コラム

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言経済・社会・技術

ポストコロナを俯瞰する その1:日本の行政は「想定外」においてどうすれば納得感ある政策が打てるのか?

意思決定プロセスの透明性こそが鍵

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2020.11.30

先進技術センター武田康宏

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言

新型コロナウイルスへの対応で顕在化した行政の課題

日本における新型コロナウイルス感染者数は海外諸国と比べると抑えられており、2020年11月30日現在では大きな医療崩壊も免れている。その要因として、室内で靴を脱ぐ生活スタイル、マスク着用や手洗い・うがいの習慣など、高い公衆衛生意識を指摘する声が多い。日本で使われているBCGワクチンの特性や東アジア人のDNAを理由とする意見もある。しかし、これらはいずれも「偶然」の産物にすぎない。日本の行政が行った新型コロナウイルスへの対応は、総じて成功しているといえるのだろうか。

振り返れば、日本政府の対応には初動の遅れや方針のブレが目立った。2020年1月16日に国内初症例を確認してから、緊急事態宣言の発令までに約2カ月半。この間に国内での累計感染者数は4,500人近くにのぼっていた。また2月に多くの国が中国からの入国制限をとっていたにもかかわらず、日本が中国からの渡航制限をかけたのは3月9日のことである。

休業補償や給付金支給の決定も遅れ、さらに全世帯への布マスク配布やいきなりの全国一斉休校など、当初の対応策には唐突感が否めない。実際、新型コロナウイルス対する日本政府の対応について、朝日新聞が行った調査(7月18、19日実施)では、「評価しない」が57%となっている。また、布マスクの配布については、毎日新聞の調査(4月18、19日実施)によれば、「評価しない」が68%を占めている。

対応策の中身もさることながら、どのようなプロセスを経て立案され、採用されたのかが明らかにされていない点が、低評価を招いた最大の要因だろう。どのような思考や判断で政策決定の結論に至ったのかが不明なままでは、事後の検証を行うことも、教訓も得難い。マスクの予防効果についての科学的根拠、布マスクを配布する意義、布マスクを確保する調達先、1人あたりに配るべき枚数や価格などの情報が公表されていたら、もう少し国民の理解も得られただろう。一斉休校にしても、登校を続けた場合の予想感染率などのデータ等が提示されていれば、唐突感はかなり和らいだはずだ。

こうしたプロセスの不透明さは、これまでも自然災害の対応などでたびたび見られてきたことだ。意思決定プロセスの透明性を担保できなければ、国民の信頼を得られない。足並みをそろえて迅速に対応しなければならない想定外の事態において、致命傷ともなりかねない最重要課題である。本コラムでは、国民に納得感のある政策づくりに向けて、いかに意思決定プロセスの透明化が重要であるかに焦点を当てていく。

「平時」と「想定外」での、意思決定プロセスの違い

意思決定プロセスの透明化と同時に、まずプロセス自体の見直しを検討する。緊急性の低い平時においては、EBPM(Evidence-Based Policy Making, エビデンスに基づく政策立案)をベースに時間をかけて幅広く意見を集め、検証していく中で、「解」つまり「政策」を作っていくことが望ましい。順番としては、①目的設定⇒②ファクトとデータの収集⇒③仮説構築⇒④分析⇒⑤検証・考察⇒⑥解(政策)といったように、ボトムアップで進めていく。このような①から⑥のアプローチを、ここでは「科学的アプローチ」と呼ぼう。

一方、今回のコロナ禍に限らず、想定外の事態においては、何が正解かが不明な中で、時々刻々と変わる状況を把握しながらスピーディーな対応をすることが求められる。したがって、平時と同様にEBPMに準じた科学的アプローチをベースとしながらも、その時々の状況における複数の最適解を検討し、必要ならば状況に応じて最適解を変えていくといった柔軟性のある対応が求められる。

