コラム

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言ヘルスケア

次のパンデミックに備える研究・開発の基盤「REBIND」

参加施設の負担軽減がカギ

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2023.8.24

ヘルスケア&ウェルネス本部滝澤真理

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言
新型コロナウイルス感染症(以後、新型コロナ)の発生を受けて、新技術を活用したワクチン、治療薬、検査システムなどが次々と開発された。このような研究開発で多くの命が救われたことは記憶に新しい。医療に関係する研究開発を世界中が見守り、そして成功を熱望した。そして、その重要性を世界中が実感した。

今、次のパンデミックが発生したときに、この研究開発が円滑に進むための新たな準備が行われている。

新型コロナの反省から次のパンデミック対策へ

新型コロナが流行した初期、日本において感染症の研究・開発に不可欠である臨床情報や臨床検体を迅速に収集して一元的に管理し、企業やアカデミア等が研究開発できるように提供できる体制が十分に構築されていなかった。このことが、日本の研究開発に遅れが生じた一因として指摘されている※1※2。パンデミック時、多忙な医療機関や研究機関に負担をかけずに検体採取から検査、登録までを実行するプロセスが出来上がっておらず、感染症の患者を記録、登録、台帳管理などするレジストリシステムが整備されていなかった。この問題を解決することが、次のパンデミックへの対策の立ち上がりを加速させることにつながる。

データや検体を保存・管理する「REBIND」が始動

これらの経験を踏まえて2021年4月に始動したのが、REBIND(Repository of Data and Biospecimen of Infectious Disease=新興・再興感染症データバンク事業ナショナル・リポジトリ)である。

REBINDは新型コロナのような新興・再興感染症に対して、病態解明の研究や、予防法・診断法・治療法の開発などを進めるための基盤として、厚生労働省の主導のもと構築された。臨床情報や検体を全国の医療機関から収集し、ヒトゲノム解析、病原体ゲノム解析や病原体分離を行い、データや検体などを一元的に保存・管理し、利活用者に提供する「ナショナル・リポジトリ」の機能を備える※3。(図1)

REBINDは「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(1998年法律第114号)」に基づく国としての公的な事業だ。厚生労働省の委託を受けた国立国際医療研究センター(NCGM)と、国立感染症研究所(感染研)が連携して運用している。NCGMと感染研は統合して「国立健康危機管理研究機構」が創設されることになっており、さらに円滑な運営が期待できる。
図1 REBIND全体像
REBIND全体像
出所:三菱総合研究所
REBINDの特徴は、臨床情報やゲノム解析結果などの「データ」だけでなく、臨床情報とひもづいた検体と検体から分離された病原体の「試料」がセットであることだ。

診断法・ワクチン・治療薬・検査機器・システムの開発には患者の検体や病原体が重要である。データだけでは開発はできない。名古屋議定書(正式名称:生物の多様性に関する条約の遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する名古屋議定書)などのハードルもあり、海外から迅速に病原体を得ることは難しい場合も考えられる。国内の公的な機関で迅速にデータ、病原体を確保し、活用できることが公衆衛生対策と研究・開発双方の観点で重要である。

行政の公衆衛生対応で得られた検体は患者の同意が得られていない。このため本来は研究などには直接活用できない。しかしREBINDでは検体、情報、病原体の研究・開発への利用に関して、事前に患者同意が得られている。企業の開発にも利活用可能だ。パンデミックという一刻を争う中で大きなメリットであるといえる。

参加施設の負担軽減へ向けて

REBINDの普及促進に向けては、臨床情報・検体などを提供する参加施設を増やすことがポイントだ。症例や分離される病原体の「数」だけでなく、「多様さ」にも対応することが、次のパンデミックで研究・開発に必要な情報や試料を迅速かつ円滑に提供する場合の要件だといえる。

しかし2023年6月1日時点のREBIND参加施設数は25施設である。参加施設がない地域や都道府県もある現状を勘案すると、けっして多いとは言えない。現在厚生労働省は、第一種感染症指定医療機関および第二種感染症指定医療機関に対して、当該事業への積極的な参加を呼びかけている(2022年4月28日付事務連絡)※4。この第一種感染症指定医療機関の数は全国で56※5。第二種感染症指定医療機関のうち感染症病床を有する指定医療機関の数は348※6である。これらの第一種、第二種の感染症指定医療機関すべてがREBINDに参加すれば参加施設数は現在の10倍以上となり、すべての都道府県で複数の参加施設が稼働することにつながる。国内のどこで、いつ新しい感染症が発生しても、REBINDが迅速に検体を確保し、提供できる体制が整うこととなる。

