コラム

食と農のミライ食品・農業

2050年の「フードテック」世界市場、280兆円に

フードテックのミライ展望 第3回

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2024.2.15

政策・経済センター山本奈々絵

エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ古屋 花

食と農のミライ
フードテックは、環境問題や資源利用、生物多様性、栄養などの視点から注目を集めている。今後30年間での世界市場や各技術の成長可能性はどのようなものだろうか。これまでに発信した「フードテックのミライ展望 第1回」「フードテックのミライ展望 第2回」は、カーボンニュートラルなど食料システムをとりまく社会課題や、特にフードテックによる解決が期待されている領域を紹介した。3回目となるこのコラムでは、フードテック市場の成長予測※1や、成長実現に向けた課題などを考えたい。

フードテック市場の成長可能性

当社の試算では2020年時点で24兆円だったフードテックの世界市場規模は、2050年にはその12倍の約280兆円まで成長する可能性がある。

この間、世界の既存食料市場※2は230兆円から490兆円へと2倍強になる見込みだ。増加ペースは人口と比較すると、新興国の所得水準上昇などで大きく上回る。既存食料市場のうちフードテック市場は12倍もの急拡大をして、2050年時点では既存食料市場の約6割を占めることになる。

代表的なフードテックと対応する社会課題解決を、当社は図表1のように整理している(詳細は連載第2回を参照)。この中でも特に新しいマーケットとして期待される「生産側 環境制約のもとで必要な食料需要を満たす」「消費側 より健康的で豊かな食生活を実現する」ための2つの技術分野(薄青で示した箇所)を市場推計の対象とした。
図表1 フードテックにより解決が期待される社会課題
フードテックにより解決が期待される社会課題
出所:三菱総合研究所
注:連載第2回をもとに改変
次では、「生産側」と「消費側」の技術展望を見てみたい。その上で図表2の右側に、2050年時点での各技術に関連する市場規模の内訳を示す。

生産側と消費側の2つの技術に期待

生産側 環境制約のもとで必要な食料需要を満たす技術

1.代替肉

2050年の食肉市場規模は243.5兆円と、新興国の所得水準アップなどから大きな成長が見込まれる。一方、大豆ミートなどの「植物性肉」や「細胞培養肉」など代替肉の市場規模は、2025年の12兆円から2050年には11倍を超える138兆円まで伸びると予想される。この予想額は食肉市場規模の243.5兆円に、アンケートにて把握した培養肉と代替肉の受容性の平均値である56.7%を掛け合わせたものである。

2050年の世界の食料市場は、食肉のうち半分を代替肉が占める結果となり、代替肉は食肉市場における重要な役割を担うことを意味している。

2.昆虫飼料

未利用の食品廃棄物を活用した昆虫飼料※3の市場規模は、2019年の0.1兆円から2050年には24.2兆円まで拡大する可能性がある。食肉市場につれて動物性たんぱく飼料の市場規模の拡大が予測される中で、昆虫飼料が存在感を示すようになる可能性がある。フードテックを用いて解決したい課題の一つであるフードロス削減に関しても、食品廃棄物を利用した昆虫飼料がもたらす影響は大きい。

これらの分野におけるフードテックは、第2回のコラムで触れたように、牛肉などのタンパク源生産による環境負荷が大きいことから、サステナビリティへの配慮の観点で市場拡大が期待される。一方で市場規模をいっそう伸ばすためには、社会受容性に配慮しなければならないほか、新規技術を身体に取り込む食品へ適用することに対する安全性への懸念を払しょくするなどの取り組みが必要になる。

消費側 より健康的で豊かな食生活を実現する技術

1.完全栄養食品

健康上必要な栄養素が確保できる完全栄養食品の市場規模は、2019年現在5兆円程度だが、2050年には57.5兆円まで拡大する可能性がある。推計に用いた完全栄養食品に対する受容性※4は56.1%である。手軽に健康的な食事を手に入れたい人や、高齢者など個人に必要な栄養素を最適化し摂取したいという人が、効率的かつ利便性の高い食事を求める結果として、市場規模がさらに拡大することも予想される。

