「フードテック」が解決を目指す社会課題とは?

フードテックのミライ展望 第2回

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2023.8.23

経営イノベーション本部山本奈々絵

食と農のミライ
食料生産に関わる活動が地球環境に与える影響は、温室効果ガスの問題にとどまらない。

水不足をはじめ土地利用、資源、それに生物多様性への影響などわれわれの生活を脅かすまでの存在となりつつある。食料需要の増加が見込まれる中、恐れるべきは「まかなえなくなる危機」ではない。「まかなえるように作り続けてしまった結果、地球の限界が訪れること」が危機の本質だ。環境面への危機に加え、人権や栄養など社会課題に対応する策としてフードテックへの期待が高まっている。

食料生産の営みが、地球の限界を引き寄せている

フードテックのミライ展望 第1回」では、フードテックの全体を概観するために「フードテックに注目が集まる背景として、食料サプライチェーンがカーボンニュートラルにもたらす影響の概況」、および、「フードテックの展開に期待が集まる代替タンパクとフードロスについての概観」を紹介した。

第2回の本コラムでは、食料システムにおける社会課題、そしてこのうちフードテックによる解決が特に期待されている領域を紹介する。まずは食料システムに関係する環境面の課題についてそれぞれ考えてみたい。温室効果ガスだけでなく、水需要、土地利用など関係する環境負荷は多く存在し、現状の食料システムの単純な拡大は、地球の限界を引き寄せつつある。

1. 温室効果ガス

食料の生産から流通で発生する温室効果ガスの排出量、および吸収量の減少(森林減少による)はCO2換算で16.5ギガトン(Gt)であり、人為起源の温室効果ガス排出量全体(CO2換算で54.0Gt)の3分の1にも相当する。

2. 水需要

経済協力開発機構(OECD)によると、2000年時点の世界の水需要は約3,600立方kmであり、このうちかんがいつまり農業用水が約3分の2を占める。工業用水を中心とした他の用途の需要が2050年までに拡大するため相対的な水需要は小さくなるが、それでも水需要の4割弱と最も大きな割合をかんがいが占めることには変わりがない※1

3. 土地利用

世界の土地1億4,900万平方kmのうち、氷河や砂漠などをのぞく約7割の1億600万平方kmが人間の居住可能な土地だ。居住可能な土地の5割弱の4,800万平方km、陸地全体から見ると3割程度が既に農地として開発されている(図表1)。今後さらに農地面積を拡大することは、残り5割強の居住可能な非農地(森林や低木・草地等)を圧迫することを意味する。農地拡大に伴う森林破壊も招く懸念もあるだろう。MRI推計によると、2050年、総量にして2020年比1.3倍にもなる食料需要を賄うために、2020年比で新たに1.4倍の広さの土地を農地とする必要があることが分かった。森林破壊の回避を両立するならば、農地面積を広げずに単収を向上させるか、現在農業ができない土地や1%の都市部での生産を行う必要がある。(なお、農地のうち8割近くは畜産用地であり、これは放牧地だけでなく飼料用生産用地を含む。)
図表1 農業は、地球上の限りある土地を利用して営まれている
農業は、地球上の限りある土地を利用して営まれている
出所:Our world in data「Breakdown of global land use today」(2019年データ)を基に三菱総合研究所作成
https://ourworldindata.org/land-use

4. 資源 ~窒素・りん酸・加里(カリ)~

1950~1980年の30年間、世界の穀物生産量は飛躍的に増加した。これを支えた要素の一つが「化学肥料」投入による単収の増加だ。化学肥料を構成するのは窒素(N)・りん酸(P)・加里(K)の三要素だ。

窒素は、ハーバー・ボッシュ法として知られる工業的窒素固定により得られるが、この工程には大量のエネルギーを必要とする。また、施肥後に土壌からのN2Oも排出するため、窒素肥料の生産から使用する過程で、世界の温室効果ガス排出量全体の2%程度を占める量のN2Oが生じるともいわれている。

りん酸は天然のリン鉱石から得られる。しかしリン鉱石は偏在性が高い。世界の年間生産量の7割強が中国、モロッコ、米国、ロシアといった特定上位4カ国で占められている※2。このうち中国は自国への供給を優先するために、輸出制限を講じている。

一方加里は加里鉱石(塩化カリウム)から得られる。こちらも偏在性が高く、カナダ、ベラルーシの2カ国で世界の埋蔵量の約半分を占める。日本はほぼ全量を輸入に依存しており、2020年までは輸入量の6割をカナダ、13%をベラルーシ、12%をロシアに頼っていた※3。ロシアのウクライナ侵攻後は、一部日本への輸入が停滞したことを受け、カナダなどへ調達先を切り替える動きがみられた。

