コラム

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言ヘルスケア

「日本版CDC」を緊急時に機能させるためには?

大学・企業を加えたバーチャル組織構築へ

タグから探す

2023.7.6

ヘルスケア&ウェルネス本部平川幸子

新型コロナウイルス(COVID-19)危機対策:分析と提言
次の感染症危機に備えて、科学的な知見を結集させ、いち早く対応できる体制を築く必要がある——。感染症対策のプロ集団、通称「日本版CDC」の組織設立が着々と進んでいる。ただし既存組織を統合するだけでは、緊急時の対応として質・量ともに十分な体制とはいえない。緊急時に耐えうるだけの人員体制の確保に向けて「専門人材の緊急対応バーチャル組織」を構築。それには中長期的なキャリアパスへの配慮やインセンティブ設計が必要。

新たな感染症危機に対応する「国立健康危機管理研究機構」

2023年5月31日、国立感染症研究所(感染研)と国立国際医療研究センター(NCGM)を統合する国立健康危機管理研究機構法案が成立し、感染症に関する専門家組織となる国立健康危機管理研究機構、いわゆる「日本版CDC(以降、新組織)」が2025年度以降に創設されることが決まった。新組織は、科学的知見を政府に提供する役割を担う「専門家組織」として位置付けられる。意思決定機関である政府と、助言者である科学者の位置付けが明確になったといえる。

新組織の特徴は主に以下の3点であると考えられる※1

1点目は、基礎研究から臨床研究までの橋渡し・連携機関としての役割である。感染研の基礎研究力に、NCGMの「臨床機能(病院)」を統合することで、迅速に感染症の実態把握が可能となる。新型コロナウイルス感染症発生時には、患者の臨床情報が集約できず、実態に即して適時適切な対策を執ることが難しかったとされている。新たな感染症の発生初期に患者を診療するNCGMと、患者の発生動向等の疫学研究やゲノム解析などを行う感染研が統合することで、速やかな感染症の実態把握が可能となることが期待できる。

2点目は、特例的な人材確保のための給与規定である。国際的に卓越した能力を有する人材を確保する必要性から、調査・研究・分析・技術の開発に従事する研究者の給与などについての配慮規定が設けられた。この規定により、従来の国家公務員の規定にとらわれない人材確保が可能となる。

3点目は、NCGMが連携する病院を活用して国内外の治験ネットワークを構築することで、迅速な医薬品開発につなげる方向性が示された点である。新型コロナ対応では、日本のワクチン・治療薬などは、開発・治験・製造などの各段階で後れを取った。新組織では、平時から医療機関に対して治験などの協力を求め、感染症発生時には、製薬企業から相談を受けた場合に一元的に協力、医療機関を紹介するといったネットワークを構築する方向性が示されている※2

新組織は新型コロナの反省を踏まえつつ、次のパンデミックに向けた大きな一歩になると考えられるが、さらに以下のような点に留意しつつ、より現実的かつ持続可能な体制を構築することが必要である。

全国の臨床情報を収集・活用するための仕組みの活用促進

1点目の基礎から臨床までの連携では、新組織内に病院を統合することで迅速な実態把握が可能となるとしているが、これだけでは不十分である。

新型コロナの発生時、感染研が所管する感染症発生情報システム(感染症サーベイランスシステム)と臨床情報が連携できず、感染症の実態が意思決定機関である政府に十分情報収集できなかったことが問題となった。

新組織内の臨床情報だけではなく、全国の感染症指定医療機関などの臨床情報を収集・対策に活用する仕組みが必要である。現在、新型コロナの反省を踏まえ、臨床情報や検体を全国の医療機関から収集・一元的に保存・管理し、利活用者に提供するために、REBIND(新興・再興感染症データバンク事業ナショナル・リポジトリ)の構築が進められている。REBINDは新型コロナのような新興・再興感染症に対して、病態解明の研究や、予防法・診断法・治療法の開発などを進めるための基盤として構築されたナショナル・リポジトリ(医療関係者等に提供されるデータやサービス)である。しかし、現時点では登録医療機関が少なく、データや検体の登録が進んでいないなどの問題がある。

緊急時に大学、企業の研究者を招集可能なバーチャル組織の構築を

前述した「特例的な人材確保のための給与規定」は、国際的に卓越した能力を有する人材を確保するのに一定の効果があると考える。ただし今後の人材確保・育成や新組織の体制強化は急務だとしても、緊急時に備えて、新組織内に多くの人員を平時から確保し続けることは難しい。持続可能な仕組みを検討する必要がある。