2.スマートキッチン

インターネットに接続して効率的に食材調達や調理を行うスマートキッチン※5の市場規模は、2019年現在の1.5兆円から2050年には26.3兆円に拡大すると予想される。中所得者層の増加に伴い、家庭での導入が進む。

また共働き世帯の増加・女性の社会進出によって、効率的な調理を支えるスマート調理家電の普及が見込まれるほか、サービス業における人手不足を背景とする業務用の調理ロボット需要の増加なども予想される。これらの技術により、効率的な調理によるフードロス削減や、AIのリコメンドによる献立で、「考える」負荷の軽減が進むと予想される。さらに、栄養バランスの改善、個人の体調や体質などに合わせた食材調達と調理、家庭内のコミュニケーション促進なども期待できるだろう。

「生活者起点」に立った価値創造を

フードテックが進展すれば消費者の選択肢が広がり、多様化する食のニーズ、ひいては消費生活におけるウェルビーイングを満たすことにつながる。特に、「環境制約のもとで必要な食料需要を満たす技術」の一つ、代替肉分野には大豆の加工食品が含まれる。豆腐などの大豆食文化を有する日本は、消費者の要求水準も高い。また高品質で安定的に供給できる製造加工技術を持ち、世界に対して競争優位性を持つことが期待できよう。

再生医療分野からの培養肉への参入、IT・機械産業分野からのスマートキッチン・食材供給への参入など、既存業種以外からの新規参入も進んでいる。「生活者起点」を重視することにより、新しい市場の創造につながるだろう。
図表2 フードテック市場の市場予測
フードテック市場の市場予測
出所:三菱総合研究所「令和2年度 フードテックの振興に係る調査委託事業」報告書をもとに作成※6

※1:本コラムで示した将来的な市場規模については以下3プロセスにより推計した。
① マーケットリポート、統計資料などを基に2020年の市場規模を整理
② 当該市場の成長率は人口や消費量・生産量の成長率などを統計資料より求めて使用
③ 成長の見通しに対してアンケートで把握したフードテックの消費者受容性を用いて、当該市場全体でフードテックが代替し得る市場規模を算出した。アンケートは日本の生活者を対象に実施。市場規模推計にあたっては全世界と日本の生活者の受容性に差がないと仮定している。

※2:既存食料市場とは、フードテック市場に以下のような、すでに世界で一定の市場規模を形成している類似目的の商品・サービスの市場規模を意味している。

フードテック「代替肉」に対する「食肉」、「昆虫飼料」に対する「飼料」、「完全栄養食」に対する「健康食品」

フードテック市場の対象既存市場の対象
代用肉
昆虫飼料
完全栄養食
スマートキッチン など
食肉
飼料
健康栄養食
調理家電 など

※3:昆虫飼料とは、昆虫を原材料とし、乾燥・粉末状にしたものを既存の飼料に混ぜて製造させるもの。食料需要の高まりにより、飼料原材料の安定供給や価格高騰対応として、水産養殖や家畜・家禽等への昆虫の飼料利用が注目されている。

※4:完全栄養食品の受容性の算出式は次の通り。(「積極的に食べたいと思う」+「少しは食べたいと思う」+「どちらともいえない」の半数)/(全回答者)

※5:調理ロボットや3Gフードプリンター、関連するOSなどで構成される。調理家電市場、スマートキッチン市場は、家庭用を対象として推計した。

※6:本コラムにおけるフードテック市場規模推計は、当社が農林水産省から委託を受けて実施した「令和2年度 フードテックの振興に係る調査委託事業」における結果をもとにしている。
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sosyutu/attach/pdf/itaku-15.pdf(閲覧日:2023年10月31日)

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