マンスリーレビュー

2019年3月号

MRIマンスリーレビュー2019年3月号

2019年3月号 巻頭言「アップデートが必要な経済学」

常務研究理事 村上 清明
現代社会では、企業経営においても国の政策決定においても、統計が重要な役割を果たす。中でも最も影響力のある統計はGDPであろう。GDPと景気、景気と生活の豊かさや質に強い相関があるという前提が成立していたからだ。しかし、モノと所有をベースとする社会では優秀な統計指標であったGDPが、サービス化と共有をベースとするデジタル経済時代でも有効に機能するだろうか。検証が必要だ。

平成元年の携帯電話の普及率(人口当たりの契約数)は0.2%。当時の生活は、黒電話、新聞、書籍、辞書、事典、地図、各種ガイドブック、オーディオ、磁気ディスク、カメラ、フィルム等々、多数のモノにあふれており、そうしたモノの所有と消費が生活の豊かさを表すバロメーターだった。しかし、今日、それらのほとんどは、たった一つのモノ(スマホ)と多様なデジタル情報に置き換わっている。価格が劇的に安価になったことで、携帯電話の普及率は、新興国でも100%を超え、今は世界中の多くの人が30年前の先進国の生活レベルを、享受できるようになった。さらに、資源の消費も格段に少なくて済むようになり、地球環境の面からも好ましい。

しかし、GDPはこうした現象をポジティブに表現することができない。情報とサービス化を基盤とするデジタル経済は、生産の限界コストが小さく、必然的に低価格化が進む。その恩恵の多くは消費者に還元され、GDPに寄与する企業の売り上げ(付加価値)は、工業社会の時よりもずっと小さくなるからだ。

このように統計と実態には乖離が起こっている。にもかかわらず、その統計が経営や政策の意思決定に用いられると、誤った判断や決定を誘引しかねない。GDPを例に説明したが、同様の乖離は、さまざまな統計指標でも起こりうる。現在の工業社会をベースとした統計およびその原理となる経済学は、デジタル経済時代に適応するようにアップデートが必要だ。
もっと見る
閉じる

バックナンバー