マンスリーレビュー

2021年3月号

MRIマンスリーレビュー2021年3月号

巻頭言|学びを備えの糧とする

執行役員 小川 俊幸
10年前の東日本大震災で、私たちは「想定外」が許されないことを学んだ。最大規模の津波被害と福島第一原子力発電所の事故により多数の方が亡くなり、広域避難を余儀なくされ、現在も一部帰還困難となっている。関係者が原子炉の緊急冷却・除染・被害者支援に懸命な取り組みを行ったが、「備え」を欠き、試行錯誤するしかなかった。忘れてはいけない反省点である。

新型コロナウイルス感染症対策に関しても課題の構造は同じである。医療関係の方々の奮闘や飲食業をはじめとした経済的影響は報道されるものの、昨年の感染第1波と比べ、社会全体としての危機意識は薄れている。ワクチン接種など感染対策と経済支援対策は対症療法の議論にとどまり、日本は周回遅れとなっている。

なぜ「学び」を活かすことができないのだろうか。私たちはのど元過ぎれば熱さを忘れる習性から脱却し、データに基づく科学的な想像力に裏打ちされた次の一手の打ち方を学ばなければならない。新技術・DXの普及は10年前には実現できなかったことを実現可能にした。新型コロナによる新常態は、「学び」への姿勢を一気に変える機会にもなろう。その上で、自助・共助・公助の責任と権利の理解を共有し、真の意味での自律分散・協調型の社会を機能させる必要がある。

東日本大震災の「体験」を風化させてはならない。目の前には、大きな人的・経済的被害が予想される「南海トラフ地震や首都直下地震」が迫っている。相変わらず対策は各分野の専門家任せであり、自分事となっていない。私たちは10年前の反省から学び、「人・もの・財産」を守るだけでなく「社会・経済・産業」をどのように守るか、どのように復興させるかまで考え、「備え」るべきだ。

「天災は忘れた頃にやってくる」とは物理学者の寺田寅彦氏の言葉とされる。奇しくもほぼ10年後となる2021年2月13日深夜の最大震度6強の地震で、私たちはそれを痛切に感じた。科学者である氏の言動には重みがある。災害を正しく恐れ、「学び」を「備え」にどう活かすか、正念場といえる。

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