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新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言ヘルスケア経済・社会・技術

新型コロナが押し開く「プライマリヘルスケア」の扉—ヘルスケアシステムのレジリエンス強化にむけて

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2022.11.15

ヘルスケア&ウェルネス本部前田克実

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言

POINT

  • コロナ禍で「ヘルスケアシステム全体のレジリエンス強化」への要請が高まった。
  • 新興感染症への備えは、平時から一般医療も含めたレジリエンス強化の構想が重要である。
  • ヘルスケアシステムのレジリエンスの強化のためには、プライマリヘルスケア機能の向上がカギを握る。
2020年初頭からの新型コロナウイルス感染拡大以降、さまざまな感染症対策と社会・経済活動の両立に向けた努力が続けられている。一方で、初めての緊急事態宣言から2年以上が過ぎたことで、日本における新型コロナウイルス感染拡大への対応(以下、新型コロナ対応)の振り返りも始まっている。

本コラムは、日本における新型コロナ対応の振り返りについて、特に医療提供体制に着目して整理しつつ海外における議論の動向を紹介する。そのうえで、今後必要となる視点として「ヘルスケアシステム全体のレジリエンス強化」の必要性を提起することを目的としている。

国内有識者会議でガバナンス強化を検討

政府は2022年6月15日、「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」を開き、新型コロナ対応の課題を取りまとめ(「新型コロナウイルス感染症へのこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に向けた中長期的な課題について」)、新型コロナウイルスワクチン接種対応からサーベイランスや水際対策の強化、そして医療提供体制の強化、国民とのリスクコミュニケーションまで、大きく九つの課題を挙げている。

医療提供体制の強化に関する事項として、下表のように取りまとめがなされている。各事項に共通する要素として、新興感染症の拡大に備えた医療機関・医療従事者の役割の明確化や人材確保の必要性が指摘されている。

新型コロナウイルス感染症対策本部は2022年9月2日に「新型コロナウイルス感染症に関するこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に備えるための対応の具体策」を決定した。「感染症発生・まん延時における確実な医療の提供」として、感染症発生・まん延時における医療機関の具体的な役割・対応などについて、都道府県と医療機関などとの間で協定を締結することを方針としている。公立・公的医療機関などや特定機能病院1・地域医療支援病院※2には感染症に関する医療の提供を義務付け、従わない場合は承認の取り消しを可能とすることも記載された。

以上の振り返りや方針策定からは、新興感染症拡大に備えたガバナンスの強化を通じて、新興感染症拡大時の医療提供体制の混乱を抑制し、地域の医療資源を最大限活用できる制度の整備が目指されていることが読み解けるだろう。
表1 「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」における取りまとめ
表1 「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」における取りまとめ
出所:新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議(2022年6月15日)「新型コロナウイルス感染症へのこれまでの取組を踏まえた次の感染症危機に向けた中長期的な課題について」より三菱総合研究所作成。

海外における新型コロナ対応への振り返りとプライマリヘルスケア

一方の海外では、どのような課題意識の下で振り返りがなされているのだろうか。

海外での議論においても国内同様に、医療提供体制のひっ迫や、感染拡大時のガバナンスの課題は指摘されている。ただし、国内での議論と比較して特に強調されているのが、「プライマリヘルスケア」への影響、および、その強化の重要性である。

プライマリケアは、プライマリ・ケア連合学会において「患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族および地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」※3 と紹介されている。体調不良を感じたときに受ける医療や、持病のために継続的に受ける医療とイメージするとわかりやすいかもしれない。

前出の「プライマリヘルスケア」という用語は、診療の実践としてのプライマリケアを含め、「ヘルスケアシステムの中でプライマリケアが機能すること」を強調した概念とされており、本コラムでもこちらの用語を用いる。プライマリヘルスケアは、人々の生活の場である地域に根差し、さまざまな主体が協調しながら、継続的、包括的なケアを提供することを構成要素としている※4

これまでの研究では、質の高いプライマリヘルスケアは、患者の重症度を適切に把握し、必要な患者のみを病院に紹介することで、高度な治療を行う病院の負担を減らすということが明らかになっている※5。この性質は、平時にとどまらず、新型コロナ対応における医療ひっ迫に鑑みても重要なものと言える。