具体的には、科学的アプローチで立てた仮説に基づき、最悪の事態を想定した対応策をトップダウンで迅速に実施する。そして、その効果の検証と学びのサイクルを適切な期間で回しながら、柔軟に打ち手を変えていく。これが想定外における被害を最小化するベストな方策と考えられる。

なぜならば、想定外においては、平時のように時間をかけて効果を検証するゆとりはないためである。また、前例のない問題に対して、唯一の解は得にくい。前記した意思決定プロセスの「⑤」と「⑥」の順番を入れ替えて、トップダウンで解(政策)の実施と検証・考察(学び直し)のサイクルを高速回転させ、最適解に近づけていく方が現実的である。

このような科学的で、かつ柔軟性をもった意思決定プロセスを実装するためには、乗り越えなければならない課題も多い。まず平時でも想定外の事態でも意思決定プロセスに共通する課題として、「EBPMを含む科学的アプローチに不慣れな体制」「データ分析・検証ができる人材の不足」「継続的な学びと改善の仕組みの未整備」が挙げられる。

加えて、想定外の事態においては、「首長のリーダーシップ」「状況変化に応じた柔軟な目的設定や仮説の構築」「専門家の意見の取り込み」「仮説検証の高速回転」などのほか、「行政のトライ&エラーを許容する社会」も求められる。ただし、次項で見るとおり、これらの課題の多くは前述した意思決定プロセスの透明化によって、大きく改善される可能性が高いとみる。
図 想定外での意思決定プロセスと情報透明性
図 想定外での意思決定プロセスと情報透明性
出所:三菱総合研究所

意思決定プロセスの透明化が実現した社会

もし意思決定プロセスの透明化が行われれば、政策の目的や立案において用いられたデータや分析結果、政策の最終的な決定理由などが国民の視線にさらされることになる。根拠の薄い政策には厳しい非難が予想され、科学的アプローチへ自然とシフトせざるを得なくなるだろう。

また、情報が公開されることでアプローチや仮説、データなどが多面的に分析され、分析結果の解釈や政策判断をめぐって行政と社会、国民との間に建設的なパブリックコミュニケーションが生まれる。このようなコミュニケーションを重ねることで、行政と社会や国民との間に信頼関係が醸成されていくことだろう。

それだけではない。互いの間によい意味での緊張関係をもたらし、行政サイドの学び直しも活発化する。そうすれば、新しい官民連携が図られるに違いない。データの公開やプロセスの透明化が進めば、専門家の意見を政策に反映したり、民間の協力を得たりする動きも促進されるだろう。官からの指示がなくても、民間はオープンな情報を使って自由に分析や検証することが可能になり、議論の速度・深度も増す。

こうした第三者の視点が介在することで、政策に画一的でない柔軟性が生まれる。このような官民の相互作用によって、行政のトライ&エラーに理解ある社会が築かれ、非合理的な政治批判も少なくなる。そうすれば、よりスピーディーに、より適切に対応策が打てるようになるだろう。

以上のように、意思決定プロセスの透明化が図られれば、前項で触れた課題の多くが解決の方向へ向かい、科学的かつ柔軟性のある意思決定プロセスが自然と機能することになる。このように意思決定プロセスの透明性の担保と、科学的かつ柔軟性に基づく対応策は、想定外における国民の理解を得るための両輪ともいえる。

想定外の事象が起きた場合のシミュレーション

では、実際に想定外の事象が発生した場合に、透明性があり、科学的かつ柔軟性のある意思決定プロセスはどのように進められるべきか、簡単にシミュレーションしてみたい。まずはファクトやデータが常時公開・整備され、広く官民で情報を共有し、複眼的、多面的な議論ができる環境が整備されていることを前提に見ていく。

