マンスリーレビュー

2020年2月号

MRIマンスリーレビュー2020年2月号

巻頭言|未来への投資と体制

常務研究理事 森 義博
計算機工学の分野で権威あるACMチューリング賞の2018年度受賞者はジェフリー・ヒントン氏、ヤン・ルカン氏、ヨシュア・ベンジオ氏。受賞理由は、現在のAIの中核技術となる「ディープニューラルネットワーク」の実用的なメリットを証明するエンジニアリングの進歩に貢献したことだ。この件に関してヒントン氏が論文を発表した1980年代半ば、時代遅れの理論に固執する変わり者との評価だった。計算機の能力不足で理論が実証できなかったのだ。真価が理解されたのは2012年。計算機が追いつくのに30年も要した。

画期的な理論やアイデアも環境が整わないと実現までに長い年月を要する。特に複数の技術を統合する工学分野では、全ての技術がそろわなければ実用化ができない。日本での基礎研究弱体化がいわれて久しいが、応用研究である工学分野でも「将来技術」に取り組んでいるかどうか、危惧せざるを得ない。

日本の研究開発費総額19.1兆円に対し、米国55.6兆円、中国50.8兆円という中では、米中が独創的な「将来技術」にもリソースを投入できるのに対し、日本では現状の注目技術へ優先的にリソース投入しなければ追いつくことも難しい。しかし、30年後は今埋もれている独創技術が主流になっているかもしれない。

将来予測ができないなら、注目技術以外も広く研究しておかなければならないが、リソースに余裕がない以上、研究機関が自前主義で競うのは効率が悪すぎる。連携による相互補完が不可欠だが、研究開発費の70%以上を占める「企業」は互いに競合の関係でもあり、自発的な連携は難しい。

このため、国の研究機関や大学がハブになり企業も含めたAll Japanの研究体制構築を提案したい。さらに、各企業が費用を持ち寄ることで研究の原資とすることはできないか。日本企業の内部留保は年々増加しているが、GAFAに比べて売上高研究開発費比率は低い。貯蓄ではなく未来への投資が必要である。残念ながらチューリング賞に日本国籍の受賞者は一人もいない。これが現状だ。
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