コラム

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言経済・社会・技術

ポストコロナを俯瞰する その2:次の感染症パンデミックの被害をどのように最小限に抑えるか?

デジタル技術を駆使した先進感染症対策を構築し、パンデミックになる前に抑え込む

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2020.11.30

シンクタンク部門統括室渡辺 毅

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言

新型コロナウイルスへの対応から見えた課題

2019年11月に中国の武漢で初症例が発見された新型コロナウイルス。感染の波は瞬く間に世界に広がり、ヨーロッパや米国の主要都市では、実質的な医療崩壊を招き、一部の都市ではロックダウンを実施。都市機能はまひし、市民生活や経済に大ダメージを与えた。

日本では2020年4月から5月にかけてと、8月から9月にかけての2回、感染増加の波を迎えた。マスクやアルコール消毒液などが一時期入手困難になり、緊急事態宣言の発令によって食料品の買い占めが起こるなどの混乱もあったが、現在までのところ医療および経済や暮らしの崩壊は何とか免れている。しかし、この秋冬にかけて感染拡大の再燃が危惧されているのは周知のとおりである。

仮に今回のパンデミックを乗り切ったとしても、過去にもSARS、MERS、新型インフルエンザなど、新たな感染症が次々と発生しており、今後も同様の事案が起こることはほぼ間違いない。未知の感染症に対して、どうすれば被害を最小限に食い止められるのか。今回の新型コロナウイルスへの対応から見えた課題について3つ挙げたい。

①新型コロナウイルス(COVID-19)発見および公表の遅れ

現在のところ、中国で初症例が発見されたのは、非公式ながら2019年11月17日といわれている。しかし、ウイルスを分離しゲノム解析を開始したのは12月24日以降。12月28日にゲノム解析が完了するまで41日が経過している。初症例の発見からすぐに解析を行っていれば、1カ月以上早くウイルスを特定できていたことになる。

さらに、中国政府からWHO(世界保健機関)への報告は2019年12月31日にされているが、その後の情報も過少報告が疑われるものとなっており、WHOによるPHEIC(国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態)が発令されたのは2020年1月30日になってからのこと。渡航制限への言及もなかった。

しかし、2020年1月14日の時点で、中国政府は人から人への感染を国内に警告し、同月23日には武漢市の完全封鎖に踏み切っている。情報統制や情報隠蔽(いんぺい)による発見や公表の遅れは初動の遅れに直結し、多くの人命に関わる課題である。真っ先に対策を講じる必要がある。

②WHOや各国政府の対応の遅れ

感染症のパンデミックを防ぐ鍵を握る初動段階で、国や地域の対応に大きな開きがあった。台湾では、2019年12月30日の武漢の医師によるSNS上のグループチャットを通じた告発にすぐさま反応し、翌日にはWHOに照会をかけ、武漢からの渡航制限に踏み切っている。また、国内初症例が確認される前日の2020年1月20日には、対策本部を設置している。韓国も同様に初症例が確認された当日の1月20日に対策本部を設置した。

一方、日本では1月16日に国内初症例が確認されているが、対策本部が設置されたのは、それから2週間後の1月30日のことである。3月に中国の習主席の国賓としての来日予定、夏に東京オリンピック・パラリンピック開催を控えていたという事情はあるとはいえ、初動で大きく後れをとったといわざるを得ない。米国でも、個人の活動制限が行われたのは国内初症例確認から57日後の3月17日と大幅に後れをとっている。

こうした対応で後れをとった国の多くに共通するのは、パンデミックの脅威を過小評価していただけでなく、政治的な優先度が低く、科学的根拠に基づく助言が通らなかったことである。WHOについても基本的な図式は同じで、加盟国の利害が情報収集とパンデミック対策の足かせとなった。そのうえ、WHOの要請や勧告は強制力をもたないという制度上の限界も露呈した格好だ。

③感染症に対する日本国内の準備不足

日本国内に目を向けると、感染症への準備不足は明らかである。1989年に848あった保健所数は、1997年を境に大きく減少し、現在469となっている※1。保健所の機能を平時に向けて最適化した結果、今回のパンデミックで発生した膨大な業務に規模的に対応しきれなかったことに加え、新規感染者数の報告がいまだにFAXでなされているなど、非効率な業務プロセスも機能不全に拍車をかけた。