参加施設数を増やすには、REBIND参加施設の負担を軽減することが必要である。一般にレジストリに参加すると、医療機関が倫理対応、同意取得、検体採取と管理、保存、梱包と輸送手配、臨床情報の入力などの対応を行うため、相応のマンパワーが必要となる。REBINDは参加施設の負担が一定の範囲で軽減できる仕組み※7が導入されているが、それでも施設内でEDC(Electronic Data Captureシステム)への入力など人手による対応が生じており、運用上の大きな負荷となっていると思われる。臨床情報のEDCへの入力は1症例当たり1~2時間※8要すると言われており、入力以外の同意取得や検体採取、検体処理などの対応をあわせると、1症例の登録に専門人材とその他の人材込みで5時間以上を要するのではないかと推察される※9。当初のREBINDの目標値である1万検体を、仮に現在の10倍の施設数(250施設)で1年を通じて集めた場合、1施設あたり年間40検体の登録となり、1年間でのべ600時間(40検体×3ポイント×5時間)以上の対応時間を要することになるのだ。

負担軽減の方法としては、治験施設支援機関(SMO)を介してREBINDから参加施設に治験業務全般をサポートするコーディネーター(CRC)を派遣し、人的な対応を支援する仕組みを導入するのはどうか——(図2)。年間40検体程度であれば、週に2~3回CRCが勤務すると対応できるのではないだろうか。
図2 当社が考えるREBIND参加施設の負担軽減策
当社が考えるREBIND参加施設の負担軽減策
出所:三菱総合研究所
今後は新型コロナの症例が少なくなり、REBINDで1年間に目標とする検体の「数」が少なくなることも想定される。その場合でも、参加施設で組み入れられた検体数にあわせて都度CRCの派遣を依頼できる仕組みがあれば、参加施設がREBINDのために人材を常用雇用するよりも調整がしやすい。

また、パンデミックによって医療機関が多忙な時でもREBINDが機能するためには、REBINDの対応を参加施設内で継続可能とすることも必要である。パンデミック対応で繁忙の中、検体が増加した場合でも対応できるだけの人員を、REBINDからCRCを派遣することで補えるのではないか。

2022年秋からは、新型コロナ以外の感染症への対応も開始された。2022年10月26日付でREBINDの対象感染症にサル痘(エムポックス)が追加となった。平時においてもREBINDを回し続け、課題を見つけ、バージョンアップを行うことで、パンデミックの際に迅速かつ円滑に対応できる仕組みとすることができる。新型コロナやサル痘に限らず、平時でも重要な感染症に対応しながら、パンデミック時に機能する基盤としての役割をREBINDが果たすことが期待されている。

※1:文部科学省 科学技術・学術政策研究所(2021年6月)「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)における我が国のワクチン開発に関する課題と対策の抽出」
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-RM308-Full.pdf(閲覧日:2023年8月2日)

※2:医療科学研究所『医療と社会 Vol.32 No.1』(2022年度)「臨床情報の収集・分析と課題」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iken/32/1/32_32-51/_pdf/-char/ja(閲覧日:2023年8月2日)

※3:厚生労働省委託事業 REBINDのご紹介(NCGM)
https://rebind.ncgm.go.jp/Upload/files/Notice/REBIND%E3%81%AE%E3%81%94%E7%B4%B9%E4%BB%8B.pdf(閲覧日2023年8月2日)

※4:厚生労働省 「厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部 事務連絡」(2022年4月28日)
https://www.mhlw.go.jp/content/000935475.pdf(閲覧日:2023年8月2日)

※5:厚生労働省 「感染症指定医療機関の指定状況」(2022年4月1日現在)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02.html(閲覧日:2023年8月2日)

※6:厚生労働省 「第二種感染症指定医療機関の指定状況」(2022年4月1日現在)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou15/02-02-01.html(閲覧日:2023年8月2日)

※7:倫理審査がNCGMでの中央審査(一括審査)とすることや、同意取得のための説明動画の整備、検体採取キットなどの資材・物品の提供、採取した検体の回収は臨床検査会社が実施することなどが負担軽減策としてすでに実施されている。
NCGM
https://rebind.ncgm.go.jp/ParticGuidance(閲覧日:2023年8月2日)

※8:医療科学研究所 『医療と社会 Vol.32 No.1』(2022年度)「臨床情報の収集・分析と課題」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/iken/32/1/32_32-51/_pdf/-char/ja(閲覧日:2023年8月2日)

※9:国立大学病院臨床研究推進会議 「資料1 料金設定および根拠事例集」
https://plaza.umin.ac.jp/~NUH-CRPI/open_network/archives/news/147(閲覧日:2023年8月2日)

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