はじめに、想定外の事象が発生した段階で、ファクトとデータ(1次情報)を専用のホームページやSNSなどで社会に発信する。また官民を含めた複数人による検討タスクフォース(TF)のメンバーを迅速に組織し、ファクトをベースにした多面的な議論を行う。専用のホームページ運営は、完全に政府にひもづくよりは、新しいインテリジェンス機関や、デジタル庁に近い機関で担うことが望ましい。多くの情報がよりスピーディーかつオンラインでも提供されることが期待できる。発信において、情報ソースの一元化は重要である。

TFにおいて議論された内容や最新のファクトとデータは、前出の専用ホームページなどを利用して随時アップして進捗(しんちょく)状況を公開する。常に最新の情報が公開されれば、専門家や一般市民の中にそれらのデータを独自に分析する協力者が現れる。そして、テレビや新聞といったマスメディアだけでなく、SNSなどでも議論が盛んに行われるようになり、国民の関心度の向上にもつながるだろう。

こうした協力者による情報の分析結果なども収集し、TFが中心となって大学や民間の専門家なども交えて複眼的に議論し、論理的に説明可能な対応策を練る。このような議論のプロセスも随時公開していく。最終的に実施する対応策は、各首長が現場の状況を勘案して決定する。その際、最悪のケースの回避につながるものであること、論理性のあることの2点を重視する。その証左として、検討の俎上(そじょう)に乗った他案も公開する。

対応策の実施後は、効果や被害状況などの情報を逐次発信するとともに、専門家や一般の市民などから寄せられた意見や分析結果なども踏まえ、冷静に効果を検証する。その上で、現在の対応策を継続するか、新たな対応策を講じるかを検討、実施していく。これは前述の「検証・考察(学び直し)」に相当するが、これができるか否かで、結果が大きく変わっていくことになる。

社会実装を阻む要因と対策

このように文字にするだけなら、科学的かつ柔軟性をもった意思決定プロセスの実装は、それほど難しいものではない。しかし、現実には乗り越えるべきハードルがいくつか存在する。ざっと挙げてみても「①リーダーシップ性の欠如」「②論理より情緒優先で、同調圧力の強い日本の文化性」「③迅速性を阻む縦割りの組織体系」などが立ちはだかってくるだろう。

①のリーダーシップ性の欠如に関しては、教育の在り方や社会の風土などが関係するため、一朝一夕の解決は困難なものの、②と③については、日頃から想定外の事態に備えて、横断的に情報を収集・蓄積・公開し、実際の対策に当たるインテリジェンス機関の創設や、すでに創設に向けて始動しているデジタル庁の実現により解決が期待できる。

一方で、あらゆる情報公開に伴い、正しくかつ対応策を練るにはどの情報が適切か、利害対立を乗り越えどうコンセンサスを形成するかといった課題も出てくる可能性がある。想定外においてこうした課題に直面する前に、あらゆる可能性をシミュレーションし、日頃から関係者とコミュニケーションを円滑にしておくことも極めて重要であろう。

今回の新型コロナウイルス感染症の流行は、その切迫感が後押しする形でデジタルトランスフォーメーションを10年から20年分ほど一気に進めたといわれている。こうしたテクノロジーの活用によっても、科学的で柔軟性のある意思決定プロセスの透明化、そして実装が加速する可能性があり、この好機を逃す手はない。

新型コロナウイルスへの対策において成功例といわれている台湾やデンマークなどに共通するのは、デジタル基盤をベースに情報の一元化が図られていること。また、対応策など重要事項の決定には、携わった機関の責任者が記者会見に出席し、どのような議論が行われて結論に至ったのかの経緯を説明して、国民の理解を得ていることである。これらを教訓にとどめることなく、日本においても、行政と国民双方が理解を深め、協力し合える関係性をより追求できるような体制構築に向けて動き、実装するべきであろう。想定外にも耐えうる意思決定プロセスの構築、またその透明化を通じて平時より徹底的に備え、ゆくゆくは想定外という事象を一つでもなくしてゆく。これが日本の行政の目指すべき姿ではないだろうか。

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