諸外国に比べて圧倒的に少ないPCRの検査数についても、政府は「目づまりがあった」と表現しているが、分解すれば、検査機器不足や検査員不足、また検査の自動化などへの対応の遅れに起因しており、その背景として、検査キットの開発や検査機器の導入における許認可面での不備などが指摘されている。

このほか、冒頭でも触れたとおり、マスクやアルコール消毒液、医療機関用の防護服など医療物資の不足も表面化した。パンデミック対策に必要不可欠な物品まで、経済性を優先して輸入に頼る現状を改善していく必要がある。緊急事態宣言発令の遅れなど、法律やガイドラインの不備も課題だろう。

3つの目で情報を収集・分析

これらの課題へのアプローチ方法はいくつも考えられるが、普遍的な対策は新たなウイルスの発生や感染拡大の予兆をいち早くとらえ、早急に手を打つことである。つまり、目指すは広範かつ迅速な情報収集システムの構築である。その際、パンデミック対策が待ったなしの状況であることを考えると、社会実装のしやすさも考慮する必要がある。ここでは、そうした点も踏まえ、以下の3つの対策を提案する。

対策1 先進ICTを使った「自動ウイルスサーベイランスシステム」の構築

感染情報をいち早くキャッチし、いち早く専門家へ情報提供を行って分析開始を可能にする、先進ICTを使った「自動ウイルスサーベイランスシステム」を構築する。

例えば、現在、定期的に行われている既存の下水サンプル抽出に、検査項目としてウイルス検査やゲノム解析を追加し、データ公開まで自動的に処理する「下水サーベイランスシステム」や、監視カメラとサーマルカメラを主要交通ターミナルに設置して、通行する人々の健康状態を観察・診断する「監視カメラ画像診断」、採血を行うすべての機関から血液サンプルを入手して抗体検査を実施し、網羅的な感染症サーベイランスを行う「血液サンプルサーベイランス」などを構築し、病原体の分析に有益なデータを取りまとめ、異常値を発見した場合には、自動でアラートを発動して感染症への注意喚起を行うものだ。

また、過去にさかのぼって利用できるデータリポジトリ(データの一元的な保管庫)を整備し、いつでも研究機関や専門家の求めに応じて、再検証可能な透明性のあるデータを提供できるようにしたい。今回の新型コロナウイルス禍でも、専門家が各分野の知識を活かして、さまざまな角度から分析、議論を活発に行った。未知の問題、危機的状況の解決に英知の集約は力になることを実感された人は多いと思う。

さらに、国内のデータ蓄積にとどまらず、各国のサーベイランスシステムと連携すれば、感染症の水際対策にも有効なはずだ。相互のデータ活用は双方にとってメリットがあるため、合意も得やすいだろう。連携にあたっては、各国間で統一基準を設けなくても、定点観測を続けることで異常の発生を察知することができる。平時から連携しておくことで、情報隠蔽(いんぺい)のリスクも低減できる。

同システム実現の課題は、収集データの取り扱いだろう。個人情報の匿名化やデータの利用許諾、また、データの提供範囲や取扱期間の設定など、データ管理におけるセキュリティ対策を並行して進める必要がある。

対策2 「感染症インテリジェンス」による情報収集

先にも述べたとおり、今回の新型コロナウイルス感染症への対応では、台湾の初動の速さが目立った。中国のSNSデータから情報をつかむことで早期対応を実現したように、国の内外を問わず、さまざまなメディアから感染症関連の情報を検索・抽出して分析する「感染症インテリジェンス」への取り組みも求められる。インターネットだけでなく、現地のテレビや新聞などのオープンソースも情報源として活用する。

対策1で述べた下水の例のように、自動ウイルスサーベイランスシステムでは、定点での情報しか入手できないという限界があるが、感染症インテリジェンスでは「ある村で咳(せき)の症状を訴える人が増加している」「某地域からの帰国者に発熱が頻発している」などの感染症に関連しそうなネット上のコメントをリアルタイムでAIが自動的にピックアップし、さまざまな規模や角度からパンデミックの予兆をつかむことが可能になる。SNS以外にも、感染症データを発信しているサイトやメーリングリストを網羅するデータリポジトリを構築すれば、世界中から危険度の高い感染症情報を抽出することができるようになるはずだ。

