マンスリーレビュー

2018年7月号

MRIマンスリーレビュー2018年7月号

巻頭言|「役に立たない投資」の再評価

常務執行役員 シンクタンク部門長 長澤 光太郎
「オートファジー」の研究でノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典さんの受賞会見でのひと言「『役に立つ』という言葉が社会をダメにしている」は、2年近くたっても多くの人の脳裏に残っているのではないか。

ある投資が役に立つか立たないかを評価する手段として近年、公共分野で広く用いられているのが費用便益分析である。その背景には、経済効果がプラスならその投資は「(経済的に)役に立つ」とする考え方がある。ただこの手法は万能ではない。例えば当社が行った「教育投資の費用対効果」という研究では、文化の伝達・普及や平和の促進は社会に豊かさをもたらす重要な教育の効果だが、定量化になじまず評価対象に含めることができなかった。

費用便益分析を適用した多くの政策評価事例などからさらに言えるのは、投資の可否判断は、経済効果の大小も重要だが、それ以上にその時代の支配的な価値観に依存するし、価値観そのものも常に変化するということである。

例えば20世紀末から、都市内高架道路を撤去ないし移設して水辺空間を再生する試みが世界的に増加している(米国ボストン市、サンフランシスコ市、シアトル市、独デュッセルドルフ市、韓国ソウル市など)。いずれも費用便益分析では決して「役に立つ」とはならないプロジェクトである。

わが国でも、日本橋の首都高都心環状線の埋設計画が進展しつつある。この構想が世に出た十数年前には、交通の便利が良くなるわけではないし、景観の改善は日本橋の周辺だけだ、など否定的な受け止め方が多かった。しかし今回、移設ルート案が公表されても反対の声は上がっていない。経済効果追及一辺倒では豊かさを実現できないという価値観が広がりつつあるのかもしれない。

私たちは、「経済的にはすぐ役に立たないが、明らかに社会を豊かにする投資」は何かについて、これからも常に議論を続ける必要がある。インフラの例を挙げたが、況や教育・基礎研究においてをや、である。
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