新型コロナ対策において日本の対応で画期的だったのは、感染の初期に「クラスター対策班」として、北海道大学、東北大学などのチームを対策本部内に取り込んだことである※3。しかし、当時は研究者のボランタリーな活動であり、情報収集基盤やデータ利活用ルールの未整備、ガバナンスが効かせられないなど、さまざまな問題が生じ、集まった専門家の力を十分活用できなかった面がある。

新組織では、さらに製薬企業なども含めた専門人材を組織内に取り込み、政府の意思決定者にインプットしながら、研究開発を進める体制を構築することが重要であると考えられる。そのためには、平時からその仕組みの構築などが重要となる。

例えば米国では、新型コロナ対応時、創薬を加速化するための会議体として、NIH(米国国立衛生研究所)の指揮の下「ACTIVパートナーシップ」が創設された※4。ACTIV(Accelerating COVID-19 Therapeutic Interventions and Vaccines)※5は、新型コロナウイルス感染症の治療薬とワクチンの開発を加速するために構築された官民が連携した会議体である。前臨床、臨床試験、治療薬、ワクチンなど、創薬開発に必要なプロセスごとにWGが構築され、製薬企業の代表者などが議長を務めるなど、官民が連携し医薬品開発が加速された。各WGに明確な役割を付与するとともに、インセンティブが紐づいているという点が特徴であるといえる。例えば、WGの参加企業は、前臨床試験が実施可能なバイオ企業や医薬品開発業務受託機関(CRO)のリソース調整などの支援、オンラインでの臨床試験の支援を受けるなどのインセンティブが得られた。
図1 米国NIH:ACTIVパートナーシップの構成(2022年1月時点)
米国NIH:ACTIVパートナーシップの構成(2022年1月時点)
クリックして拡大

出所:三菱総合研究所「新興再興感染症ワクチン開発への持続的かつ迅速な対応等に資する海外動向調査」報告書(2022年3月25日)を元に作成
https://www.amed.go.jp/content/000105780.pdf(閲覧日:2023年6月15日)
今後、日本で緊急時に各機関と迅速に連携するためには、義務とインセンティブを明確にする必要がある。特に、研究者個人のインセンティブとともに、研究者が所属する組織にとってのインセンティブを整理することが重要となる。例えば以下のようなインセンティブなどが考えられる。

研究者個人のインセンティブ:キャリアパス・評価の明確化
平時から新組織の特別研究員として登録(登録することで大学のインセンティブも付与)し、組織内のキャリアパスに優位になる仕組みを創設。
平時から国のデータを活用した論文執筆を可能とする(優先的なデータアクセス権など)。

大学や企業へのインセンティブ:報酬や事業推進の支援
研究員や職員を新組織の特別研究員として登録することでインセンティブ付与(当該研究員の研究費の間接経費分を所属組織に配分など)。
新組織から、臨床試験のパートナー機関との連携支援が受けられる、データや検体の優先利用を可能とする、など。
2009~2010年に発生した新型インフルエンザの収束後にまとめられた総括報告書※6も、「感染症危機管理に関わる体制の強化」などが提言されていたにも関わらず、その後、感染研の人員は減少していたことも確認されている。

新型コロナの収束とともに、対応が縮小することがないよう、2025年の新組織創設までに、具体的な仕組みを含めて、持続可能な体制を構築・整備することが肝要となる。
図2 緊急時に召集可能な仕組み(イメージ)
緊急時に召集可能な仕組み(イメージ)
出所:三菱総合研究所

※1:第134回厚生科学審議会科学技術部会、資料7「国立健康危機管理研究機構について」
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/001069824.pdf(閲覧日:2023年6月15日)

※2:第211回国会 参議院内閣委員会(2023年4月20日)

※3:厚生労働省「新型コロナウイルス クラスター対策班の設置について」(2020年2月25日)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_09743.html(閲覧日:2023年6月15日)

※4:三菱総合研究所「新興再興感染症ワクチン開発への持続的かつ迅速な対応等に資する海外動向調査」報告書(2022年3月25日)
https://www.amed.go.jp/content/000105780.pdf(閲覧日:2023年6月15日)

※5:NIH“ACCELERATING COVID-19 THERAPEUTIC INTERVENTIONS AND VACCINES (ACTIV)”
https://www.nih.gov/research-training/medical-research-initiatives/activ(閲覧日:2023年6月15日)

※6:厚生労働省「新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議 報告書」(2010年6月10日)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/dl/infu100610-00.pdf(閲覧日:2023年6月15日)

著者紹介

連載一覧

関連するナレッジ・コラム

関連するセミナー