また、プライマリヘルスケアには、必ずしも高度医療機関への医療受診を適正化する側面だけではなく、患者のリスクを早期に把握、または継続的に診療することで、健康維持に寄与する側面があることも重要である。

例えば、OECD各国の1970年代から1990年代のデータに基づき、プライマリヘルスケアを志向する度合いが、全死因死亡率や全死因早期死亡率、呼吸器系疾患や循環器系疾患を死因とする早期死亡率と負の関連を有することが示されている※6。プライマリヘルスケアは、禁煙相談や予防接種、一部のがんに関する早期発見に効果があることも指摘されている※7

プライマリヘルスケアの力をより高めておく必要があったという反省が、新型コロナウイルス感染拡大という経験を通じて改めて認識されているのである。

実際、新型コロナウイルス感染症の影響により、新型コロナウイルス感染症以外の受診の減少が生じたことが明らかになっている。例えば、新型コロナウイルス感染拡大期の医療提供状況について10カ国のデータを比較した研究では、入院患者や外来患者の減少にとどまらず、がん検診や結核検診、HIV検査が大幅に減少したことが示されている※8。新興感染症対応の観点からは見えにくい、裾野の広い医療・健康の減少という課題も明らかになる中、プライマリヘルスケア機能の向上には、感染症対応に留まらない課題解決の糸口としての期待が高まったと考えている。

以上のように、医療のひっ迫を抑制しながら患者の医療アクセス・治療継続を維持するという、いわば、プライマリヘルスケアの「安定化(stabilizer)機能」は、新型コロナウイルス感染拡大を経て、改めて注目されていると言えるだろう。

OECDのリポートでも、プライマリヘルスケアの強化により、病院の能力向上以上に、軽症患者や慢性患者のケアやサポートを通じて、ヘルスケアシステム全体への負荷を抑えることが不可欠である※9という分析がなされている。

こうした分析は海外の医療制度を対象としており、日本に適用する際には慎重さが求められる。しかし、「有事を経験したからこそ、平時・有事に関わらず、システム全体にかかる負荷に目を向け抑制する必要性が明らかとなった」という反省には、大いに学ぶべきところがあるだろう。

特に日本では、入院医療や外来医療、財源、公衆衛生、医療DX、そして司令塔機能と、個別領域ごとの目標設定を志向しつつある状況にある。今まさに、「なぜ、その政策目標が必要なのか。それぞれの目標同士はどのように関係し、どのように機能させていくのか」という問いかけに応えることが、次の段階に求められていくのではないか。

それをひもとくヒントの一つは、「ヘルスケアシステムのレジリエンス」という概念であると考えている。

レジリエンスは、科学技術や災害分野において用いられてきた用語※10だが、ヘルスケアシステムへ適用する際の概念は確立されておらず、まさに議論が進んでいるところである。
具体的には、以下のような定義が提案されている。

ヘルスケアシステムのレジリエンスとは、ヘルスケアシステムが、(i)必要な業務を維持し、(ii)可能な限り迅速に最適なパフォーマンスを再開し、(iii)システムを強化するためにその構造と機能を転換し、(iv)将来、同様のショックと構造的変化に対して脆弱性を低減できるような形で、 (a)事前に予測し、 (b)ショックを吸収し、 (c)ショックと構造的変化に適応できる能力、を指す。※11

ヘルスケアシステムが、人々の健康への悪影響や医療サービスに生じる混乱を最小限に抑えるために、短期的なショックや蓄積された負荷から生じる危機を吸収し、適応し、学習し、回復する能力。※12
ヘルスケアシステムのレジリエンスの議論の中では、隣接する概念として「ヘルスケアシステムの持続性」もしばしば言及されているが、両者は必ずしも独立した概念ではないと考えている。強いショックへの対応力は、中長期的には持続性の重要な条件の一つであり、持続性を備えることで初めて、有事の負荷を吸収することが出来るだろう。