窒素とリンは、地球上では、もともと大気や生物、土壌・水の中にも存在し、循環している。だが、化学肥料製造や農業といった人為的活動により大量に環境中に放出され、窒素とリンによる湖沼や海の富栄養化、窒素を起源にする酸性雨被害と地球温暖化などを代表例とする、種々の環境問題を生じさせる一因となっている。

5. 生物多様性

国際連合食糧農業機関(FAO)によると、世界の食料システムを支える生物多様性が急速に減少している。

顕著なのは食料や飼料、燃料など人間の生存活動に直接影響をもたらす生物多様性の減少だが、間接的な生物多様性(関連生物多様性)も減少している※4。後者は例えば、土壌の肥沃化、授粉、水の浄化、作物の病害虫防止など生態系サービスを通じて食料生産を支える膨大な生物多様性に関わる諸問題である。
以上の5項目は、「プラネタリーバウンダリー(地球の限界)」の9つの環境要素、(1)気候変動(温室効果ガス)、(2)大気エアロゾルの負荷、(3)成層圏オゾンの破壊、(4)海洋酸性化、(5)淡水変化(水需要)、(6)土地利用変化(土地利用)、(7)生物圏の一体性(生物多様性)、(8)窒素・リンの生物地球化学的循環(資源)、(9)新規化学物質——に含まれている。そのうち窒素・リンの生物地球化学的循環、生物圏の一体性(生態系機能の維持、絶滅の速度)、気候変動、土地利用変化、新規化学物質については、「高リスク」評価に該当する※5

前出の通り当社推計では、食料需要は2050年には2020年比で1.3倍となり、このままでは「まかなえるように作り続けてしまった結果、地球の限界が訪れる」というディストピアが訪れる懸念がある。

その上で、これだけ環境負荷をかけて食料を生産しているにもかかわらず、全体の3分の1程度は食品ロス・食品廃棄となっている。

食料システムと社会的サステナビリティ

ここまで解説した環境面の課題以外に、配慮するべき「社会的サステナビリティ」に関する課題も存在する。

心身の健康

FAOによると、2021年現在、世界で栄養不足に苦しむ人は7億200万人~8億2,800万人に達する。これは世界の全人口の9.8%に相当する※6。さらに開発途上国などでは、空腹を満たすことを優先した食事をとった結果、低栄養(ビタミン・ミネラルなど)と過栄養(炭水化物・塩分など)という「栄養不良の二重負荷」の問題も生じている。

こうした背景から、栄養の取りすぎによる生活習慣病が先進国だけでなく開発途上国でも増加・深刻化している。世界全体で見ると、2016年の時点でBMI(体格指数)が25以上30未満の過体重の成人の数は13億700万人、BMI30以上の肥満は6億7,100万人、合わせて20億人にのぼる※7。また、先進国を中心に高齢者のフレイル(要介護の前段階の状態)、過度なダイエットなどによる若年女性の「やせ過ぎ」といった低栄養に起因する問題が生じている。

先進国で高齢者の単身世帯が急増する中、大きな社会課題になりつつあるのが孤独・孤立への対策だが、実は1日のすべての食事を一人でとる「孤食」は、低栄養にもつながりやすいことがわかってきた。農林水産省の調査によると、家族などと食事を共にする「共食」の頻度が高い人のほうが、野菜や果物の摂取量が多いなど食物摂取状況が良好であることが示唆された※8

倫理上の課題(アニマルウェルフェアなど)

アニマルウェルフェアとは国際獣疫事務局(OIE)にて「動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態」と定義されている。これまで日本では「動物福祉」と訳されることが多かった。畜産では「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義され、欧州で基準化・取り組み・消費者認知が進んでいる。家畜の心情に、誕生してから死に至るまでの間を通じて寄り添い、ストレスの少ない健康的な飼育を重視する発想である。世界の動物衛生の向上を目的とする政府間機関であるOIEによる国際基準コードに基づき、2023年7月26日、農林水産省は、新たな指針を発出したところである※9。日本での議論の契機となったのは、オリンピック開催決定やインバウンド観光客の増加により「日本の食」に外国人がアクセスする機会が増加したことだ。今後、畜産物輸出の拡大を目指すのであれば、アニマルウェルフェアの国際標準への対応がますます重要になるだろう。
ここまで述べたこと以外でも、倫理上の観点として、食のサプライチェーンに関わる労働者の人権に関する課題も存在する。環境関連の課題や他産業におけるサプライチェーン上の人権問題への対応と同様、欧州で取り組みが先行している。

