マンスリーレビュー

2020年7月号

MRIマンスリーレビュー2020年7月号

巻頭言|危機が促すイノベーション

常務執行役員 長澤 光太郎
人類は感染症との闘いの中で多くのイノベーションを生み出してきた。天然痘をはじめとする各種ワクチンの発見は直接的な例である。予防の面では、5,000年の歴史をもつとされる都市の下水道がその代表と言えるだろう。

度重なるペストやコレラの恐怖は欧州の都市を変えた。パリの目抜き通り拡幅には感染症を防ぐ意図もある。産業革命後に密集都市で結核が蔓延(まんえん)した英国は田園都市つまり郊外での職住近接という考え方を生んだ。

パンデミックや大地震などの広域的な災厄は、その社会の最も弱い部分を浮かび上がらせる。19世紀ロンドンでは過密なスラム街が感染症の温床となった。都市にスラムが発生するのは、生産現場の至近に低賃金の労働者が高密度に居住するという、衛生面を軽視した経済合理性追求の帰結である。一度は新型コロナ感染を抑え込んだシンガポールで第二波を起こしたのは、同国に100万人以上いるという外国人出稼ぎ労働者の稠密(ちゅうみつ)な宿舎であった。その構図は19世紀ロンドンと極めて似ている。

今回のコロナ禍でも現代社会の弱い部分があぶり出された。基礎疾患を抱える高齢者の集住、需要減に対して極めて脆弱(ぜいじゃく)な多くの中小企業、そして集客に過度に依存した文化産業。

経済の規模や効率性を追求したが故に生じた弱点もある。高稼働を前提とする航空などの交通インフラは、利用者が減った途端高い固定費にあえぎ始めた。グローバルなサプライチェーンは、一部地域に感染が広がっただけで機能しなくなった。国民負担軽減を目指して縮小・合理化した医療体制は緊急時における余力の欠如を露呈した。産業の需要減・稼働減にすぐ影響を受ける非正規雇用2,200万人も日本の現実だ。

これらは、正視すべき現代の社会課題である。そして、先人たちがしてきたように、私たちがイノベーションで乗り越えるべき対象である。
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