新型コロナウイルス感染拡大という未知の経験は、長年の課題である「持続可能な社会保障の実現」という命題の重要性を、改めて突き付けているのである。

日本のレジリエンス強化に必要な3つの観点

前述のレジリエンス強化のためには、「新興感染症拡大に備える医療提供体制」にとどまらず、一般医療を含めたプライマリヘルスケア機能の向上が重要である。そのとき、医療提供体制のあり方を変えるだけでは実現は難しい。医療提供体制は、医療保険などの財源のあり方や国民・患者の受診のあり方と相互に依存するヘルスケアシステムの一部に他ならないからである。最後に、以下に示す3つの観点からプライマリヘルスケア機能の向上に必要なことを具体的に説明する。

①プライマリヘルスケアを担う医療機関・人材とはどうあるべきか

第1は医療提供体制の観点である。プライマリヘルスケア機能の向上のためには、プライマリケアを担える人材・医療機関であることが地域の中核病院や患者からわかるよう、一定の基準で指定などの制度を設けることが必要である。

一定の基準を設ける例としては、「紹介受診重点医療機関」※13が、いわゆる専門的な外来を担う医療機関を表す枠組みとして挙げられる。同様の枠組みとして、プライマリケアを担う医療機関を一定程度明確にすることが求められると考えている。こうした制度設計は、基準が設けられる前から役割を果たしてきた医療機関を適切に評価することや国民・患者への情報提供にもつながる。

さらに踏み込むと、プライマリケアを担う医療機関や医師は、地域の中で単独で存在することはあり得ない。高度医療を担う医療機関や、リハビリテーションなどの回復期医療を担う医療機関、地域の介護サービス施設・事業所との連携があって初めて成立することも、重要な観点である。翻って、プライマリケアの後方支援や紹介患者の受け入れ、退院患者のプライマリケアへの逆紹介・介護連携などについて意思と能力のある人材・医療機関の位置づけを設けることも、同時に求められるのである。

②プライマリヘルスケアは、どのような財源で支えるべきか

第2は、財源や支払い方法に関する観点である。医療提供体制上の位置づけが明らかになっても、その体制や実績が評価されなければ、医療機関がその役割を果たしていくことは難しく、どのような財源・支払い方法で支えていくかということも、制度設計上は重要である。

診療報酬制度の中で加算などを新設する場合、体制(どのような経験、資格を有する医療従事者を要するか)、診療内容、プロセス(患者の紹介、地域の公衆衛生への貢献の実績)を分析し、適切な支払いが必要な要素を明らかにする必要がある。

その際、プライマリケア特有の診療内容に対する包括的な評価、公衆衛生や健康増進、健康危機管理時の対応などへの補助金による措置など、プライマリケアの性質に適した財政的措置を柔軟に検討すべきである。

③国民・患者はプライマリヘルスケアとどう関わるべきか

第3の観点として、国民患者の理解や行動の変化も重要である。医療提供体制上の位置づけがなされ、財政的な枠組みが決まっても、国民・患者にとって理解しづらい仕組みやメリットを感じないものになっては、プライマリヘルスケアは機能しないのである。

プライマリヘルスケアのメリットを理解し、継続的に受診する医療機関を持つことが個々人の適切な受診行動にいかに有用で、次の新興感染症拡大に対してどれだけ大きな力になるか、想像に難くないだろう。
このように、プライマリヘルスケアが前出の①から③の観点で相互に整合的な仕組みとして平時から運用されることで、危機時に高度医療の提供能力を最大化し、日常の診療・検査をできるだけ継続できることにつながる。これが、ヘルスケアシステムのレジリエンス強化の姿である。新興感染症対策として掲げられた個別目標の達成に必要不可欠な基盤として、日本においても強く検討を推進することが重要である。

現状も感染拡大の波が続き、さまざまな対策が講じられている中で、政府としてガバナンスの強化に向けた強い方向性を示したことは、重要な一歩と考えられる。

新型コロナウイルス感染拡大は、日本のみならず世界各国のヘルスケアシステムの脆弱性をあらわにしてきた。

社会保障国民会議※14から約15年がたつ中、新型コロナウイルス感染拡大を好機と捉え、医療提供者や保険財政、そして国民、患者の垣根を超え、ヘルスケアシステム全体のレジリエンスを向上させるステージに進むべきである。

