マンスリーレビュー

2020年3月号

MRIマンスリーレビュー2020年3月号

巻頭言|コミュニケーション能力の衰退が招く危機

常務研究理事 村上 清明
人間(ホモ・サピエンス)が地球の支配者となり、繁栄を続けてこられたのは、筋力や知力が他の動物よりも優れていたわけではない。高度な言語を操り、コミュニケーション能力によって大規模な組織を形成し、多くの問題を解決し、社会を進化させてきたからだ。人間がSocial Being(社会性の生き物)と言われるゆえんである。

その能力が、退化しているとしたら、人類存亡の危機と言っても過言ではない。一つの要因はSNSの普及だ。SNSは人間のネットワーキングを飛躍的に拡大してきたが、コミュニケーション能力はどうだろうか。短く表層的表現の言葉が無数に飛び交う一方で、深い思考力が損なわれている。顔が見えない空間では、相手の立場を考えず、一方的な主張や批判が行われる。意見の相違や利害の相反を議論して解決しようとしなくなったり、暴力的になったりすることもある。

国立情報学研究所教授の新井紀子氏らの調査結果によると、日本の中高生の多くは、中学校の教科書の文章を正確に理解できないという。企業内の情報共有は進んでも、内容を正確に理解し、深い議論が行われなければ、「知の寄せ集め」で終わり、イノベーションを生み出すとされる「知の結合」には至らない。政治の世界では、十分な議論や粘り強い交渉が失われ、ツイッターの発言で世界に影響を与え、無人機による要人の殺害が起こっている。

現在世界は、多くの難問を抱えているが、これらの問題の解決に必要な知識、技術、資金のほとんどをすでに持っている。不足しているものもあるが、問題が認識されている以上、いずれ獲得できる可能性は高い。しかし、そうしたリソースを活用して課題を解決できるかどうかは、多様な知を組み合わせ、利害関係を調整するなどの「統合知」にかかっている。その基盤となるのは高度のコミュニケーション能力だ。AI社会、ボーダーレス社会を迎え、ネット利用、英語、プログラミングなどのスキル教育も必要であろうが、いずれAIで補うこともできる。AIで代替できない、人間を人間たらしめる高度なコミュニケーション能力を養うことを忘れてはならない。
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