さらに、精度の高い海外情報を入手するために、国外の感染症対策機関に対して感染症に関連するインテリジェンス情報をやり取りできるように働きかけ、感染症版「ファイブアイズ(英語圏5カ国での機密情報共有)」の実現を目指したい。初めは台湾や韓国などと連携し始められないだろうか。

また、本論から少し外れるが、在留邦人の情報ネットワークを現地の大使館や領事館が収集する「ヒューミント(人間を媒介とした諜報)」を活用するシステムづくりも考えていくべきであろう。

対策3 日本版感染症対策管理センター(JCDC)の創設

対策1と対策2で挙げた自動ウイルスサーベイランスシステムと感染症インテリジェンスで集めた情報の活用機関として、「日本版感染症対策管理センター(JCDC)」の創設が必要になる。

日本版CDCは、厚生労働省の関連施設である国立感染症研究所を母体に、行政、医療、公衆衛生分野の少数精鋭の専門家集団とするのが現実的だろう。都道府県や地方自治体、大学や国立研究所のほか、地方衛生研究所や保健所、民間研究機関などとの連携も積極的に行う。

具体的な機能としては、平時の自動ウイルスサーベイランスシステムと感染症インテリジェンスの統括に始まり、感染症シミュレーションやパンデミックへの対応の基礎研究支援、自治体のパンデミック対応準備への支援などが考えられる。また、両輪としてサーベイランスシステムの国際協力の推進なども行う。これらはコロナ禍により後押しされたオンラインサービスを基盤とし、感染症対策にもDX(デジタルトランスフォーメーション)を取り入れる。

一方、非常時においてはパンデミックの情報収集や分析、専門家の知識の集約、分科会の支援のほか、政府や自治体のリスクコミュニケーション支援の役割を担うことになる。そして、新設のデジタル庁と連携を図ることで、速やかな感染症対策を省庁横断的なDXにより実践することが可能になるだろう。
図 自動サーベイランスシステムの概要
図 自動サーベイランスシステムの概要
出所:三菱総合研究所
以上、3つの対策を提案してきたが、JCDCさえ設置すれば、今後発生するであろう感染症に対して安心できるというものではない。現に世界有数のCDCを抱える米国が、今回の新型コロナ対策では、お世辞にも成功しているとはいえない。一方、常設のCDCを持たないシンガポールが、政府の適切な対応により、今のところ感染の封じ込めに成功している。ドイツも連邦政府と州政府が連携をとり医療崩壊を回避し、感染拡大を抑制している。

こうした常設CDCを持たずに新型コロナウイルスの封じ込めに成功している国や地域に共通しているのは、横断型組織を迅速に立ち上げ、科学的根拠に基づく助言を吸い上げ、政治的な判断を明確に表明していることだ。

今回のコロナ禍でわれわれは感染症に対して有効な手だてをもたず、ウイルスのふるまいすらいまだよく解明できていないことを知った。過去のパンデミックはある程度時間をかけて世界に広がり、その間に人々が集団免疫を獲得したり、ワクチンや薬が開発されたりすることで終息してきたが、今回、世界同時多発的に感染が拡大したことは新たな脅威として認識すべきである。

この背景にグローバル化や都市化の問題に加え、動物由来の新種のウイルスへの感染リスクを地球温暖化が助長しているなど、指摘できることは多いが、いずれも一朝一夕に解決を図れる問題ではなく、当分の間、われわれは今回と同様のパンデミックが発生する脅威にさらされ続けることになる。そうであれば、将来発生するであろうパンデミックに対して、準備をためらう理由はどこにもない。日本が得意とする先端技術を駆使した日本版感染症対策管理センター(JCDC)をすぐにでも実現させ、官民そして各国が連携した防疫システムの構築に向けて走りだすべきだろう。

※1:全国保健所長会ホームページ
http://www.phcd.jp/03/HCsuii/(閲覧日:2020年11月19日)

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