※1:特定機能病院は「高度の医療の提供、高度の医療技術の開発及び高度の医療に関する研修を実施する能力などを備えた病院」と定義される。2021年4月1日時点で全国87病院が該当し、承認されている病院は大学病院が大半を占める。
厚生労働省「特定機能病院について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137801.html(閲覧日:2022年10月3日)

※2:地域医療支援病院は、「紹介患者に対する医療提供、医療機器などの共同利用の実施などを通じて、第一線の地域医療を担うかかりつけ医、かかりつけ歯科医などを支援する能力を備え、地域医療の確保を図る病院」と定義される。2022年6月時点で全国670病院が該当する。
厚生労働省「地域医療支援病院について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000137801_00015.html(閲覧日:2022年10月3日)

※3:プライマリ・ケア連合学会「プライマリ・ケアとは?(医療者向け)」より引用 
https://www.primary-care.or.jp/paramedic/index.html(閲覧日:2022年9月20日)

※4:OECD (2020), "Realising the Potential of Primary Health Care, OECD Health Policy Studies", OECD Publishing, Paris,
https://doi.org/10.1787/a92adee4-en(閲覧日:2022年9月20日)

※5:OECD (2020), "Realising the Potential of Primary Health Care, OECD Health Policy Studies", OECD Publishing, Paris,
https://doi.org/10.1787/a92adee4-en(閲覧日:2022年9月20日)

※6:Macinko J, Starfield B, Shi L. "The contribution of primary care systems to health outcomes within Organization for Economic Cooperation and Development (OECD) countries", 1970-1998. Health Serv Res.
2003 Jun;38(3):831-65. doi: 10.1111/1475-6773.00149. PMID: 12822915; PMCID: PMC1360919.

※7:OECD (2020), "Realising the Potential of Primary Health Care, OECD Health Policy Studies", OECD Publishing, Paris,
https://doi.org/10.1787/a92adee4-en(閲覧日:2022年9月20日)

※8:Arsenault, C., Gage, A., Kim, M.K. et al. "COVID-19 and resilience of healthcare systems in ten countries". Nat Med 28, 1314–1324 (2022).
https://doi.org/10.1038/s41591-022-01750-1(閲覧日:2022年9月20日)

※9:OECD(2021)"Strengthening the frontline: How primary health care helps health systems adapt during the COVID 19 pandemic"
https://www.oecd.org/coronavirus/policy-responses/strengthening-the-frontline-how-primary-health-care-helps-health-systems-adapt-during-the-covid-19-pandemic-9a5ae6da/ (閲覧日:2022年9月20日)

※10:防災分野におけるレジリエンスをテーマとした当社コラム
MRIマンスリーレビュー2022年3月号 特集1「備えない『備え』によるレジリエンスの実現」

※11:EU Expert Group on Health Systems Performance Assessment (HSPA) (2020), "Assessing the resilience of health systems in Europe: an overview of the theory, current practice and strategies for improvement", Publications Office of the EU, Luxembourg.
https://health.ec.europa.eu/publications/assessing-resilience-health-systems-europe_en, p.6(閲覧日:2022年9月20日)

※12:The Partnership for Health Sustainability and Resilience, "Interim Report of the Pilot Phase", March 2021, p.4 Table 1: Definitions of Health System Sustainability and Health System Resilience

※13: 医療資源を重点的に活用する外来の機能を有する医療機関とされる。今後、外来機能報告制度や地域での協議を経て、地域の中で明確化が図られる。患者にとっては、外来医療に関する情報となり、医療機関にとっては、患者の流れの円滑化を図ることで、一部の医療機関への外来患者の集中や待ち時間の長時間化、医師への負担などが抑制されることが期待されている。

※14:社会保障国民会議は、社会保障のあるべき姿について、国民に分かりやすく議論を行うことを目的とした会議体。2008年1月25日に閣議決定により開催が決まり、同年11月4日に最終報告を取りまとめた。地域医療構想や全世代型社会保障など、日本における今日の医療政策の方向性の源流にあたる議論が行われた会議。

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