マンスリーレビュー

2019年12月号

MRIマンスリーレビュー2019年12月号

巻頭言|生物に学ぶ

研究理事 亀井信一
「生物規範工学」という学問がある。冒頭から難しそうな話で恐縮であるが、要は、生物の構造や原理に学び新たな工学領域をつくろうという活動である。筆者は、古くからこの活動に加わってきた。

生物のもつ最大の特性は機能美とその多様性である。生物は38億年にも及ぶ長い進化の中でこの特有性を獲得した。そこには、人間の技術体系とは異なる生物独特の構造や動作原理、さらにはシステム制御の体系がある。

学ぶところは多い。蛾(ガ)の目の構造解析から超低反射フィルムが開発され、モルフォチョウや玉虫の表面構造から七色に輝く繊維などが生まれた。新幹線500系の騒音対策における、カワセミのくちばしを模した先頭車両、フクロウの風切り羽の構造から学んだパンタグラフなども日本が生み出した代表例である。さらに古くは、魚の尾ひれの動きから船の櫓(ろ)が生まれ、鳥の動きを観察して羽ばたき飛行機が開発された。これらは単に生物の構造や動きをそのまま真似たものである。しかしながら、人間はそれを超えて、スクリューや固定翼の飛行機を発明し、従来の機能を大幅に向上させた。

一見、人間の技術は生物を超えたかに見えるが、精子は人間が工学的に再現できないサイズのスクリューを備えていたり、スズメバチは驚異的な距離を効率よく飛行する術を知っていたりする。太陽光発電でも、道端の雑草でさえ、高価な原料や電気を使わずに太陽光を変換し化学エネルギーとして貯蔵する術を獲得している。人間の人工光合成技術はその足元にも及ばない。

人間が生物を超えるという発想は、実は不遜かもしれない。人間はもっと生物に対して謙虚でなければならない。蟻(アリ)の集団の20%は働かないという研究がある。集団として出力100%では何かあった時に危機対応ができずに全滅するためと言われている。秋口に日本を襲った台風により、わが家の庭も水に覆われたが、次の日には蟻が何ごともなかったように活動していた。小さな蟻を見て、まだまだお手本が眠っていると感じた。そこには、38億年の歴史がある。
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