世界的に食料システムのサステナビリティに注目が集まり、法制度化も含めて各国が具体的な取り組みを進めていくフェーズに入った。

欧州委員会は2020年に「Farm to Fork戦略」を発表し「フードチェーンが環境に中立または良い影響を与えるようにすること」「誰もが栄養があり持続可能な食に十分にアクセスできる状態を確保すること」「サプライチェーンの中で公平な経済的見返りを生み出しつつ、食への手ごろなアクセスを確保すること」の実現を目指している。日本でも、2021年に「みどりの食料システム戦略」が策定された。今後は農業政策の指針である「食料・農業・農村基本法」の改正にむけた検証部会の中でも、「環境負荷の少ない持続可能な農業の確立」が大きなテーマとしてとりあげられている※10。今後は官民あげてのより積極的な対応が求められる。

フードテックによる解決が期待される領域

ここまで、食料システムを取り巻く環境・社会的サステナビリティに関する問題について紹介した。これらのうちいくつかは、フードテックによる解決が期待されている(図表2)。

解決の方向性① 新しい食べ物を作り出す

土地を開発し、水・資源を利用し、生産活動を行う限り、環境負荷をかけることは避けられない。しかし少ない土地、水や資源で生産流通が可能な技術として、培養肉や植物性の代替タンパク質、ゲノム編集などバイオ技術が期待される。

培養肉や植物性の代替タンパク質により栄養を摂取することで、畜産を過密な環境で大量に行うことも必要なくなり、アニマルウェルフェアにも資する。

他方で、動物性食品は世界中の多くの農村部の人々にとって、食料安全保障、栄養、生計の重要な源であり続けていることも重要な事実である。各国が有する食文化も尊重しながら、環境との両立を図ることが重要だ。

解決の方向性② 賢く無駄なく作る・届ける

ロボット、データ化による農業生産や食品製造の自動化・効率化は、生産性向上だけでなく、精密な水利用、農薬散布・施肥などによる資源の節約に資する。またスマート化により適切な環境制御などを行うことが、家畜のストレスを軽減しアニマルウェルフェア、生産性向上の両立につながる。そして需要予測を精緻に行うことで、食品の在庫ロスや廃棄ロス低減(環境負荷低減、資源の節約)へ結びつく。

解決の方向異性③ 健康的に豊かに食べる

個人の身体的特徴に合わせて食事提案を行う「パーソナライズドニュートリション」に注目が集まっている。例えば米国のスタートアップ企業が行う「innit」は、自分の身体情報や嗜好をスマホからシェアするとレシピ提案とフィードバックが得られ、必要な材料のネットスーパー注文や、調理器具家電への連携もできる仕組みだ。こういった技術は、家庭の食品ロス削減にも資する技術である。

また、コミュニケーション技術の発達や宅配サービスにより、遠隔での共食を楽しむ人もコロナ渦では増加した。食卓におけるコミュニケーションの増進(疑似的な共食)は、栄養状態の改善にもつながる可能性がある。

各技術や市場の詳細については、今後掲載する予定の「フードテックのミライ展望」シリーズで述べていきたい。
図表2 食料システムを取り巻く社会課題とフードテックによる解決
食料システムを取り巻く社会課題とフードテックによる解決
出所:三菱総合研究所作成

※1:OECD Environmental Outlook to 2050(2012)

※2:独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「鉱物資源マテリアルフロー 2021 リン(P)」
https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2023/03/material_flow2021_P.pdf(閲覧日:2023年5月9日)

※3:独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「鉱物資源マテリアルフロー 2021 カリウム(K)」
https://mric.jogmec.go.jp/wp-content/uploads/2023/03/material_flow2021_K.pdf(閲覧日:2023年5月9日)

※4:FAO 「State of the World’s Biodiversity for Food and Agriculture」
https://www.fao.org/3/CA3129EN/CA3129EN.pdf(閲覧日:2023年8月22日)

※5:環境省「令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書」第1章 気候変動と生物多様性の現状と国際的な動向 
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/r05/html/hj23010101.html(閲覧日:2023年8月22日)

※6:JAICAF 公益社団法人 国際農林業協働協会「要約版 世界の食料安全保障と栄養の現状(2022年報告)」
https://www.fao.org/3/cc0640ja/cc0640ja.pdf(閲覧日:2023年8月22日)

※7:一般社団法人 日本肥満症予防協会「ニュース 世界肥満デー 世界の20億人が肥満か過体重 2025年までに世界の成人の5人に1人が肥満に」
http://himan.jp/news/2021/000481.html(閲覧日:2023年8月22日)

※8:農林水産省「食育の推進に役立つエビデンス(根拠)」
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/evidence/attach/pdf/index-27.pdf(閲覧日:2023年8月22日)

※9:農林水産省「アニマルウェルフェアに関する飼養管理指針」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/230726.html(閲覧日:2023年8月22日)

※10:農林水産省「食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kensho/attach/pdf/14siryo-4.pdf(閲覧日:2023年5月9日)

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