アバターのコミュニケーションという点ではメタバースとなるため、デジタルツイン的メタバースといえます。

一方で、人がいてもメタバースとならないデジタルツインも存在します。例えば、米半導体大手のNVIDIAのデジタルツインサービス、「Omniverse」により再現されたBMWの工場です※7。この事例ではバーチャル空間の中にヒトが存在するため、一見メタバースに見えます。しかし、厳密にはメタバースとはいえません。なぜなら、ここでのヒトとはヒトの大きさや動きを模倣したオブジェクトであり、コミュニケーションができるアバターとは異なるためです。
表1 メタバース活用される空間特性を用いるデジタルツインの分類
メタバース活用される空間特性を用いるデジタルツインの分類
出所:三菱総合研究所

デジタルツイン的メタバースで実現できる体験

最後に、デジタルツイン的メタバースにどのような特徴があるのか、検討しました。

デジタルツインは現実をバーチャル空間に再現することで現実に基づいたシミュレーション基盤や、テストベッドとして活用できます。また、メタバースは現実では実現できない空間やアバターを用いた臨場感のある遠隔コミュニケーションを体験することが可能です。

デジタルツイン的メタバースでは、デジタルツインとメタバースの機能を組み合わせ、人が相互作用するシミュレーションや訓練空間や、現実を模したオブジェクトを用いたリアリティあふれる「現実連動型の遠隔コミュニケーション体験」が可能となります。このような特長を生かすと多様な事業展開が可能になります。例えば現実で体験するとコストが高くなるものや危険を伴うもの、非常時の対応である防災訓練や救助訓練、人命にかかわる教育訓練のような産業応用などです。また、デジタルツイン渋谷のようなこれまでのEC(電子商取引)と実店舗の体験を組み合わせた、現実と連動した遠隔ビジネスなどが実現できます。

また、デジタルツイン的メタバースでは、既存のデジタルツインにアバターを重ねることで構築できるため、運用者にとっては運用開始に至るまでのメリットが大きいも大きな特徴です。ただし、既存のデジタルツインをデジタルツイン的メタバースに拡張するには円滑なコミュニケーションのための同時性の確保が重要です。図2にも示しましたが、デジタルツインはデータ更新の時間間隔が長いものも多いため、すべてのオブジェクトをバーチャル空間に再現するのではなく、必要な部分のみを再現するなど、空間を構築する際に情報量を少なくする工夫が必要です。

※1:World Economic Forum, ’The industrial metaverse and its future paths’(2023年1月19日)
https://www.weforum.org/agenda/2023/01/davos23-indutrial-metaverse-future/?DAG=3&gclid=EAIaIQobChMIybqOu42YgQMVtvxMAh2oswTsEAMYASAAEgLb-vD_BwE(閲覧日:2023年9月4日)

※2:行動拡張を支え加速させるデジタルツイン(MRIマンスリーレビュー 2021年9月号 特集3)

※3:デジタルツインが拓く新たな都市マネジメント(MRIマンスリーレビュー 2022年10月号 トピックス2)

※4:自治体DXが「都市のデジタルツイン」を加速(MRIマンスリーレビュー 2023年8月号 トピックス2)

※5:旭化成、「旭化成における「デジタル×共創」によるビジネス変革」(2021年12月16日)
https://www.asahi-kasei.com/jp/news/2021/ip4ep3000000459e-att/ze211216.pdf(閲覧日:2023年9月7日)

※6:Forbes JAPAN、「デジタルツイン渋谷にてVR店舗でも実店員が対応、現実とバーチャルの融合」(2022年10月31日)
https://forbesjapan.com/articles/detail/51556(閲覧日:2023年9月7日)

※7:NVIDIA, ’BMW Group Develops Custom Application on NVIDIA Omniverse for Factory Planners’
https://resources.nvidia.com/en-us-omniverse-enterprise/bmw-group-develop?lx=z4Hxqx(閲覧日:2023年9月7日)

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